第17話 幻 ③


 ガタンゴトン。


 不規則な揺れに揺られて、30分が経過していた。馬車は森林間の殺風景な砂利道を進んでいた。こりもせず、シークとミナは道中騒いでいたようだ。キドラはというと、バグの修正のために、一旦自身の機能をシャットダウンしてから、再起動させたところだった。

 シークをあしらいながら外を眺めていたレオが顔を戻し、「もうすぐ目的地っスよ」と言うと、すかさずキドラを見つめる。


「キドラさん大丈夫っスか? 気分悪いんスよね?」

「ああ。脳内バグを起こしたみたいだが、休んだから問題ない」

「ねーねー、それ、本当にバグ?」


 キドラにとってシークの発言は到底意味がわからなかった。キドラはシークを無視して、窓の外を眺める。殺風景な森林の間の道には変わりないが、遥か先の風景は、ある部分からとたんに歪んだように見えていた。風景が変わったところがまさに幻術であって、近くにその術を見せる魔物が潜んでいるという。


「作戦としては、ほぼ機械で影響を受けなさそうなキドラさんに先に行ってもらって、様子を見ようと思うっス。俺たちは、アイリスを危険から守るよう集中しておくっス」


 レオの言葉に一同が頷く。アイリスは心配そうにキドラを見ているが、それはキドラにとって余計なお世話というものだった。テクノロジーに守られたキドラが幻術などに惑わされるわけがない。

 キドラは馬車を降りると、真っ直ぐ道を歩いていった。


            ◇


 

 キドラが風景と風景の境に到着したとき、空気がざわざと揺れた。


"警戒 警戒 警戒 警戒"


 たちまち、キドラのピアスが鳴り響く。

 ピアスはテクノロジーだ。それが警戒するということは、科学で捉えられるものが近くにあるということだ。不気味な「雰囲気」に科学が反応するということはまずない。

 つまり、敵意を持った誰かがキドラの近くにいるというわけだ。すなわちそれは「敵」。

 真後ろに立ったそれを、キドラは見向きもせずに後ろ手で拘束した。


「だれだ、おまえ」

「れ、レオっすよ」


 苦しそうな声が反ってくる。


「レオだと? 作戦と違う行動を取るやつを信用できるか」

「っ……テクノロジーで、証明していいっスから」


 キドラは後ろ手で拘束した腕ごと回転させて、レオを目の前に持ってくると、本人認証を行った。


【視覚認証: レオ】

【指紋認証: レオ】


 どうやら、レオに間違いないようだ。キドラは軽く謝り、レオを解放してやった。首をつかんでいたからか、レオは何度か咳を放った。


「では、なぜいる?」

「しくじったんスよ。確かにキドラさんには幻術効かないっスけど、俺たちには有効っすから。あの後、ミナさんがキドラさんの後を追って急に走り出したんス。それをアイリスさんが追って……サラさん、シークさんも慌ててその後を。俺はとにかくキドラさんに報告するのが最初だと思って、急いできたんス!」

「……なるほど。冷静な判断感謝する」

「そう言ってもらって良かったっス。まあ、エルフ族としては当然っスけどね」


 レオが照れたように頬をかいた。

キドラのイメージではレオはもっと素っ気ないはずだが、目の前のレオはイメージより素直だ。それに新たな一面を見た、とキドラは少し驚きながらも、状況としては厄介だと感じていた。


「ったく、あいつら探すか」

「うっす」


 キドラとレオが森を歩いていく。変装によって長身になったレオは顔に刺さる木々を避けながら、高身長も大変スね、と口をこぼしていた。


「幻滅を使うやつはどこにいる?」

「まあ、やつらは幻滅を使って仲間同士争わせるのが好きっスから、皆が騙されなければ歪みは戻り、やつらはそこから出てくるっスよ……簡単なそれが、まあ、皆できないんスけどね」

「あいつら探すのが先か」


 レオが頷き、再びキドラたちがシークたちを探して歩き出したときだった。


「あ、いた!」


 キドラたちが探していた声が聞こえてきた。


「……探す手間が省けたのは良かったが、なら、最初からそうしてくれ」

「ごめんよー。ミナのやつが、急に走り出しやがってさー」

「だってこいつが心配だって皆言ってたじゃない! お姉ちゃんも不安そうだったからじっとしていられなかったの!」


 そういうミナを思わず、キドラは怪訝に見つめる。

 こいつ、こんな素直だったか?と。

 一瞬キドラの脳裏に目の前の人物が偽物なのではないかという疑いが生まれたが、すぐに思い直す。なんにしろ、本人確認はできているのだ。


「ツンデレのデレの部分だね!」


 シークの解説にツンデレとは厄介なもんだとキドラが内心あきれたのは事実だが、何はともあれ皆見つかったことに深く安堵していた。アイリスも無事なようだ。

 皆騙されなければ、歪みは戻るということだった。直に、元の道に出れるだろう。そうキドラは楽観視していたのだが、景色は一向に変わりそうになかった。


「……おかしいなー。戻れないっスね」

 

