第7話 異世界とインフラ整備

 キドラがエネルギー切れして1週間が経っていた。  

 あれから、各種族との交渉は進み、大規模なインフラ改革がアルカシラ王国では行われていた。

 何より国中が驚いたのは、ドラコンの協力を得られたことだった。

 理由を尋ねられたとき、竜人王は言った。「キドラとシークは子ドラコンのよき遊び相手になりました」と。だが、その言葉に大半が首をかしげていた。





 インフラ整備に尽力したうちの一人がジェルキドだった。ジェルキドもいつ動けなくなるかわからない状態だったが、それでも、インフラ改革のメリットを何度も演説してまわったのだ。

 アイリスも何度も周りへお願いをしていたが、その姿に胸が温かくなったのはジェルキドだけではないだろう。

 いつもふざけた姿が印象的なシークですら、ジェルキドの指示したことをせっせとこなしていた。


「アイリス」

「はいっ!」


 まるですっかり自分の愛娘のようになった少女を、ジェルキドが見つめる。

 アイリスが周りから愛されるのは、彼女が特別な力を持っているからではなく、彼女自身が温かい心の持ち主であるからだということにジェルキドは気づいていた。

 そんな彼女だからこそ、ジェルキドは声をかけたのだ。


「力を至るところで使っていたキドラが動けなくなるのが早かっただけで、わしもいつ切れるかわからん。ロキもスリープモードじゃ」

「そんなっ!」

「技術は、エルフ殿に伝えたし、ノウハウはこの1週間で3冊の本にまとめてある。もし、インフラ構築前にわしが切れたら、アイリスが皆を先導してくれ。決して、技術が悪用されることのないように。お願いできるか?」

「っ……! わかりました! わかりましたから、お願いです。どうか踏ん張ってください」


 涙をこらえながら、強く返事する少女にジェルキドから笑みがこぼれでた。





 インターネットのメリットを演説してから、いくつかの試作品公開が成された。今日も何度目かの公開演説だ。公開では、魔法器具を通して、ジェルキドの声が国中に届けられる。


「博士、インターネットと魔法はどう違うんですか!」


 住民から無作為に選ばれた代表が、ジェルキドに質問を投げ掛けた。


「インターネットはインフラが整えば、いつでも好きなだけ使うことができます。メールも電話も、皆様の体力を消耗しないため、魔力消費の削減に必ず役立つでしょう」

「魔力切れのない魔法みたいな感じですか? それはすごい! 魔法はいらないと博士は思いますか?」

「いいえ。魔法は必要です。インターネットにできること、魔法にできることは違います。共存すべきです」

「これで、魔力差別が抑制される効果はありますか?」

「それは皆様次第です。インターネットの普及により、魔法に近いことは可能になる。それを偽物の魔法として排除しない姿勢が求められます」

「しかし、電力を使うとなれば、貴重な雷属性が犠牲になるとの声がありますが」

「それは全くの誤解です! 雷属性の方の魔力の源となる電粒子は我々の使う電力とは無縁でございます。我々は、発電を自ら行うことで自給自足を進めていきます」


 インターネットの良いところだけでなく、デメリットもつつかれたりもした。だが、いかにインターネットが人々の暮らしを向上させるかをジェルキドは訴え続けた。

 しばらくしたら、また別の講演だ。そして本の執筆。残った稼働力全てを使ってジェルキドは動き続けた。





 次第に、国中がインターネットに興味を持ち始め、今ではすっかり大規模な改革の話で持ちきりだった。


『なんか、人間の王がインターネットとやらを引くらしいぞ』

『インターネット! なんか、第2の魔力らしい!』

『獣人族の王も協力しているらしいぜ?』

『インターネットてそんなにすごいのか? 魔法より?』


 至るところから、「インターネット」の話題が聞こえてくる。国中が、新しい動向に注目していた。 

 そしてちょうどその頃、たった一人動き続けてきた異世界人が眠ることになる。

 だが、閉ざされてゆく瞳は優しく弧を描き、その顔は安心と誇りに満ちていた。

 

 


 あとは頼んだ。

 そんな声がどことなく漏らされた。

   




            ◇





 ジェルキドが眠ると、アイリスはひたすら働き続けていた。キドラたちが眠ってから、護衛のいなくなったアイリスが動き回ることに最初は良い顔をしなかったサラも、いつしか黙ってアイリスの護衛を勤めるようになっていた。そんな姿を見つめながら、お調子者のシークもまた、いつものおふざけを封印して動いていた。

