第12話 メンバー変更できないか…? ⑤


 あれから、食事をとり、改めて鍛練を行うことになった。先ほどはなかったアイリスの姿が見える。どうやら彼女は見学するつもりのようだった。


「これから、正式に訓練を開始する!」


 サラの凛とした声が、王宮の訓練所に響き渡たり、訓練が開始された。訓練の指揮は主にサラが取るという。

 国王の専属護衛であるサラは国内でも有名な武の達人である。人間国たっての実力者サラが直々に指導してくれるという状況に、キドラはもちろん、レオやミナも期待に胸を踊らせていた。



 キドラはそれはそれは楽しみにしていたのだ。

 だが、それがどうだ。


「……キドラ。どうか我々に指導してくれ!」


 状況はわけのわからない方向に転じていた。



            ◇


 さかのぼること、数分前ー。


「今から基礎トレーニングだ。10分以内で訓練場4週! 走ろうが、魔法使おうが構わん。必ずノルマを達成せよ」


 訓練所1週はだいたい7kmという。計28kmを10分以内で完走という無茶振りに、シークたちは魔法とランニングをうまく組み合わせながらなんとか食いついていた。ミナやレオよりはシークの方が鍛練に慣れていたようで、シークはどんどん二人と差を広げていった。

 そんなシークの横をものすごいスピードで何かが通り過ぎていく。それが何かなんてシークは考えることはなかった。というか分かりきっていた。

 キドラはというと走り終わるのに1.2秒もかけてしまったことにひどく反省していた。やはり、見知らぬ世界にきて集中力が切れているのかもしれない。どんな自動車よりも早く、どんな生物よりも早く走れなくては、サイボーグの使い手とは言えないではないか。自己嫌悪と情けなさだけがキドラを支配していた。

 ため息をつくキドラに、サラが顔をひきつらせていたのをキドラは知らない。






「次は、敵模型200体を討伐すること。模型には魔術がかけられている。攻撃に対して、さまざまな形で反撃してくるから油断するなよ」


 正直、キドラはまだ魔法のことはよくわからなかった。炎に対して水で打ち消したりといった基本的なことはなんとなくわかるが他はまだ勉強途中だ。正直やっかいだ、とキドラは思った。だが、すぐに思い直す。


「要は、実践に見立てて、模型が反撃するというわけだろ? だったら、反撃される前に打ちのめせばいい」


 キドラが最初に試しに模型を蹴りあげる。すかさず水の竜巻が襲いかかるのをキドラはよけてかわした。キドラの攻撃から反撃までその間隔0·5秒。それより早く倒せばいいというわけだ。想定通り、二回目以降、キドラは水が吹き出す前に模型を蹴り倒した。

 2つめは、炎タイプが竜の形をして襲ってくるものだ。こちらは、0·7秒。比較的遅いようだった。当然、こちらも反撃前にキドラは殴り倒した。

 3つめは炎と風の複合タイプで、竜巻型だった。風によって四方八方に飛び散りながら勢いを増す炎が攻撃者に向かって襲いかかる仕組みだ。攻撃から反撃の間隔は0·4秒だ。より早くなったそれを、キドラはさらに素早く吹き飛ばした。

 いくつか試してみて0.1秒より早く攻撃が返ってくる感じではなかったため、キドラはそれらより早く、200体を一気に片付けた。

 そしてキドラは、またもやひきつった顔のサラに迎えられて、1位を獲得したのだった。








「次は、ペアをつくれ。一人は浮遊魔法を使え。もう一人はその相手を床に落とせ。落とされそうになったら受け身とれよ?」


 そう言うと、キドラを除いた面目ははすぐにペアを作り出した。


「おい。3人でペアをつくられたら、俺はペアがいないんだが」

「……誰かキドラとペアになれ」

「「「……」」」

「しかたない」


 そういうと、サラはシークの靴を無理やり脱がせるとそれに魔法をかけて、空間に浮かべた。サラがそのまま指を動かすと、シークの靴も空の上を動いていく。近くを飛んでいた鳥のような角が生えた生物が、仲間と勘違いしたのか近寄っていく。すぐに、違うことを確認すると、ぎょっとしたように慌てて飛び去っていった。空の治安のためにもシークの靴は異物として取り去らなければならない。


「あれを落とせ」


 サラの声にキドラがすべきことをすぐさま理解し、

ふわふわと不気味に空を漂うぶつに向かって左腕を伸ばした。


「発射」


 左腕がキドラから離れて真っ直ぐぶつを追う。すかさず進路をかえるぶつに、キドラも左手を脳内で動かすと、連動して左手も動いていった。元の技術はドローンからの応用だ。

 数秒後、キドラの腕は無事にぶつをつかんで、地上に戻ってきた。


「「………」」


 達成感溢れるキドラとは違って、無言が辺りを支配する。そしてサラが言ったのだ。


「……キドラ、どうか我々に指導してくれ!」


と。


「いや! 指導者はおまえだろうが!」


 キドラが思わずツッコんでしまうくらいには、状況はおかしな方向に向かっていた。


「いや、お前に教えることはない」

「いや、テクノロジーが遅れている以上、こっちの世界ではできないことが多すぎるんだ! 何か伝授してくれないと困る!」

「いや何もない!!」

「なんでだ!!」


 キドラが叫ぶと、横から「まあまあ」と声がかけられる。キドラが声がした先を見れば、キドラを囲んで、他のメンバーが座り込んでいた。


「えーもー、チートじゃん。やばくね?」


 シークが返された靴を履かずに手にしたまま、そうこぼす。


「キドラさんの国では、戦いが普通の世界だったのですか?」


 見学していたアイリスも輪に入ってきてキドラにそう聞いた。


「いや、平和な世界だ。基本的には」

「嘘でしょ!?」

「だが、交通手段が進歩したことにより、人はものすごいスピードで移動することができるようになった。だが、それゆえ、衝突事故などが起これば被害は膨大になる。俺の仕事の一つは、自動車より早く動き、衝突を頑丈な体で阻止することだ。自動車より遅いようでは人々を守れない」


