第10話 メンバー変更できないか…?③


 あれから、キドラは恐怖心から味覚に関わる機能を全てオフにして食事もとい燃料を吸収した。あの緑の物体を緩和する食材だといって今度は紫のプルンプルンの固まりをシークから渡されたが、拒絶するのも面倒だったキドラはそれも体内に収めた。

 これでオフを解除したときに打ち消されているならいいのだが、なにせん未知の体験にキドラは恐怖で堪らなかった。

 未だに感覚制御機能を解除できずにいるキドラは、匂い成分が浄化されるまでオフは解かないつもりでいた。


「久しぶりの『恐怖』だ……全く」

「え? 恐怖? 久しぶり? 何々?? どうゆうこと?」


 ボソッっとつぶやいたはずのキドラの声をシークが拾った。

 興味津々とばかりにキドラを見つめるシークだが、キドラからしたら特に説明することはない。

 テクノロジーが進化した時代、無駄な感情は一般的には抑制や排除が可能なのだが、それをキドラが説明してやる筋合いもない。


「ねーねー! 教えてくれるまで語りかけるよ!」

「テクノロジー。感情。無駄。排除」

「なるほど! テクノロジーが蔓延したら、無駄な感情は排除できるんだね? すごぉい!」

「…………………」

「前時代的な人間にはわからないだろうて思ったらわかられちゃったね~ははは。今キドラが感じてるのは『悔しさ』だよ!」

「ご丁寧にどうも」

「今のキドラは皮肉「二人だけで意志疎通するな! 全く気持ち悪いな、おまえら。まあ、いい。食事が終わったから、具体的に今後の計画について話すぞ」


 サラが無理やりシークの話を遮った。だが、逆にキドラのコルチゾールが上がっていったのは言うまでもない。


「いいか。元々はアイリスの護衛がメインだったが、それだとアイリスは生涯『危険』に怯えなくてはならん。アイリスのためにも、悪の根元は断ち切っておいたがいい。そういうわけで、魔王討伐を最終的な目標とする!」

「「!!」」

「とはいっても、魔王の狙いはあくまでもアイリスだ。魔王がいつアイリスを拐いにくるかも分からん今、アイリスも含め、チーム全体の戦力を上げておく必要がある。もともと非戦闘要員のアイリスやミナ、レオもある程度の対応力をつけねばならない。」


サラの言葉に緊張が走る。

だが、さすがはアイリスというべきかーー。


「書き込みチャンネルによると、今魔王軍内戦みたいっスよ。今アイリスに手を出せる状況じゃないっス」


 レオの掴んだ情報によれば、運良く魔王軍側は今内戦によりごたついているというのである。


「内戦中の混乱に便乗するのはどうよ!」

「うわあ! 俺そんなせこいこと思い付きもしなかったよ! さすがだねー!」

「何よ! あんたには言われたくないわよ!」

「だって、内戦にかこつけて、魔王倒して、宝奪おうてんでしょ?」

「そこまで言ってないわよ! どっちが下道よ!」

「ほらほら、お姉さんからも言ってやってー! そんなこに育てた覚えはないと!」

「いや……。ミナ、考えてみろ。もしアイリスに何かあったら本末転倒だ。敵は魔王だけでいい。ちょうど内戦が落ち着いて疲労しているところに、魔王の前に直接出向いてやる方がいいだろう」

「結局似た者同士かい!」


 シークのツッコミをよそに、ミナが「さすがお姉ちゃん!」とキラキラした目でサラを見つめていた。


「魔王軍側のごたつきの頃合いを見て、作戦実行は1ヶ月後だ。その間にチームの団結力や戦力を整える。だが、一応、周りには2ヶ月後に攻め込むと噂を流し、悟られないようにするつもりだ。皆もそのつもりでな」

「わかったわ、お姉ちゃん!」


 ミナに便乗するように、他も頷いた。


「だいたいの計画は承知した。だが、戦力アップて何をするつもりだ?」


 キドラが代表するかのように、疑問を口にする。サラは頷くと、再び説明を始めた。


「1ヶ月は主にチーム連携の練習として、鍛練と魔物退治を繰り返す予定だ。」

「魔物は魔王軍側だろう? そんなことしたらこっちの作戦に気づかれるんじゃないか?」


 キドラの問いに、サラが首を横に降った。


「そうだな。話していなかったな。魔物は魔王軍側の戦力というわけではない。魔物は魔王軍にも非魔王軍にも属さないやっかいなやつで、どっちの軍にも隔たりなく迷惑をかける存在だ。魔物退治をしたところで魔王軍側に攻め込んだことにはならないから安心しろ。中には魔物退治には普通の冒険者も参加しているから、魔王討伐軍としての立場を隠すには、まさにいい訓練場になるはずだ」