 シークは、最初はこの世界に非日常がやってきたことに喜んだ。

 だが、それもつかの間、国は大きな革命期を向かえるわ、キドラは倒れるわで、本当に大変だった。

 しかも、ジェルキドまで倒れたと聞いたときは、シークは絶望さえ感じていた。

 だけど、心配は杞憂だったようだ。

 というのも、アイリスが指揮を取って皆を動かしたのだ。ジェルキドの弟子のように動き回っていたアイリスだ。仕事ぶりは、あっぱれだった。

 これ、キドラが嫉妬するんじゃない?なんてシークが内心考え込んだくらいだ。



 ジェルキドが倒れてから1週間後、約束の1週間はとっくに過ぎていたが、インフラ整備はだいぶ整いつつあった。試作でスマートフォンが権力者たちに配られ出すと、最初こそ魔法と変わらないとか言っていた連中も、動画サービスサイトや仮想ゲームなどに熱中し出したようだった。



 それからまた2週間後。完全に人間の国ではインターネットが貫通し、他種族の間でも、インフラ整備が進められつつあった。

 そのころになると、長い間眠っていた二人のサイボーグと1匹のAIも漸くその目を覚ますことになったわけだ。



 彼らの復活の報告を受け、すかさずシークが王国の一室に向かう。シークが長々と働いていた間、彼らは眠っていたのだ。まったく、ひどいものである。

 部屋に向かうと、さっそく話し声がシークの耳に聞こえてきた。


「……博士。やったんですね」

『ご主人ー! ご主人お久しぶりにゃ!』

「ロキ……久しぶりに聞いたな。声」

「おぉ、安心したわい、キドラ。わしも今目覚めたんだがの」

「良かったです!」


 部屋に入ると飛び込んできた懐かしい顔ぶれに、ついシークの顔が緩んだ。キドラも珍しく顔を綻ばせている。といっても、人工皮膚がキドラの感情に反応して動いただけだろうが。シークはそれが作り物だとは未だに信じられないでいた。

 懐かしい顔といえば、エルフの少女も心配してくれたようで、アイリスの肩ごしにチラチラとキドラたちを伺っていた。すかさず、シークが彼女たちのもとに向かい、その間に潜り込んで、存在を主張してみたりする。

 キドラがシークたちのいる方へ向き直った。


「メリビス。アイリス。協力してくれたんだな。恩に着る」

「いや。いいのよ。私たちエルフにとってもなかなか高等な技術に感動したもの」

「いえ! 本当に良かったです!」

「ひどいよねー。エルフ少女とアイリスのちょうど中心にいる俺は飛ばすとか」


 つい、シークの顔が不満で歪む。


「着てる、な」


 服はちゃんと着ているか確認されているようだった。


「本当に失礼なんですけどー」


 キドラのピアスが久しぶりに音を発した。


『安心の気配3つ及び安心の出力2つ感知』

「あー! また、つまらない機能使ってる!!」

「別にこれは参考程度でしかない。直接脳内の電波を計測した方が正確だが、おまえらはまだ脳内はいじってないみたいだな。念力が通じない」

「さすがに、それは怖いってなったんだよー」


 シークがそう言うと、キドラが不満そうに「便利なんだがな」と口にするもんだから、シークは思わず笑ってしまった。



            ◇



 国中が新しい革命に浮き足立っている。そんな中、国王は、目覚めたキドラたちをさっそく呼び出していた。シークも付き添いでついていく。


「何のようだ?」


 相変わらず無礼な口を利くキドラに、側に使えていたサラがすかさず睨みを効かせているが、本人は知らんぷりだ。


「いやあ、インターネットとはなかなか面白いものだな。国王ブログ始めてみたんだが、いいねが嬉しい。種族の王たちとグループ組もうとしたんだが、メリビス女王が拒否った。と思ってたら、口説く方法も調べられるとは、便利すぎる」

『なにしてんだにゃ。この王さま』

「うん、ねこちゃんに座布団1枚!」

「それに、城のやつらに命令してやらせたんだが、部下の踊ってみたも楽しいーーーじゃないわ!」

「なんだ」

「アイリス護衛は?」


 国王の言葉に、シークとキドラたちがあっと顔を見合わせていた。

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