第5話 異世界任務とかそれ以前 ②
結局、行動しないと何も始まらないという話になった。
ゆえに、キドラはシークとともにエルフの住むという泉に向かっていた。ジェルキドとロキはアイリスと共に精霊に会いに行くようだ。
「博士……ロキ……大丈夫だろうか。」
「大丈夫じゃない? 精霊は賢くて礼儀正しいやつを好むから。それにアイリスがついているなら間違いないさ。まあ、心配なのはキドラだよねー」
「俺だと?」
キドラがじっとシークを見つめる。シークはニヤニヤと笑いながらキドラを見つめ返していた。脳内通話が使えない今、その表情から情報を得ようと、キドラがより深くシークに視線を送る。
「なになにー! 照れるって!」
「照れるか。……なるほど。今、おまえは、羞恥心を感じているのか?」
「は? な、なにその質問! え、別に?」
「なら、怒りか?」
「ん? ん? いや、別に怒ってないけど?」
「……呆れか?」
「えー!? 強いていうなら、困惑かなぁ?」
「……」
それきり黙り込んだキドラを「え、こわいよー」とシークが貶すが、キドラとしてはシークの本心が見えないことに焦っていた。前までは、センサーが相手の感情をデータとしてキドラに知らせてくれていた。確実に相手の本意を掴めていた。それが今は掴めないのだ。
そういえば、昔、キドラの世界で「お笑い」というものを見たことがあったことをキドラは思い出した。確か、科学技術の恩恵を使いこなせない哀れな男らの話だ。
確かこんな話だ。二人男が向かい会って立っている。設定は、二人の男がとある銀行に出かけていって、互いに相手を「銀行強盗」だと思い込んでいるというものだった。
『お宅、止めたがいいですよ』
『え? 昼飯ラーメンにしようかなて思ってたんですけど。止めたがいいですか?』
『いやいやいや! 逃げる最中にラーメン食べる暇あるわけないでしょ! でもね……今踏みとどまったら、堂々とラーメンを食べにいける。ね、止めましょう?』
『? まあ、そういうあなたもね、止めたがいいですよ。』
『え? 何を。』
『ここに来る前に計画していたことですよ。』
『ええ? ここに来る前って……妹の誕生日プレゼントを買おうかなって思ってましたけど』
『なるほど。妹さんの誕生日プレゼントを買うための資金を調達に………。いやいやいや、そんな金で買ったものなんて喜ばれませんよ!』
『そんな金とはなんだ! 私のお金ですよ!? 別に汚いお金じゃないでしょ!』
『いや完全に黒だ! 真っ黒に汚れてるよ! あのねぇ、あなたのお金じゃないでしょ。皆のお金です!』
『私のお金が皆のお金っ!? では皆のお金は?』
『皆のお金ですよ』
『私のお金はどこ!!』
『何を言ってるんですか!』
そして、疑いの掛け合いが延々と続く。そんなコントだった。
お互いの嘘を見抜けないなんて、あの時代ではあり得ない。馬鹿げた道楽だ。そして聴衆もただ軽蔑するためだけに、お金を払ってそれを見ていた。
あの時も、キドラはくだらなさを感じて途中で見るのを止めたのだった。
だが、シークはどうだ。シークはお互いの腹を読み合った経験もあるかもしれない。
「おい、シーク。お笑いてあるか? この世界にも。」
「ん? あるある! あるよ! 俺結構すきかもー!」
「そうか、こんな話がある」
例の強盗のコントをキドラがシークに話した。
「あはははは! 馬鹿じゃん! うけるー!」
話を終えると見事にシークは笑い転げていた。話の途中も何度も笑っていた。正直、キドラにはシークが理解できなかった。
「何が面白いんだ? ただのあほどもだろ。疑いを相手から読み取れていたらややこしくならずにすんだ話だ」
「いや、だって、腹を読みあうってよくあるじゃん? でも、お互い一般人なのに、腹を読みすぎて強盗だと誤解するとかあははは! ウケるー!」
「こんな話で笑えるのか。幸せものだな。科学の発達は小さな幸せを奪うのかもしれないな」
「めちゃ馬鹿にされたような気がするー!」
「ちなみに、さっきのコント考えたのはコンピューターだ。つまり機会だ」
「うそー!」
さっきから、笑ったり驚いたりと忙しいシークを見て、キドラは羨ましささえ感じていた。科学の発展は感情を豊かにするはずではなかったのか。
「ねぇねぇ、もしかして、ジョークとかもじんこーちのーてやつが教えてくれんのー?」
「ああ。上司を笑わせる気のきいたことも楽勝だ」
「えー?? 計算じゃないところに生まれるギャップがいいんじゃん。この前さ、国王さまが、奥さまが髪をイメチェンしたと思って、『神がたくさんお誉めくださる髪型だ』とか言ってさー。しゃれのつもりだったんだよ? 本人は。ただ、髪型変えたんじゃなくて、服の影でそう見えただけでさー! あの後の国王さまの顔、笑っちゃったなぁ」
「そんな間違いあり得ない。髪か影かは光彩ではっきり区別できる。それに、いわゆる、国王は『滑った』んだろ? 何が面白い?」
「滑ったから面白いんじゃん?」
