第9話 メンバー変更できないか…? ②


 この世界にインターネットが引かれてから数週間が過ぎたものの、キドラたちがいた世界に比べるとその発達は十分遅れている。

 そのため、キドラたちはほとんど科学の恩恵が受けられず、能力の制限が課せられていた。

 物と自身がつなかっていないのが大変不便で、キドラにしてみればまるで昔の人間になったかのような感覚だった。

 そして、昔の人間がよくしていたというように、キドラたちは目的のレストランルームに向かってゆっくり歩きながらだべっていた。


「なんか不満そうだね、キドラ」

「まあな。テクノロジーがないとこうも無駄な時間が増えるんだな」

「無駄かあ……。俺はキドラや皆のこと知れるからこの時間も無駄とは思わないけど?」


 ニヤニヤと笑いながらシークがキドラをからかっていると、サラが「ついたぞ」と声をかける。どうやら食事場所についたようだ。

 金の装飾で彩られた豪勢な扉の先には、これまた派手に煌めき立った空間が広がっていた。

 それはキドラが貯蔵している古い記憶の中の光景と

まるでそっくりだった。キドラの世界では西洋の映画が流行った時期があった。なにせ、何もかもが揃った世界だ。昔の流行り事が、娯楽として白羽の矢が立つのは至極当然であった。

 そして、今、キドラの視覚がとらえた光景は、まさにその映画に出てくる風景と瓜二つであったのだ。

 食事が運ばれてくるまで席に座って待つようにサラに言われ、各々が椅子に腰をかける間も、キドラは辺りを観察していた。

 派手に煌めくシャンデリアに、至るところに置かれた光輝くアンティーク。床は大理石の上に真っ赤な赤い絨毯が広がっており、その上に木製の長い机が並べられていた。机の上もまた、キャンドルや宝石などで派手に装飾されている。

 至るところが光を反射して輝いていた。

 そんな中、一つだけ違和感を与える箇所がある。それがシャンデリアの一つだった。連なったシャンデリアの合間で光る電球の一つかチカチカと点滅をしていたのだ。もうすぐ消えそうだ。

 こういうとき、電球がネットにつながってさえいれば、電力不足の関知から電力補給まで全てが迅速にかつ自動的に解決されるのだが、なにせん、ここの世界ではそこまで科学は流通していない。

 もどかしい思いでキドラが上を見つめていれば、レオがそれに気づいたようで、つられて上を見やった。


「あ、電球が危ないみたいっスね」


 それにつられて皆顔を上に向ける。


「本当! 大変ですね!」

「気にしないでいいよー。使用人が後から替えるさ」


 アイリスたちの会話にキドラが20年前の記録を呼び起こした。2020年代の話のはずだ。まだIOT搭載型電球はそれほど普及しておらず、電球の付け替えの大半は、人が椅子に登って自ら行っていたという。しかも、手探りで取り外したりつけたりしなくてはならなかったようで、大層面倒だったらしい。

 不便な世界だな、とキドラが思ったときだった。サラが指を電球に向けて、なんやら叫んだ。


「ルークス!」


 とたんに、指から光の稲妻が現れ、電力切れの電球へと真っ直ぐに注がれていった。あっという間に電球が明るくなる。

 

「ほぅ、なかなかおもしろいのぅ」


 ジェルキドが感心したようにつぶやいた。ロキもキラキラと目を輝かせながら、光の粒を見つめていた。  キドラも例外ではなく、その仕組みに興味を引かれた。


「魔法といったかのう? 仕組みはどうなってるんじゃ?」


 だが、ジェルキドの質問に誰かが答える前に、バンっと机を叩いて、ミナが立ち上がった。


「お姉ちゃん!!」


 ミナの怒りに、サラが気まずそうに笑って宥める。

真っ赤になって怒っていたミナは、次に涙を目にためると、サラに抱きついて、その胸に顔を埋めた。そんな妹の頭をなでながら、サラが口を開く。


「魔法は基本的に生まれ持った属性に対する魔法しか使えない。私の属性は雷だ。仕組みといったか? ふむ。我々は魔力によって魔法を創出するんだが……なかなか難しいな」


 考え込んだサラに、シークが「真面目だな」と笑う。それを馬鹿にしたと感じたのか、ミナが怒り出した。


「なによ! お姉ちゃんは魔力量もすごいし、貴重な雷属性のスーパーエリートなんだから!」

「魔力は、人々によって違うのかのう?」

「違うわ! 魔力量はいわば才能!! お姉ちゃんは、魔力量がすごいんだから!」


 得意気にミナが胸を張った。


「なるほど、いわば魔力は燃料みたいなものか。わしらは、燃料が切れたらもちろん補給するし充電する。しかし、お主らは魔力切れとかあるのか?」


 博士の質問に、ミナがびくっと肩を震わせる。それにため息をついて、レオが答えた。


「あるっスよ。魔力は体内を巡っているから、魔力を一定に保つのは体調管理として大切なんス。まぁ、魔力の材料は、例えば……炎の場合は、大気中に紛れこんだ炎原子の粒子っス。それを呼吸とともに取り込んで、体内にためるっス。だから、まぁ、魔力は自然回復なんスけど……魔力放出を大量にしちゃうと自然回復が追い付かないっスから……」


