第15話 幻 ①
幻術が人物の見分けだけとは誰が言ったのだろうか。
◇
キドラの仮指導が失敗したあと、ようやく実践練習が始まった。実践練習としては魔物狩りを行う。そして今回の対象は幻術を操る魔の生物だ。どうやら、それらによって最近局地が荒らされているらしい。
「というわけで、冒険者みたいに魔物退治をしながら実践を積むわけだが、私とシークは有名人だからな。変装をしなければならない。というわけでだ!」
「……魔道師のマナ……だよ。よろしく」
サラが左手で示した先には、黒いフードを深々と被った小柄な生物が、その体より遥かに長い杖を両手で抱き締めていた。シルエット的には人間の少女のようだが、フードのせいで実態はよくわからない。
「シークと私はもちろんだが、キドラも召喚されたやつ感が半端ないから変装してもらう。アイリスは絶対な。ミナとレオも一応変装しとくか」
「おまえら魔法使えるんじゃなかったか?」
不思議そうにキドラが問えば、サラが不思議そうに首を傾けた。
「使えるが?」
「ならなぜわざわざそいつを呼ぶんだ?」
「変装魔法が必要だと言っただろう? 心配するな。マナは信頼できる魔道師だ」
「いや……だから……いやいい。ググる」
キドラが脳内でインターネットにアクセスすれば、すかさずウェブサイトが空間に展示された。始めてみる光景にシークは興味津々にそれを眺めていた。
「魔法は生まれながらに定められた属性が生涯使用できる魔法となる。属性は水、炎、地、風を基本とし、派生として氷、雷に展開される。闇は禁じられた魔法を使用したとたんに属性が闇になる。であってるか?」
キドラがサイトを読み上げれば、シークが頷きながら「半分正解」と笑った。
「だいたいはそのサイト通りなんだけど、肝心なとこがないね! 属性は分かれてはいるけど、基本的な魔法は皆使えるんだ~。基本的な魔法ていうと、そうだなぁ~浮遊とか、洗浄魔法とか? 基本的な魔法プラス属性の魔法が一般人が使える魔法ね~。で、細分化された属性にも基本的な魔法にもない魔法がいくつかあって、その一つが変装てわけ。まあ、軽く髪色変えたりはできるけどそれだと気づかれちゃうし!そんなときは魔道師さんを頼るんだよ。魔道師さんは属性関係なく全魔法を使える魔法のスペシャリストだから~」
「サイトに載ってないんだが」
「確かエルフにサイト作成頼んだんだけど、彼らは無駄なことは一切乗せないからねぇ。てか何でもかんでもインターネットに頼らないでさぁ、聞いてよね!」
キドラの疑問がようやく理解できたのか、サラがため息を吐いた。
「まあ、そういうわけだ。インターネットが早いか人に聞いたが早いかの判断はおまえに任せる。というわけで、さっそく変装するぞ」
サラの言葉を合図にマナが杖を持ってサラに近づけば、杖から出た光がサラを包み込んだ。光が消える頃にはそこに赤髪の女性の姿はなく、代わりに黒髪の髭を生やしたいかつい男の姿がそこにはあった。
「いやああああああああ!」
姉の姿を見たとたん、ミナが悲鳴をあげる。最愛の姉がごつい男になる姿は、ミナは何回見ても慣れることはできなかったのだ。
「ミナ……慣れて……。」
マナが優しくミナの背中を撫でると、ミナが恐る恐る姉を見る。
「いやあああああああああああ!」
やはり耐えられなかったようだ。
「サラ……と分からないようにしないと……真逆の姿だから……こう考えればいい……本来のサラは今の見た目と逆……」
「見た目はおっさん中身は女神てこと!?」
「うん……そ……」
「お姉ちゃんは見た目はあれだけど中身は女神お姉ちゃんは見た目はあれだけど中身は女神お姉ちゃんは見た目はあれだけど中身は女神お姉ちゃんは見た目はあれだけど中身は女神」
「……耐えられそう?」
「お姉ちゃんは見た目はあれだけど中身は女神お姉ちゃんは見た目はあれだけど中身は女神お姉ちゃんは見た目はあれだけど中身は女神」
「……ミナ見た目で判断する子になったら……ダメだよ……」
「俺たちは何を見せられてんだ?」
キドラの呟きに同意するかのようにシークがその肩をポンポンと叩いた。
「次はシーク……。」
「よろ~! 希望は別種のイケメンかな!今は甘いマスク系美男子だけど男前イケメンにしてほしいかなぁ! イケメンとはいっても色々あるからね!」
