第4話 異世界任務とかそれ以前 ①
インターネットを構築しないとキドラたちが生きていけないことが判明すると、王宮はたちまち大騒ぎになった。
説明のためにキドラたちが国王に謁見を乞えば、国王側も話を聞きたいようで、案外すんなりと要望が通された。
「他の種族の王も集めて会議を開かれるようだ。種族の王たちに召集をかけるからいましばらくまて」
サラに言われた通り、キドラたちが待機していれば、数時間後、案内人と名乗る男が現れ、キドラとジェルキド、そしてロキをとある一室の前まで連れていった。
キドラたちが連れてこられたのは、人間の国王が治める宮殿の一室らしい。そこには、獣人の王、竜人の王、妖精の王といった各種族の王が集められ、すでにキドラたちとの対面が準備されているようだった。
各種族が各王を持つ中で、人間の王がその総括の役割を担うのは、やはりアイリスの存在があるからだった。それほどアイリスは国にとって不可欠な存在だという。
エルフの王は欠席だと、案内人が付け加える。そして、くれぐれも粗相のないように、と念を押すと案内人は霧のようにその姿を消した。
案内人が言ったことをジェルキドがもう一度念を押す。
「キドラ、いいか。おまえはすぐ突っ走る。決して失礼のないようにな」
「はい!」
◇
ドアをノックする前にそうジェルキドが忠告したのは、そう遠い過去の話ではない。
そして、元気よくキドラが返事をしたのも、ついさっきだ。
そして今ーー
「アイリスの護衛はどうするのだ!」
「アイリスの護衛はやると言っている!! だが、その前にインターネットが先だという話だ!」
「アイリスが危ないんだぞ!」
「それは俺たちもだ!」
キドラと人間王が猛烈に言い争っていた。
案内人の忠告を受け、博士にも忠告されたキドラは背筋を伸ばして、重い扉をノックした。それに答えるように、サラが扉を開け、キドラたちを中に通す。多種多様な王を代表して人間の国王がキドラに事の説明を求めたとき、それが言い争いのスタートだった。
「だいたい、貴様らが強いはずだから召喚したのだ。なのに、数週間後にはエネルギー切れだと? ふざけるな!」
「だから、別におまえたちの要求に応えないわけではないが、そのためには電気とインターネットが必要だという話だ! 子供でもわかる!」
「電気がどれほど貴重か知らぬのか? 赤ん坊でもわかるわ!」
そうそう簡単に謁見など叶わない国王に対する、キドラの不躾な態度は決して許されたものではない。国王の側に控えていたサラが鋭い目付きでキドラを睨み付けるが、キドラは強気な態度を崩さなかった。
「全く! 調子に乗るでない!」
「インターネットが普及した世界とそうでない世界を一緒にするな!」
たちまち言い返すキドラに、国王が顔を歪ませた。
キドラの要求に国王が首を縦に降らないのは、単にアイリスの護衛への影響を懸念したからではなかった。キドラのその横着な態度が、国王のプライドをひどく傷つけていたのだった。
しかし、キドラとしては、そんなこと知ったことではない。キドラにとっては、必要なことを認められない国王がひどく傲慢で頑固に写ってならなかった。
彼に埋め込まれたデータが、国王の扱い方を示してくれたら違ったのかもしれないが、相手とインターネットでつながっていない今、そんな機能は稼働しない。
両者、平行線を行く。そんな状況だった。
「なんで理解してくれない? 俺たちは電気がなければ動けないし、インターネットがないとアイリスを守ることができない! 簡単なことがなぜわからない!」
「ふん。機械人間がずいぶん偉そうだな」
「今、そんな話はしてないだろ! おまえは、一体何が不満なんだ!」
「わからぬのか?」
「わかる!」
馬鹿にしたように笑う国王に、キドラはむきになったようだ。国王の顔を視覚カメラで捉え、すかさずスキャンする。記憶された感情と表情のデータベースにアクセスし、国王の顔つきからその感情を推測すると、その結果が「怒り」として表示されていた。
「おまえ、怒っているのか!」
「怒っておらぬわ!」
「怒っているだろうが!」
「怒ってお!ら!ぬ!」
「怒っている!」
「ない!」
言い争いがしだいに子供のそれになっていくのを周りが複雑な趣で見つめる中、それに耐えられなかったものがいた。
「クッ!」
獣人の王だった。ピタリと言い争いが止み、4つの鋭い瞳が彼に注がれた。
「ヴェルド・クロード。発言を許可する。笑った理由を話してもらおうか」
ヴェルドと呼ばれた赤髪の男は、男前な風貌をしていた。全体的に幼さを感じさせる人間の国王とは違い、その風貌からは一族の王たる覇気が滲み出ていた。その男らしい顔は、笑いをこらえているのか歪んでいた。
