第16話 幻 ②


 変装魔法の使い手を呼んでの身支度を終え、ようやくキドラたちは魔物退治に向かうことになった。問題の地に向かうためには、馬車を使うようだ。

 キドラが記憶している情報によると、馬車なんてものは何世紀も前の乗り物のはずだ。そしてその原動力はなんといっても馬である。キドラは興味深げにじっと馬を見つめていた。


ーおまえは、その体で重いやつらを引くのか?重労働だろう。おまえも、サイボーグになればいいのだがな。


 キドラが脳内から馬に語りかけるが、当然脳内がインターネットに接続されていない馬がそれに答えることはない。


「ね、ねぇ……。まさか、馬に脳内通話してたり?」


 シークが横からキドラに語りかける。片方の口がひきつっているから、おそらく幻滅に近い思考をしているのだろう、とキドラは推測した。だが、当然理由はわからない。


「なんかあるならはっきり言ってくれ。感情が分析できない」

「いや~。例え、脳内通話が普通の世界でも、動物に話しかけるやつはいないよ。うける」

「そうですか? そんなにおかしいことではないと思いますよ?」


 シークに反論したのは、以外にもアイリスだった。シークとアイリスが対立しているということは、どちらかの考え方がこの世界では通念で、もう片方はおかしいということになる。

 不思議に思い、キドラがじっとアイリスを観察していると、アイリスは馬に近いていって、その長い顔を両手で優しく包み込だ。


「馬さん、今日もよろしくお願いしますね」


 優しい声で、馬を撫でるアイリスに、馬は顔をすり寄せてしっぽを振っていた。「喜」の表現だった。


「やはり、アイリスはすごいっスね。動物と通じ合うなんて。獣人の方すら無理みたいなのに……あっやばっ」


 レオが関心したように呟いた後、慌てたようにミナを振り向く。顔を真っ赤にしたミナがレオを睨み付けていた。


「うるさいわね! 猫型は猫としか馴れ合わないのよ!」


 アイリスは困ったように笑っているが、どうやら状況からして動物と話すことは普通ではないらしい。だからこそ、難しいことをやってのけるアイリスはやはり特別なのだろう。アイリスがいろんな種族から好かれているというのはどうやら本当みたいだ。


ーにしても、一体、この女の何がそんなに回りを引き付ける?


 キドラはアイリスの不思議さを認めながらもその理解まではできずにいた。キドラがちらりとアイリスに目をやると、二人の目があった。


「キドラさんも撫でてみますか?」

「断る。なんの意味がある」

「ふふ。馬さんと心が通じ合えるんですよ。馬さんて、すごいんですよ」

「それは調査済みだ。やつらは自動車発明に貢献したらしい。彼らがいたから車輪が発明され、それが自動車の発明につながった。いずれ、この世界もそうなるだろう。速度は遅いが、偉大なる初期の発明を体験するのも悪くない。ああ、すごいやつらだ」

「馬さんは、私たちのために、走ってくれます。それは馬さんにしかできません。すごいですよね」

「微妙にずれてんだよねー」


 シークが苦笑いを溢す。だが、それにキドラやアイリスが反応することはなかった。


           ◇


 キドラたちが馬車に乗り込むと、馬はゆっくりと歩きだした。

 ガタガタと馬車が揺れる。キドラの体感的には機能的にも速度的にもAI搭載の自動車より遥かに劣っていた。だが、不思議と小刻みに揺れるのはそんなに悪くはない。眠りに最適だと言われる周波数がちょうどこの馬車の揺れ具合なのだ。脳が心地よい揺れを感知する。キドラは静かな空間が心地よかった。

 だが、その静寂を壊す男がいた。


「気まずい」


 シークがつぶやく。


「むちゃくちゃ気まずい」


 またもや、そう口にする。ただいま、馬車で口を開いているのはシークだけだ。


「え、めっちゃ気まずい。なぜ、皆しゃべらないのー? キドラは人付き合いダメそうだし、アイリスはおとなしいタイプだよねー。サラとかゴミを見る目で俺を見てくる! ショック! にしても、レオくんとミナはしゃべれるでしょ!?」

「うるさいわね!! 知らないわよ! だまれおっさん!」

「え、今の君に言われたくないよ。ねーねー、話そうよー!」

「だまりなさいよ! 話すならアイリスと話すから!」

「ひど! てか、きみさ、姉ちゃんとの合同任務に内心はしゃいでるでしょ? 押さえ込まないでさ、話してみ?」

「別にお姉ちゃん関係ないもん!」

「あんたらうるさいっス」


 とたんに騒ぎだしたメンバーを見て、レオがついあきれた顔になる。背丈が伸びただけで大人っぽくなったレオの言葉はダイレクトにおっさん二人に直撃したようだった。

 キドラとしては、やはり相手の心情がわからないということに不安を感じていた。だからこそ、今キドラの目の前で繰り広げられている馬鹿みたいなやり取りを全く理解できなかった。

 似たような状況は、前の世界でもあったが、キドラは困ったことがほとんどない。TPの組員と移動しているとき、話したい人、静かに行動したい人は自然と別れていた。相手の感情を探れば、相手がどちらを望んでいるかわかるからだ。

 当然、キドラは他者と馴れ合うつもりはない後者のタイプだった。

 しかし、そんなことを理解できないメンバーは、ごく自然にキドラを巻き込もうとする。


「ねー、キドラ、ひどいと思わない?」 

「知るか。黙ってろ」

「ツンデレだよね! はっ! ツンデレが二人もいるー!」

「「うるさい/わね!」」


「ふふ」


 何がおかしいのか、アイリスもクスクス笑っていた。キドラの分析では、アイリスは他と馴れ合わないタイプと思っていたがどうやら違うらしい。ただの人見知りのようだ。


ーつまり、自分からは口を開かないが、交流は好きだと。全くややこしい女だ。


「ちょっと! だまらないでよ! この馬鹿を私一人に押し付ける気!?」

「おまえがだまれていったんだろう」

「キドラさんが相手しなかったら、誰がシークさんの相手するっスか。頼むっスよ」

「なんで俺なんだ」

「「「相性がいいからー?/からよ!/からっス!」」」

「やめろ。不愉快だ」


「ふ、ふふ、、はははっ!」


 アイリスがおかしそうに笑い出す。


ー何がおかしい?


 怪訝に思うキドラに構わず、アイリスが笑いを止めることはなかった。そんなアイリスを見て話しやすさを感じたのだろうか。ミナがアイリスに何かを言うと、二人は楽しげに会話に花を咲かせた。サラも何かを言われ、アイリスやミナと話し出す。シークはレオに話しかけているが無視されていた。キドラも無視した。


ピカン。


 体調変化を知らせる通知がキドラに届く。キドラが脳内でアクセスするととんでもない結果が知らされた。


"ドーパミンの分泌増加。楽の感情を受認。"


ー脳内バグだ、きっとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る