「何言ってるの……はい……変身……」
マナがシークに杖をかざすと、そこには頭の禿げたふくよかな男性がいた。
「イケメンにしてくれた?」
「うん」
手足を見れば望まぬ変身を遂げたことに気づくのだろうが、シークは完全にイケメンになったと思い込んでいた。直接自身の顔が見えないために色々妄想を膨らませたシークがマナにイケメンかどうか聞く。それにマナはうんと頷いた。
「次はアイリス。アイリスは……うーん……どうしよ」
「おまえの想像の姿になるんだな」
「そだよ」
キドラの言葉にマナが頷く。
「アイリスは……決めた……」
マナがアイリスに杖をかざす。そこには銀の長髪を後ろで結った、スラッとした長身の美男子が立っていた。
「あ! それ! 俺の希望まんまなんだけどぉ!」
シークがアイリスを見るや否や羨ましいと騒ぎだす。「うるさい……」とマナが鏡を渡すと、そこに映る自分の姿にシークは気絶してしまった。
「やっと……静かになった……次はミナだね。希望ある?」
「お姉ちゃんと兄弟にしてほしい!」
「わかった……」
ミナの希望通り、いかつい赤髪の男にミナが変身した。その姿は今のサラと瓜二つだった。
「双子にした……嬉しい?」
「嬉しい!!」
「いや、それと瓜二つでいいんスか」
レオの言葉に、複雑そうな視線がミナに寄越される。だが、ミナは姉と双子になれたことに大層嬉しそうだった。
「次はレオ……レオは……メリビスから要望あったんだった……」
「は?」
「レオは身長低いこと気にしているから尺八イケメンにしてあげて~ハート…………て言ってた……」
「いや、それ、かえって抉ってるス!」
「メリビスてそんな性格だったかしら?」
「いやその姿でその口調は止めるっス……ん? ミナの方っスよね?」
「そうよ! 双子だからって間違ったら許さないんだからね!」
「ちょ、きついっスよ! というか、メリビスの要望は聞くなっス!」
「ダメ……約束した……友達だから……代わりにレオの要望も取り入れるから……」
「俺は今のままでいいっスよ」
「分かった……」
マナがそう言ってレオを変身させる。そこには身長だけ高くなったレオがいた。
「いややっぱりこれじゃバレバレっスよね……」
「誰だおまえ!」
「誰よあんた!」
「えっと……レオさん?」
「視覚認証がエラーを起こしている。が、虹彩認証はクリア……テクノロジーが言うなら……レオなんだろう ……」
「どんだけ高身長に違和感あるっスか!」
レオは完全にそっぽを向き、いまだにシークは目を覚まさなかった。
「次はキドラ……」
マナがキドラに向かい合う。しばらくキドラを見つめた後、マナは不安げに杖を下に置いた。
「どうしよ……金属……分からない。インスピレーションがこない……」
完全にお手上げのようで、マナがヘタリと床に座り込んだ。
「おい、マナ……キドラの姿を変えてもらわないと困るぞ。」
「でも……わからな……」
「適当でいいさ。適当で」
「そうよ!」
「おい」
「……金属に変身魔法は使えるかな……変身魔法は原子を想像した形に型を採ったのを対象の上から被せるイメージなの……だから、その姿から徐々に頭の中で変形させないと型を作れない……金属の変形が頭に浮かばない……」
始めての挫折に、マナが体操座りをした状態で膝の中にフード付きの顔を押し当てた。完全にスランプに入ったマナをメンバーが心配そうに見つめる。
「キドラの金属の体を我々みたいにするのはどうだ?」
「金属から皮膚になるイメージがつかない……」
「うーん。適当にモデルをイメージしてそれにするのはどう?」
「高度な変身は……元の姿と関連がないとダメなの……無理矢理やったら二度と元の姿に戻せない危険もある……」
「金属の体が目立つんスよね……」
「金属ってそもそも何……余計分からなくなった……無理かも……」
マナが弱々しくギブアップを口にしたとき、キドラが口を開いた。
「わからないときはググれ」
「へ……?」
「金属とは金属元素とその合金との総称を指す。他の物質と違うのは、金属光沢を持つことだ。特徴は、展性や延性を有し、電気や熱を通すこと。また、別の辞書によれば、展性とは圧力を与えたときに割れることなく薄く広がる性質を、延性とは伸ばしたときに破壊されずに引き伸ばされる性質を示す。ほら、調べたらすぐだ」
