第6話 異世界任務とかそれ以前 ③
一方、ジェルキドはアイリスやロキと一緒に精霊の住む森にやってきていた。
入り込んだ道を進めば、木でできた緑のトンネルが広がっている。そこが精霊たちの住み処の入り口らしい。礼儀正しく入り口に礼をするアイリスに習い、ジェルキドとロキも頭を下げると、数分もしないうちに精霊たちが自らやってきた。
精霊は、自然や物に宿ると考えられている魂だ。彼らの協力を得ることが、インフラ整備に必要な物質を得るための必要条件だった。
それゆえかかるプレッシャーにジェルキドとロキがかまえるのを、アイリスが笑って制す。
「あまりかまえないでください。彼らは、穏やかな気持ちになったとき、応えてくれますから」
アイリスがそう言ったときだ。
『アイリスだ! アイリス!』
『本当だ! アイリス!』
『愛し子がやってきた!』
『どうしたの?』
美しい音色が四方八方から響き渡っていた。それぞれが混じり合い、まるで心安らぐメロディーのようだ。
それを邪魔しないよう、努めて優しい声色でアイリスが尋ねた。
「皆さんこんにちわ。お会いできて嬉しいです。精霊王さまに会いに来たの。会えるかしら?」
『アイリスに会えるなら、シドも喜ぶよ!』
精霊が嬉しそうに、アイリスを導いていく。彼女が精霊に心から愛されていることがよく見て取れる光景だった。
そんな光景を見て驚いたのは、ジェルキドだった。
ジェルキドは、これ程周りに愛された存在を見たことがなかった。
そして同時に思い起こされるのは、ジェルキドのよく知る青年の姿だ。テクノロジーによるサイボーグ化が一般化した時期、まだキドラは子供であった。まだ愛すら知らない頃に人間らしさから遠ざかってしまったキドラを、ジェルキドは常に気にかけていた。年を取ってからサイボーグ化した自分とは違い、生身の人間が経験する激しい感情を知らないキドラ。
願わくば、アイリスがキドラに愛を教えてやってほしいものだとジェルキドは思った。
そんな願いを胸にジェルキドがアイリスを見つめていたことを、アイリスや精霊は気づいていないようだった。
そして、ジェルキドはロキのことも気にかかっていた。完全にインターネットが起動源のロキは、薄れいく電波の中、あまりしゃべらなくなっていた。
精霊に導かれるがまま、ジェルキドたちは精霊王の元へ向かう。
精霊王。すなわち、全ての精霊をまとめあげる精霊の王は、全ての土地を掌握しているという。
樹木と樹木が絡み合って作られた空洞から、重い空気が漂っていた。そこに精霊王がいるのだろう。精霊たちに導かれるアイリスを追って、ジェルキドとロキは空洞に向かって進んでいった。
◇
メリビスからの協力を得られることに安心したのはキドラの記憶に新しい。
だが、なぜか今キドラはシークと共に必死にドラゴンから逃げている最中である。
なぜこうなった!とキドラは内心叫んだ。
遡ること数分前、エルフを説得できたキドラたちは、残る選択肢として、ドラゴンと獣のどっちに説得に行くかを話し合っていた。
『ドラゴンは高貴すぎる種族だから、ぶっちゃけアイリスのお願いしか聞かないと思う! 竜人王さえも手を焼いているというからねぇ。獣たちには、獣人王にお願いして一緒に依頼しに行ってもらったら確率80%的な?』
シークがいつにもまして真面目に言うものだから、キドラもドラゴンはアイリスに任せることにしたつもりだった。
そして、獣族の住みかへ向かっているときだった。道端に、かわいらしいドラコンの子を見つけたのだ。もはや感知センサーが機能しなくなった今、キドラは直感に頼らざるを得なくなっていた。勘という不確かなものに頼りたくはないキドラだが、その勘は子ドラコンとは関わるなと告げていた。
キドラがしぶしぶその勘に従おうとしたときだった。シークが「可愛いいー」といって子ドラコンを抱き上げたのだ。
その数秒後。怒り狂ったドラゴンが後ろに姿を現したとき、条件反射的にキドラたちは走り出していた。
ジグザグに道を走るキドラたちのスレスレをドラゴンの炎がかすっていく。
「いーやー!! なんでこんなことになったのっ?」
「おまえのせいだ!!」
「当たったらアウトだよぉ!」
「っ! どうしたらいい?」
「んー、炎がガス切れするまで耐えるしかないよ!」
「どんくらいで切れるんだ!?」
「んー2000発くらい!」
「馬鹿か!」
「俺の魔法、炎属性だから、運悪いよねー」
「最っ悪だ!」
キドラたちは、ひたすら狭い森林の合間を駆け抜けた。かすった炎はたちまち当たりを焼き付くし、至るところで木が燃え上がっていた。ドラゴンは完全に起こり狂っているようで、その炎はひたすらキドラたちに向かって吐き放たれる。
「何事ですか!」
ひたすら逃げるキドラたちの耳に、凛とした声が届く。その「音」をキドラの聴覚は記憶していた。
「竜人王っっ!」
「ええ! 噂のっ!」
シークが声がした前方を凝視したとき、後方から放たれた炎が風にあおわれ、シークの髪を焦がした。
「あっつ!」
「大丈夫か?」
「あっつい! 俺の髪があつっい!」
「走れば消えるだろ」
「え! 冷たくね? いや、頭はあつい! え、寒暖差で風邪引きそう!」
「何を言ってる。寒暖差とは寒さと暑さを実際に体感した後にくるもんだろ」