 キドラがすかさず口を開く。


「なるほど、承知した。だが、改めてこの世界について確認しておかねばならないことがある。魔王軍が好ましくないことはわかっている。アイリスに危害を与えるというなら、魔王討伐にも協力する。だが、魔王軍がどんなやつらでどんな悪事をしているのかは知る必要があるだろう」

『確かに魔王軍て何にゃ?』

「あー。そっか、説明まだだったね。魔王軍はね、人間とかエルフとか獣人とかいろんな種族がいるのはこっち側と一緒だよ。ただね、俺らが正統な魔法を使うのに対して、やつらは禁じられた魔法を使うんだ。その魔法は世界を滅ぼしかねない危険なもの。だから、平和を崩したがるやつらはそれを平気で使うんだよ。人間もエルフも獣人もね。そして彼らは魔族て呼ばれてる」

「なら、見分けはつくのか? 魔王討伐とはいえ、邪魔するやつは相手になるだろう?」

「うん。向こうのプライドだろうね。魔王軍は皆赤い真珠が身体に埋め込まれているんだー。それに魔法はほぼ禁じられたものを使うよ~」

「了解した。なら、特に心配はなさそうだ。この世界でTPやサイボーグの力がどれくらい通用するのかは知らないが、最大出力に向けて鍛練あるのみだろう」


 元の世界での仕事を思い出して生き生きとしだしたキドラに、ジェルキドが呆れたように笑っていた。


            ◇


 その後、夜遅いこともあって、とりあえず解散になった。ロキは慣れない世界でエラーが発生したときのために、ジェルキドと一緒にいるようだ。

 明日はさっそく朝7時から鍛練だとサラは言っていた。今は11時半を回ったところだ。サイボーグとはいえ、脳は休める必要がある。与えられた部屋で、ジェルキドが設置した充電装置の中に横になって、キドラは目を閉じた。







 暗闇の中で、何やら足音がする。それはゆっくりとキドラに近づいていった。


ー一体誰なんだ。敵意はないが……。


 そのままキドラが様子を伺っていると気配がちょうどキドラの1m手前で止まった。たちまち警戒音が鳴り響く。


"警戒!警戒!不審人物!"


 同時に、キドラは充電台から飛び起きると、その人物に向かってドロップキックをお見舞いした。


「いったあ!なんなのさー!」


 男が悲鳴をあげる。聞き覚えのある声だった。キドラが昔の人間がよく使っていたという言葉を借りるなら、この「鳥肌立つ」ような感覚は一人しか知らない。


「シーク」

「あちゃーばれたか」


 シークはそう言うと、部屋の明かりをつけた。


「なんなんだ。夜中に。不愉快だ。帰れ」

「ひでえ! いや、寝れなくてさ。恋ばなしよ、恋ばな!」

「断る」

「ねえねえ好きなやついる? メンバーとかにさ」


 シークはそのまま勝手に話を進めるらしい。キドラがぶっきらぼうに「いない」と答えると、力づくでシークを部屋から追い出した。

 追い出したのだがーー

 すかさず、シークは中に入ってきた。


「やめてくれ。本当におまえは会ったときから苦手なんだ」

「ひどい!」

「決して俺たちが経験することのないはずの鳥肌が立ちつくしている!」

「まぁまぁ……あのさ、アイリスどう思う?」


 アイリスという単語に怪訝そうにキドラが顔を歪めた。流れ的に恋ばなの対象てことだろう。


「どうか……。別に恋愛感情はない。ただ……」

「ただ?」

「あいつはいいやつなのだろうとは思う。だから、魔王から守る。必ずな」


 キドラがシークの目を真っ直ぐ見てそう言うと、シークは「そっか」と笑って帰っていった。


「何だったんだ、いったい……」


 キドラのやるせない独り言が夜の静けさに同化していった。

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