 レオが不安そうに呟いた。条件は揃っているはずなのに、一向に変わらない景色にキドラたちは違和感を覚える。


「もしかして、誰か私たちを騙しているんじゃないでしょうね!」

「なっ! そういうこと言わない方がいいっスよ? ミナがまず疑われるっス」

「はぁ? 私が騙してるって言いたいわけ?」

「まあまあ、それこそ魔物の思惑どおりさ。キドラのテクノロジーは承認終わってるんでしょ?」

「ああ。」

「なら、問題ないさ。とりあえず、歩こうか」


 シークが笑顔を作り、先頭を歩き出した。爽やかな笑顔だった。それに女性陣は安心したように笑い返す。レオが、男として負けそうっス、とキドラに耳打ちした。確かに集団でリーダシップを取れるやつは、この男みたいなやつだろうが、それがなんだかキドラは気にくわなかった。


「なんだか不気味ねぇ」

「だな。だがシークがいるから大丈夫だろう」

「そうですね」


 女性陣に信頼を寄せられているシークを見て、レオは面白くなかったし、キドラに関しては、面白くないというよりなんだか腑に落ちなかった。


ー俺とシークの相性が悪いだけで、知らないところでやつは結構人気があるのか? シークはいけすかないやつだと思ってるのは俺だけか? 嘘だろ? 俺の感覚はずれているのか?


 キドラが内心自分に問いかけていた。


ー感情がはっきりデータ化されないから、こいつらのお互いへの印象がよくわからん。


 考えれば考えるほど、キドラはメンバーを理解できなくなっていった。

 怪訝に思ってキドラがシークの背中に目をやったときだ。その隣を歩いていたアイリスの頭に、デカイ紫色の虫が止まった。


「キャー!」


 悲鳴をあげるアイリスに、全く虫ごときでとあきれながらキドラがその頭に手を伸ばすと、それより早くシークが虫を叩き落とした。


「あ、ありがとう」


 アイリスがシークにお礼を言う。


「意外だな」


 キドラは思わず本音を口にしていた。


「何がー?」

「いや、おまえは、助ける前に『わー! アイリス、かわいい髪飾りだねー』とかふざけそうだなと」

「心外! 俺、女の子には優しいよー」


 シークが、それに、と続ける。


「もし、アイリスじゃなくたって……例えキドラだって、俺は優しくするぜ」


 そう言ってシークは優しく微笑んだ。

 それにキドラはなんだかゾッとした。

 確かにシークという男はキドラにとっては気持ち悪い男ではあるのだが、なんというかそれがいつもより増しているのだ。

 だからだろうか、普段あり得ないミスを仕出かしたのは。キドラは木々の絡み合った複雑な足元につまづいて体制をくずしてしまった。

 すぐさま立ち直そうとしたとき、シークがそれより早くキドラの腰を腕でホールドしたのだ。

 おかげで、キドラは倒れはしなかったし、なんなら必要なかったのだが、それよりすごい違和感があった。


「おまえ、本当にシークか?」


 不快感を拭えず、シークを振り払おうとしたときだった。


 「偽物に惑わされてんじゃないわよ!」


 ミナの声がしてシークが吹き飛んだ。だが、キドラ目の前にいるミナはポカーンとして、飛ばされたシークの方を凝視している。ミナではなく、ミナの声と同時に、何もないはずの空間が、いや、空気がシークを吹き飛ばしたのだ。

 それに、ミナの「偽物」という言葉も妙だ。




ー偽物…いや…そんなはずない…


ーそんな馬鹿な…





「直感を信じろ!キドラ!」






 シークの叫び声が聞こえてくる。




ー直感だと?そんなの……


 素直なレオも、ツンがないミナも、虫とはいえ生物を痛めつけたことにお礼を言うアイリスも、シークというより他人に状況の決定権を任せるサラも、スマートで王子のようなシークも……


「偽物」


 キドラがテクノロジーより直感を信じたとき、風景がひび割れて、空気が爆発した。

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