「すまん、すまん。それと言い争ってやるとは、人間王殿はやはり壮大な人だと思ってな」
「こやつはよそ者。ゆえに例外だ!」
「そうです! 人間王さまは聡明な方! 本来、そのような軽蔑はあってはなりません!」
人間王に同意するのはサラだ。人間の国王を慕っているようで、キドラを睨み付けていた人物である。
「サラ、立場をわきまえよ」
「申し訳ありません!」
「レイも何かあればかまわぬ」
頭を下げる赤髪の女性を一瞥して、人間の国王は妖精の王へと向き直った。
緑の美しい長髪に、人間の手の平に乗るくらいの小さなサイズは、神秘的でいてかつかわいらしい。
「! あ………は、はいっ。えっと、まずはキドラさん、国王には敬意を払わないと……謝りましょう?」
「……すまない」
「いや、余に謝れよ」
レイの方をちらっと見て謝罪するキドラに、レイが違う!と内心ツッコんだのは、おそらくキドラには伝わっていない。
「そして、人間王さま。キドラさんが国の女神、アイリスさまを護衛してくださる以上、キドラさんが動けるようにするのは大切なことではないか、と、私は……思います」
緊張したように、言葉を述べたレイに国王は黙って頷いて見せた。
レイの言い分はもっともだ。キドラたちを召喚した以上、キドラたちが動けるようにするしかない。
そもそも異世界からの召喚を行う術師はアルカシラ王国には1人しかおらず、その術師も一回の召喚につき半月の休暇が必要となる。それほど、召喚は重い儀式であり、国王はキドラたちの要求を飲むしかないはずなのだが、なかなか納得する素振りを見せなかった。
だが、レイの遠慮がちな意見は、比較的すんなりと国王の耳に入ったようだ。
「そのインターネットとやらは何なんでしょう? 竜人としてはできる限りの協力は惜しみませんが」
すかさず、竜人の王が口を開く。白をベースに下先のみが徐々に虹色に染まったグラデーションの髪を後ろで編み込んだ美しい男性だった。
それに頷いたのは人間の王だ。
「ふむ。竜人王の言うのも最もだな。そのインターネットとやらに必要なもの、時間、人材について詳しく知りたいのだ。……が、そこの偏屈男ではない……そうだ。お、じじい、説明してくれぬか」
そう言って国王が指差したのは、ジェルキド博士だった。それに応えるため、博士が国王の前に歩み出る。
「申し訳ない、国王さま。キドラは熱心な子だが、それゆえ、何事も一直線なのです。インターネットがないことは、あなた方にとってみれば魔力がないようなもので、我々にもどうしても欠かせないものでございます。どうか、ご理解いただけたら嬉しい限りです」
「ふむ。よくわかった。それを最初に言えばよかったのだ。全く」
「………」
「インターネットに必要なものは今ほとんどこちらにはありませぬ。それゆえ、1からインフラ整備をするとなると相当の時間と労力がいります」
博士の言葉に、国王がなんやら考え込む。
「国の整備は、人族のシーク・グライドに一任しようと思う。異論あるか?」
「おお! シーク殿か。ぴったりではないか」
「いいと思います」
「ええ、賛成です」
獣人の王、妖精の王、竜人の王と全員が頷いたことで、話がまとまった。
「では、人族にぜひ任せていただきたい。そして、キドラ。いいか、期間は1週間だ」
意地悪く笑って、国王が言う。それにキドラは鋭い視線を返した。
◇
IoT、AI、情報通信。それらを可能にするにはインターネットの存在が不可欠だ。インターネット。すなわち、複数のコンピューターネットワークを相互に接続させることで作り出す大規模な情報通信網である。
そしてその普及には様々なインフラ設備が必要だ。何台ものコンピューター製造や無線LANの設備ーー。
先行きの怪しさに項垂れるキドラとは対象的に、インターネットの仕組みや歴史を初めて聞いた男はキラキラと顔を輝かせていた。
この男こそ、国王にインフラ整備係として任命された人物で、牢でキドラに話しかけていたオレンジ髪の男と同一人物だった。名はシークというらしい。
「えー、つまり、100年もの歴史をたった1週間で再現するってことー? 規格外じゃん、それ! いいね!」
『そんなこと不可能にゃ! どうしますか! ご主人ー!』
節約モードからオンに切り替えたロキが心配そうにキドラを見つめた。
「えー! 大丈夫だって。人間とは比べものにならない種族がいっぱいいるんだからさー! 具体的に何が必要なのー?」
「うむ。わしはインターネットの構築に関わってきたからよいものの、他に知識を持った人がいないのが困ったな」