「叩いたら広がる……伸ばしたら伸びる……!イメージ沸いてきた!」
マナが立ち上がり、杖をキドラに向けると、キドラの体が光に包まれた。
光が消えると、そこには金の長髪を揺らした女性の姿があった。
いや、正確には女性が描かれた絵画が、だ。
絵画は空気中をひらりと舞うとゆっくりと床に落とされた。
「「「………………」」」
「できた……! まず、金属伸びるから……髪を伸ばして……長髪の男性に……それから一応性転換して……後は叩いて薄くすればいいから……絵画にすればいい! 完璧!」
「いやいやいやいや!」
「ダメ……?」
「今から魔物退治にいくんだぞ! こんな薄っぺらい絵画持っていけるか!」
「荷物増やさないでよ! こんなの役に立たないじゃない!」
「……敵にめがけて投げつけたら……いい目眩ましになる?」
「なるほど…!」「確かに!」
納得しだした双子をレオが慌てて止める。
「いや、投げつけたらダメっスよ! 消耗品じゃないんスから! 一応人っスから!」
「む。なら……却下か」
再び雲行きが危うくなったときだった。シークがようやく意識を取り戻した。
「はぁ……なんかひどい悪夢見てたよ……俺が相応しくない姿にされて絵に閉じ込められんの! でも、アイリスが抱き締めてくれたら、絵から出られたんだぁ! ありがとう! めちゃくちゃ怖かったあ! 鼻水出てきた。あ、ちょうどいいところに紙だ」
「絵から出る……?」
マナが床にぺたっと落ちた絵を見つめた。そこには金髪の長髪の女性が描かれている。だがその女性は皮膚を持っていた。イメージする際に、ネックだった金属を薄く伸ばして紙にしたとき、金属の呪縛から解き放たれたのだろう。金属の体を皮膚にするのではなく、金属の体は紙になり、さらにぼやけたイメージの体に皮膚を当てはめることで、知らずと、ごく自然に金属を皮膚に変えるイメージに成功していたのだ。
後は絵から人が出てくるイメージを持てば……。
マナが絵に杖をかざす。絵は光に包まれ、あっという間にそこには絵の中の女性が立っていた。
「やった……!」
「でかした、マナ!」
「うわ、え! 紙じゃなかったの! 鼻水吹かなくてよかった!!」
一同喜びに暮れる中、当の本人はげっそりとした趣でそこに突っ立っていた。
「今まで史上の恐怖だった。レオがいなければ俺は紙兵器にされていただろうし、危うくそいつのティッシュペーパーになるところだった」
キドラと思われる女性がそう言えば、気まずそうにサラとミナが視線を外し、レオは哀れみの目をキドラに向けた。
「魔法は1日で溶ける……ちゃんと皆元の姿から連想された変化だから……徐々に戻っていく……」
「能力は元の姿のままなのか?」
キドラの問いにマナが頷いた。
「うん……見た目変わっただけだから……でも、さっきキドラまるで紙みたいだった……それはキドラが目に見えた部分だけで自分で紙になったと思っちゃったからだ……気持ちの持ちようで変わる……惑わされたらダメだよ」
マナの言葉に各々が深く頷いた。変装は所詮紛い物である。それを深く意識したとき、彼らはまるで元に戻ったかのように生き生きとしだした。
彼らは意識して見ようとしなければ、自分自身の姿が見えることはない。だからこそ、変装前と変わらない心持ちになることができた。
だが、目に見える部分はそうはいかないわけで……。
完全に姿が変わったメンバーを認識したとき、キドラたちは自分の置かれた立場を理解することになる。
「……変装であることを理解したら今の姿に引きづられそうだ。この剛毛な腕が目にはいるだけで私は私でなくなる……ある意味いい幻術の訓練になるな」
「幻術にかかった状態で幻術使いの魔物を退治するとか皮肉よね」
「えっと……今、よね口調だったおっさんはミナ?」
「そうよ! あまりおっさんて言わないで! 今、気持ち的にはツインテール美女なんだから!」
「とりあえず……新しい姿でもう一回自己紹介しないっスか? 誰が誰だか……」
面々が黙って見つめ合う。そんな彼らの背中を押すようにマナがため息を吐いた。
「いや……変装に時間とりすぎ……早く行ったら……」
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