 それと、先ほどから様子のおかしいミナがどう関係するのか。その答えは、不本意ながらシークから知ることになった。


「雷属性は希少だけど、その分資源もうじゃうじゃあるわけじゃないからねー。あんまり使わない方がいいよー」

「なんでお姉ちゃん無駄遣いしたのよ!」

「別にたいしたことではないだろ。それに魔法という概念がないそいつらには、見てもらったが早い」

「だからって! もし魔力切れになったらどうするのよ! もし、もし、お姉ちゃんになんかあったら!」

「もし、なにかあれば私が!」

「だめだ、アイリス!」


 すかさずアイリスをサラが叱る。またもやその意味をシークから知る。


「普通、魔力回復て自然回復しかないんだけど、中には人の魔力を意図的に回復させられる女神がいるんだけどねー、それがアイリスだよ。精霊たちの寵愛を受ける超人だよー」


 だが、アイリスにも限度はある、とサラが付け加える。なかなか、複雑な世界のようだ。もしこれが情報通信科学なら、等しく教育さえ受けれれば、全ての人々に等しく恩恵を与えることができるのだ。

 そのことに悔しさを感じながら、キドラが顔を上げれば、ふと、ジェルキドと目が会った。


ーそうだ。この方がこの世界にいらっしゃる!もしかしたら、博士なら……。


 そんなキドラの思考を遮るかのように、シークが口を開いた。


「ところでさ、キドラたちってさ、その体で普通の食事できるの?」

「問題ない。バイオエタノール変換により、食べたものを燃料にすることは不可能ではない。効率は悪いがな。それに味覚も信号化して楽しむことも可能だ」


 感心したようにシークたちがキドラの鎧に包まれた体をまじまじと見つめ出したちょうどそのとき、料理が運ばれてきた。


「それなら、よかったぁ!」


 ホッとするシークにキドラが違和感を覚える。なぜ、そんなに会ってまもないやつの食事管理が気にかかるというのだろうか。変わったやつだとキドラが不思議に思うのも無理はない。


「良かった。なら、セロー食べてもらってもいいよね!」


 そう言ってシークが、キドラの皿に緑のどろどろしたやつをどんどん置いていく。


「なんだこれは。野菜か? 変な見た目だ。」


 すかさず、キドラが成分を分析すれば、鼻器官で生臭さの情報が刺激され、脳が「変な匂い」をキャッチする。たまらずキドラは嗅覚センサーをオフにした。

 続いてキドラがスプーンですくって緑のそれを口に入れる。すかさずキドラの口内で苦味と酸味が情報化された。キドラの顔が歪み、キドラはたまらず味覚センサーもオフにした。

 そして、主に燃料化しやすいように燃料を細分化するためだけにある歯でキドラはそれを噛む。どろりとした触覚を情報として受け取り、気味悪い感覚を認識した瞬間に、キドラは触覚センサーをもオフにした。


「ど、どう?」


 ひきつった顔でミナが聞く。シークはニヤニヤと顔を歪めていた。キドラにとって、それは大変不愉快極まりない顔だ。


「無臭無味無感覚」

「うそでしょ!?」


 ミナがつかさずツッコむが、キドラは五感センサーの大半をオフったのだ。特に何も感じないのは当然だ。


「まじ? なら、どんどん食べてよ!」


 シークに続いて、他もキドラの皿に物体を乗せようとしてくるのをすかさずキドラが止めた。


「やめろ。今は感覚オフにしているが、次にオンにしたとき困るだろう」

「大丈夫だって!」

「何を根拠に!! というか好き嫌いするな!」

「国王さまが健康にいいってはまってるのよ、これ。だから、王宮では必ず出されるみたい。だけど、国王さまの味覚否定できないからみんな我慢しているの」


 困ったようにミナが言う。他もうんうんと頷くが、そんなことキドラにしたら知ったことではない。若干泣きながら食べるアイリスは端から見たらそれはそれはかわいそうなのだが、キドラには関係のないことだ。


「しかたない。わしが食うか」

『わわ、Meも、が、頑張りますにゃ』

「なっ! 二人に食べさせるのはやめろ!」

「しかたないわね。頑張るわよ。ほら、別に寝込もうがもういいわ。寄越しなさい」

「そうだな。好き嫌いはよくない。私がいただこう。倒れたらすまない」

「いや、ミナ怒ってるっす! 俺が……。倒れるかもだけど(ボソッ)」

「私が! がんばります! うっ……。うぅ」


 ポロポロ泣きながら名乗り出るアイリスに、各々の脳が罪悪感を告げる。普段罪悪感とは無縁のキドラさえ、視覚情報から得た情報がキドラの脳を揺らしていた。アイリスの純粋な優しさや哀れさはキドラにとっては久しい視覚的情報だったのだ。

 おそらく、さりげなく擦り付け合う者たちとは違い、皆のことを心から心配しているのだろう。キドラに心臓があったなら、胸が痛んでいたはずだ。それは皆同じようだった。心配そうに彼女を見つめる皆を代表してシークが口を開く。


「ならー俺がー」


 なんちゃって、と続けるシークにアイリスとジェルキドを除く皆の声が重なった。


「「「「『どうぞどうぞ/にゃ。』」」」」

「なんでー!?」


 決まってるだろ、最も罪悪感が少ない……いや沸きもしないからだ、というキドラの心の声は言葉にはされなかった。

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