「んーそれなら、エルフに頼んだら? 彼ら頭ちょーいいし! たぶん、人間が100日かかることを、1時間くらいで理解できるはずだよー。他にはー?」
「うむ。コンピューターを作るのに金属やシリコンやら材料探しがネックじゃな」
「ふーん? 精霊たちに聞いたら代わりになる素材の在りか教えてくれるんじゃない? んで、他には?」
「wi-fiの設置が必要じゃ。無線の方が何かと都合いいからのぅ」
「wi-fi?」
シークが顔を傾ける。
「電柱からネット回線の信号をまず引くじゃろ? そしてそれを通信機器を通して無線の電波に変換するんじゃ」
「ちょとまってよー! 電柱? て何?」
いちいち話を折るやつだ、とキドラが顔をしかめる。しかたないから説明することにしたキドラだったが、シークは次々に質問してくるため、キドラは甚だ鬱陶しそうだった。
もう書いてみせたが分かりやすいだろう、とキドラがシークに紙とペンを要求すると、シークがズボンからペンとくしゃくしゃになった紙をさっと取り出した。それを受け取ってキドラが紙に電柱を描いていく。「こんなやつだ」とキドラが紙を見せると、シークの顔がひきつった。
「……なにこれ。土管? こんなの建てるの!? だめだめ! アルカシラ王国は景観が売りなんだから! こんなん、隣国から笑われちゃうよ! ドカン王国て呼ばれちゃうよー!」
シークが嫌だ嫌だとごねる。博士はふむと考え込むと、にこりと笑った。
「まぁ、電柱を建てない方がいいなら方法はある。地下に埋めるんじゃ」
それなら、とシークがうなづく。だが、キドラとしては猛反発だった。
「博士! 完成する前に俺らは再起不能になります!!」
「え? 大丈夫でしょ! ドラゴンにバコーンと地面削ってもらって、土地の精霊に修復してもらったら!」
ニコニコとシークが笑いながらそう答える。さも簡単そうに言ってのけるシークをキドラたちは不安そうに見つめていた。
「で、他にはー?」
「プロバイダと呼ばれる……うむ、まあ、インターネットに接続できるサービスを提供する業者かの」
「あ! ちょうど獣らが仕事ないーとかいって人間にいちゃもんつけてたんだよね。ちょうどいいや」
先ほどからのんきそうにさくさくと答えるシークにキドラはつめよらずにはいられなかった。
「おい! さっきから能天気なようだが、大丈夫なんだろうな!」
「まあ、ようするにさ、繊細なやつは知識系の種族にやってもらって、力仕事はでかいやつらに頼もうよ! 一世一代の種族間共働作業とかまじ歴史もんだよ! 俺の名前も教科書に載ったりして~! 興奮してきたなー!」
シークがそう言って笑った。あまりにもあっさりと言ってのけるシークに不思議と周りも安心感を感じているようだ。だが、まぁ、この男を見ていると、普通は無理なこともこの世界ではもしかしたら不可能ではないのかもしれない、なんて気持ちになってくる。初めて、キドラはシークに感謝した。
「……そうか。協力感謝する。さっそくにでもいろんな種族を集めてほしいんだが」
「え? まだ、声すらかけてないし、高確率で断られるかもだよ? 妖精の王が協力してくれるていったって、精霊は妖精とは違うし、ドラコンも竜州の管轄内の生物とはいえ、言うこと聞いてくれるやつらじゃないからねぇ! あ、竜州てのは、ドラゴンと竜人がいるとこね。つまり竜州のトップの言うことを聞く種族じゃないのよ。かといって、竜人だと全然ドラコンより力弱いし! エルフにしては、王さまは会議に現れなかったんでしょ? それって最初から拒否全開じゃーん! つんでるよねぇ! まずはお願いしなくちゃねー! まあ無理だろうけどね!」
へらりと笑いながらそう言いきったシークを、キドラはついぶん殴ってしまった。
「いってぇ!」
「無駄な期待をさせるな! 時間を返せ!」
「無茶言わないで~」
「つまりはなんだ? 今協力してくれると言っているのは獣人、竜人、妖精。だが、そいつらはたいして力にならない、と?」
「うわあ! 一応、種族のトップたちだよ? そんな彼らが協力してくれるなんて本来はめちゃくちゃ強いんだから! 本来は!」
「……」
「けど、種族統合同盟に加入していない種族は、その共同体の中だけで秩序やルールが守られているから、便宜的な王もいないってわけで種族間交流なんて夢のまた夢! 精霊なら、アイリスがお願いしたらワンチャンありだけど、ドラコンはむりっしょ! 言葉通じないし~! 唯一ドラゴンと意志疎通できるのが竜人だけど、聞かないって~笑!」
そう言ってへらへら笑うシークを、再びキドラが小突いた。
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