 キドラの言葉にシークが納得したように頷いて見せた。


「なるほどねー。サイボーグと魔法使う人間じゃあ全然違うね。俺たちは防御魔法は使えるけど、身体強化とはまた違うからね」

「なら、最前線で戦うキドラを魔法で保護するのが一番じゃない?」

「ふむ。魔法と科学の融合は実践で試してみることにしよう」


 サラの言葉に、メンバー全員が頷いた。


「とりあえず休憩だ。その後は実践だ」

「てか、あんたさっさと靴履きなさいよ!臭いのよ!」

「臭くないよー? ほらー嗅いで?」

「シーク! それは拷問だ! 私たちは獣人族だ! 人一倍臭いには敏感なんだ!」

「エルフもそれなりに嗅覚あるから近づくなっス」


 メンバーの追い討ちにシークが真っ青になっていく。


「え、あ! キドラ! 科学的に臭くないって証明してよ! 人や獣の嗅覚より正確でしょ?」


 そう言ってシークが靴をキドラの鼻へ近づける。


「断る!」

「ねぇねぇ、臭くないから!」

「無理だ!」

「うえーん! 博士!!」

「おいまて、わかった」


 仕方なしに、キドラが嗅覚含め昨日オフにしていた機能を解除する。

 とたんに、多様な情報がキドラの中にインプットされていった。


【嗅覚: 生臭さ カビ臭さ 汗臭さ】

【味覚: 酸味 塩辛さ 苦さ】

【触覚: どろどろ プルンプルン】

【痛覚: 辛さ 痺れ】


 これらの情報を脳が律儀に再現していく。キドラは目が鼻が口がエラーを起こすのを感じ、すぐさま気絶してしまったーー。


           ◇


 キドラが意識を取り戻すと、ベッドに寝かされていた。その横にはシークが椅子に腰掛けてキドラの方をじっと伺っていた。

 白い空間とキドラの学習記憶が一致するのは、確か、昔の「医療機関」である「病院」のはずだった。


「ここは病人用の部屋か?」

「そうだよー。俺の靴嗅いで倒れちゃったからー」

「そうかおまえのせいか」


 キドラがそういうと、シークが肩をすくめる。

全くひどいめにあった、と愚痴をこぼしたキドラにシークが元気なさげに反応した。


「………そんなに俺の靴臭かった?」

「それはわからん。昨日食べたやつかもしれないだろ。味覚や感覚も感じたし」

「ふーん。ちなみに、具体的に言ってみてよ」

「まずは生臭さと酸味と塩辛さは、あの緑のやつだと思う」

「! それだよそれ! 誤解だったんだよ! やっぱり!」

「他はカビ臭さ、辛さ、プルンプルンはなんだかわからない」

「あ! それ、あの紫のやつ!」

「おい、あれは、打ち消しではなかったのか?」


 臭いという誤解が解けたからか、シークは上機嫌にあの紫の物体が激まずの食材であることを暴露した。


「しかし、汗臭さやどろどろはなんなんだ?」

「え?」

「汗臭さはあの紫のやつなのか? それとも他のやつか?」

「………。紫のやつだよ」


 間が気になったキドラだったが、もうそういうことにしたがいい気がした。お互いそれが無事なのだ。


「そうだよな」

「……うん」


 男二人のか細い声が、静かな空間へ響き渡った。

 なんともいえない空気が流れる。

 その沈黙を破るように、キドラが口を開いた。


「あいにく、サイボーグにベッドは必要ない」

「まあ、気持ちだよ。気持ち」


 シークがそう言って立ち上がる。


「あ、そうそう訓練や実践は明日に繰り上げになったよ。明日は訓練後に実践みたい~。実践は幻術の対応らしいけど、キドラは強そうだよね」

「ああ、データさえあれば迷わされない」


 そう力を込めてキドラが言うと、シークが苦笑いしなが去っていった。おそらく、キドラが無事に目覚めた報告にいったのだろう。






 しばらくしてシークがキドラのところへ戻って来た。キドラの目が「なんで戻ってきた」と訴えかける。


「ごめん、遅くなったね~」

「別に待ってない。帰れ。そして謝るなら来たことに対して謝れ」

「今日は恋ばなしないの?」

「ああ、おまえの靴の臭いのせいで頭が痛む」

「ひでーな。まあ、しゃあないか~。明日は幻術の訓練頑張ろうねぇ」


 そう言ってシークは、再び戻っていった。





 幻術の見分け。もちろんキドラの得意分野だ。なぜなら光彩認識機能があるから。いくら本人に似せようと表面のクオリティをあげても、テクノロジーが識別する個人の光彩コードまでは模倣できるはずはない。それこそ、クローンでもギリギリ識別できるくらいテクノロジーの診断は正確なのだ。

 だから、キドラにとって疑問だった。


ー2日連続、夜にきた、シークは一体誰なんだ?

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