「滑るのは面白くないだろ? だからこそ滑らないように計算するんだろ?」
「はー、やれやれ。堅いねぇ」
シークがため息をついて前を見つめる。呆れか、怒りか、果たしても感情の読めないシークにキドラが再び混乱する。キドラの中で、さらにいっそうシークという人物にして謎が深まったのは言うまでもない。
◇
気づいたら二人は目的の泉に到着していた。キラキラと七色に光る美しい湖だった。
脳内通信ができたら、ジェルキドとロキにも送ってやれるのだが、とキドラが今の状況を嘆く。
美しいくらいならロキも理解できるはずなのだ。
インターネットの不在によりそれも不可能な今、いかに科学の恩恵が素晴らしいものだったのかがよくわかる。あの時代の科学技術なら、この湖をそっくりそのまま再現して保存することもできるだろう。
泉をじっと眺めていると、横でシークが再び服を脱ぎ出したのがキドラの視界に入った。
「こんなところでも露出したがるのか!!」
「違っ、ちょ、人聞き悪いって! ほら、きれいな湖だから泳ぎたいじゃん?」
そう言ってシークが、湖にダイブしようとしたときだった。
「お止めなさい! 湖が腐ってしまうわ!」
透き通るような、少女の声が当たりに響き渡った。キドラたちの後ろにその少女は仁王立ちしていた。きれいなピンクの長髪に、尖った耳が特徴的な美しい少女だ。
「えー? 腐るってひどいよー。いいじゃん。入れるうちに入っとかないと後から後悔するよ? なんなら、一緒に入ちゃう?」
「入りません!!」
少女は、強い口調で否定すると、シークを泉から引き離そうとその腕を掴んだ。シークは逆に、笑いながらその少女の手を自分の方向に引き寄せようとする。とっさにバランスを崩す少女とシークが二人剃ろって湖に向かって倒れこんでいく。
だが、慌ててキドラが直前で支えたため、二人が湖に落ちることはなかった。
「ちぇー!」
「こんなことでエネルギー消耗させるな!」
口を尖らせるシークに、キドラがきれかかったとき。少女がバチンとシークの頬をぶっ叩いた。
「さいてー! あなたみたいな人がドボンしてたら、湖はたちまち濁っていたわ」
「俺もそう思う」
「ひでー!」
「この湖は1000年も昔からエルフたちの憩いの場なの」
「でもさ、最近湖が荒れてきてるんでしょ?」
シークが緩い口調でエルフの少女に言うと、少女はとたんに顔を歪ませる。
少女は肩を振るわせるとたちまち俯いた。
「ええ、そうよ。毎日見守り続けているのに、原因も分からず濁ってきているの」
少女が悲しそうに呟いた。
「だからさーまだましなうちに半身浴させてよ」
「それとこれは別です! 私たちは、湖を守らなければなりません」
「なんとかなるかもしれないぞ」
キドラがそう言うと、驚いたように少女がキドラを振り返った。だが、嘘ではない。
「え?」
「テクノロジーを使えば、監視カメラを設定し、原因を探れるかもしれない。その上、湖の清掃活動だって、インターネットと俺がつながりさえすれば、すぐに汚物を吸引することも可能だ」
「テクノロジー? インターネット?」
「ああ。頼む。エルフは賢い種族だと伺っている。力を貸してくれ」
キドラがまっすぐ少女を見つめる。横からシークが「やるねぇ」などほざいているのをひたすら無視してキドラはただ少女を見つめた。
最初に口を開いたのは少女だった。
「……無理よ」
「!」
「そんな聞いたこともない不確かな情報を鵜呑みにするリスクは高いわ。エルフは誇り高い種族なの。ほいほい他の種族の、特に人間の持ち出した話なんて信用できないわ」
「あんたらが打つ手なくこのまま湖が衰退していく確率は99.9%。もし、俺たちに協力したなら、協力してうまくいかない確率は34%、協力してうまくいく確率は66%だ」
「まぁ。適当言っても騙されないわよ?」
「適当ではないてどうやったら信じてくれるわけー?キドラが計算式を示しても結局粗捜ししそうだし」
「エルフはね、頭がいいの。そうね。暗算はどうかしら? 答えがシンプルで、なおかついかに簡単に分解するかが頭のよさを問うじゃない?」
「了解だ。俺の頭の中には自動計算ソフトが組み込まれている。いわゆる電卓が。インターネット負荷が少ない機能だから使ってもいい」
「あら。なら、286×324は?」
「92664だ」
「早い……。ええ。そうね。1564×8765は?」
「137,029,860」
「1897×5426×9879÷6512!」
「15,615,133.943182」
「まぁ! なんて賢いの、あなた!」
「いや、俺がすごいわけじゃない。言っただろ? 脳内に計算機が埋め込まれていると。」
「いいわよ。あなたのこと皆に話してあげる。私の名前はメリビスよ。エルフの女王なの。よろしくスーパー頭脳さん」
メリビスとキドラが握手をするのを、シークがひきつった顔で見つめていた。
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