「もー! 冗談が通じない子! とにかく、竜人王さまのとこまで走るよ! 竜人王さまの方が、まだドラコンと会話できるはずだから!」
「了解!」
キドラとシークは、全速力で竜人王の元へと走っていった。
「まだ興奮しているねぇ!!」
「ああ!」
「森がめちゃくちゃです。早く、水魔法の片方に増援してもらわないと、燃え広がってしまいます」
「そうですねぇ! でも、まずはドラコンをどうにかしないとねぇ!」
「ああ!」
「てか、竜人王さま! なぜ一緒に走っているんです~?」
シークがそう問う。
竜人王のところまで走ったキドラとシークは、一回その合流に安堵したはずだった。
それがなぜか、今、一緒に逃げ回っていた。
「ああなったドラコンはどうしようもないんです。竜人とはいえ、竜を傷つけるのはご法度ですから」
「どうしたらいいの! ねぇ!」
「おそらく原因は、あなたの胸に抱いたその子ドラコンです。返すまで追ってくるでしょう」
「いやいや! 別に危害を与えるつもりなかったんですけどぉぉ! 竜人王さま、ドラコンにそう伝えてください!」
「無理です」
「即答!?」
「ああなったドラコンには言葉は通じません」
「おまえ、竜人の王だろ?」
キドラの言葉に、シークも何度も頷いてみせた。
「竜人はもともと数が少ない。この国では13名ほど。力量はそんなに変わらないので、その中からじゃんけんで王に選ばれました」
「知りたくなかったあ!!」
竜人王が役に立たないことに絶望したのもつかのま、炎が激しい勢いで3人の横の木を燃やし尽くした。
「うわ、やば」
「くそっ! インターネットがないからドラコンの情報が得られない!」
「ドラコンのこと知りたいんですか? なら、私に聞けばいいじゃないですか」
「いや、ネットの方が早……いや、そうだな。こんな状況だと仕方ない。竜人王、ドラコンとはなんだ? いや、違う。ドラコンがどうたっていい。怒りを沈める方法を知りたい!」
「ドラコンは集団行動しないわりに、親子の絆は強いですから、子供に何かあれば怒り狂います。まあ、とりあえず、子ドラコンを後ろに放り投げてみたらどうでしょう?」
「いいの!? 我が子投げ捨てられたら怒らないぃぃ?」
「怒ります」
「即答っ!」
再び、炎が、3人の頭上をかすった。
「うっわぁ!」
「っ!」
「くそっ!!」
「竜人王さま! 何ができすか!?」
「ドラコンとの……いえ、冷静なときのドラコンとの対話、飛行、放炎、その他の魔法でしょうか。水系は相性悪いです」
「なら、子ドラコンに親の方に行くように言ってください! 立ち止まったら俺おわるんで!」
「きみ、普通の話し方もできるんですね」
「マイペースか! 早く、伝えてください。子ドラコンはほら冷静ですから!」
シークが横を走る竜人王に子ドラコンを渡すと、竜人王は子ドラコンへと語りかけた。
「おや、あなた、いま楽しいんですか」
「ピギィ!」
「追いかけっこではないんですよ。どちらかというとリアル鬼ごっこですね」
「ピギィ! ピギィ!」
「おい! 竜人王!」
「はいはい」
竜人王が子ドラコンに向き合う。
「あなたの親のところへお帰りなさい」
「ピ!」
「え? 嫌だ? あの、嫌だそうです」
「「説得しろ!!」」
声を揃えて荒げるキドラとシークに、竜人王がやれやれと溜め息を吐いた。
「さ、怖い人たちのもとから離れて、優しいお母さんのところへおゆきなさい」
「ピギィ!」
「え? 私たちと遊べて嬉しい? 困りましたね。もし今言うこと聞いてくれたら、また遊んであげますが……そこのお二人が」
「ピギィ!」
子ドラコンが嬉しげに泣いた。
竜人王の提案に納得したのか、その腕から子ドラコンが飛び立つ。
そのまま、自分の方へ飛んできた子を認識したとたん、ドラコンの口から炎が途切れた。
そのときだった。木々を燃やしていた炎が風に覆われ、そのうちの一つがコントロールのきかないまま、子ドラコンに迫っていた。
「まずい! 子ドラに何かあってはまずいよ!」
シークの慌てた声に重なるように、キドラが叫ぶ。
「放水!!」
そう言い放つと、キドラの両手から大量の水が放たれた。キドラが子ドラコンに迫る炎に負けないよう、出力を高めると、炎はその勢いをなくしていった。すんでんのところで、炎が子ドラコンに当たるのは回避できたようだ。
「え! なんで魔法使えるのー?」
シークが驚いたように、キドラに尋ねた。
「魔法ではない。サイボーグ化した身体は燃料を炎や水に変えることができるんだ」
「すごーい! けど、インターネットないのに大丈夫なの?」
「……体力は結構消耗……する」
そういったキドラの脳内で危険信号が鳴り響いた。センサー系は機能していないため、おそらくそれも「勘」だろう。
「とりあえず、残りの炎の鎮火とドラコンへの謝罪を行いましょう」
竜人王がそう言ったときだった。
キドラの目の前が真っ暗に染まっていく。
最初に視界がシャットアウトした。
次は聴覚だった。
そして、キドラの全ての機能が停止したー。
ーーッー
ーッーツーッーーー
ーッーーー
ーーーーッーー
信号がキドラの脳内に伝えられる。
その視界は黒く染まったままだった。
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