第3話 異世界と出会い

 キドラは目映い光に包まれて、意識を失ったはずだった。だが、キドラ自身の脳は既に覚醒しているようで、自分が今どこかしらの床に転がされていることはキドラ自身も把握していた。

 だが、まだ体のプログラムは起動していないようだ。視界も暗いまま、聴覚機能だけが優先して活性化される。徐々に回りの「音」がキドラの耳に入ってきた。


『ーーーーーーーーーー』

『ーーーーーーーーーー』


 聞いたことのない言葉だった。キドラの脳内で「読み取り不可」の警告が発せられ、耳元のピアスからはアナウンスが流れ出た。


《言語分析を開始します》


 とたんに騒がしくなる周囲に、キドラは寝たふりを続けながら焦りを覚えていた。

 言語が違うことから、おそらくここは母国ではないどこか。回りにある気配は、敵か味方かすらわからない。敵意や好意を判断する機能が全く機能しないのだ。

 せめて、言葉が理解できればーー。

 キドラは、一刻も早く言語分析が終了することを願った。


《既在の言語データと一致するものが見当たりませんでした。解析にしばらくかかります》


 ところが、テクノロジーが告げたのは、対象の言語が未知の言語だということだった。しかし、それはおかしいのである。この時代に言語学者が存在すら知らない言語などあるはずがないし、全ての言語はデータ化されているはずだ。

 バグを起こしたのか、と一瞬不安を覚えながらも、キドラはすぐに思い直す。

 インターネットに接続できたら何らかの情報処理が可能なのだ。心配などいらない、とそう自身に言い聞かせるキドラだったが、すぐにそれが裏切られることになった。


《申し訳ありません。解析には大量のインプットが必要です。データを入力してから再度お試しください》


「馬鹿なっ!!」


 キドラが叫ぶと同時に、全てのシステムが稼働し出した。体も完全に起き上がり、視覚機能もばっちり動き出したことで、回りの様子が鮮明になっていく。

 クリアになったキドラの視界に映ったのは、大勢がキドラを囲んで鋭利を向けている様だった。


『ーーーーーーーーーーーーーー』


 赤い髪の女性がなんやらキドラに向かって叫んでいる。だが、キドラがその言葉を理解することはなかった。

 起き上がったまま何も答えないことに怒ったのだろうか。女性の顔が真っ赤に染まり、目がつり上がった。

 それをキドラは怒りの感情だと処理した。20年前、顔の筋肉の動きと血流の増加で怒りの感情を処理していたというが、そのサンプルとして上げられていた画像と女性の顔のパーツの位置や形状が70%マッチしたからだった。

 今の時代と言えば、アドレナリンの増加をキャッチしたら、それが当事者間でデータとして知らされるのが常識だ。だが、それが機能しないとなれば、キドラの目の前の女性は明らかにキドラと脳内共有ができていないということになる。

 なるほど、とキドラが内心頷いた。なるほど、つまり、さっぱりわからなかったのである。

 考えられるのは、女が前時代的な人間ということだった。ということは、キドラは過去にタイムスリップしてしまったという説が上がる。

 だがしかし、まだそこまで技術は開発されていなかったはずだと思い至り、キドラはすっかり状況が分からなくなってしまっていた。

 キドラがじっと女を見つめていると、ついに女が周りになんやら指示を出し始めた。そして、女に頷いた男らがキドラに向かって近いてくる。


「やめろ! 近づくな! そんなことをすればーー」

《警戒! 警戒! 視覚情報が敵意を確認!》


 キドラの耳元のピアスが音を発っし、体が音を立てて変形し出す。固い素材で覆われた体が露になり、肩の方からは銃口が顔を覗かせた。

 キドラの視覚機能が捉えた女の表情からは、「怒り」「敵意」という分析結果が得られている。そして「怒り」により上昇した体温が複数近いてくれば、体の防衛機能が稼働するのはあきらかだった。

 辺りにピリッとした空気が流れ、男たちが武器を手に取る。


《警戒! 警戒! "敵意"の増加及び"殺意"を新たに確認!》


 なお、ピアスからは警戒音が流れ出ていた。

 まさに悪循環だった。

 このままだと、あらぬ誤解を与えてしまいかねない。必死に敵意のなさを訴えようともがくキドラとは逆に、ピアスと男たちの警戒はさらに強まるばかりだった。

 確か、大昔には「非言語コミュニケーション」と呼ばれる言語手段があったはずだ。そう思い至り、キドラはすかさず脳内でインターネットに接続し、調べてみる。

 分かったことは、敵意の逆、すなわち好意を伝えるには、相手に視線をよこしたり、相手に近づいていくことが有効らしい。

 握手もコミュニケーションにおいて有効な手段であることが検索結果からわかったとき、キドラは一瞬その検索結果を疑った。正気か?とキドラが混乱するのも、今槍やら剣やらを向けられているからだ。近づいていったらそれこそやばいのではなかろうか、と検索結果とは真逆のことをキドラは考えていた。

 内心イラつきながら、昔の術を試すか否か迷うキドラに対してさらに警戒が強まっていく。

 一か八か。

 さっそく行動にでたキドラはーー。



           ◇



 結局、捕まってしまった。

 今は、暗い鉄の塊で出来た空間で、鉄の輪に拘束されている。

 強靭な体を持つキドラにとって拘束具の破壊は容易いが、ここを出たとして、言語や世界観がわからない以上録なことはあるまい。あまり下手に動かない方がいいだろうと判断したキドラは、鉄の部屋でじっとしていた。

 しばらくすると、オレンジ髪の男がやってきた。白と金をベースにしたシンプルな服を纏った男は、どこからか育ちのよさを感じさせる。そして、何より、服を纏っていない部分が肌色であることにキドラは違和感を感じていた。

 捕まる前はそこまで意識がいっていなかったキドラだったが、肌色の皮膚はキドラの時代ではほとんど見かけることはない。サイボーグ化が当たり前になった世界で四肢が肌色だったという記憶は薄れており、久しぶりに見たその四肢にキドラは戸惑いを感じずにはいられなかった。


「ーーーーー」


 相変わらず男は何かを言っているが、その内容が何かはキドラには分からない。男は鉄の柵の向こうにあるイスに腰掛け、なぜか数秒置きに笑いながらひたすら話している。何を話しているのかは分からないが、直感的に下らない話のような気配をキドラは感じ取っていた。

 直感。しばらくキドラとは無縁だった感覚だ。

 これからどうしようかと考えながら、キドラは言語解析に必要なデータが溜まっていくのをただただ待っていた。

 1週間が立った頃だった。言語解析に最低限必要なデータが揃ったのだろう。キドラは男の言葉がとたんに理解できるようになった。


「でさー、トイレの方がやっぱりいいよね、て話! あははは! 笑えるよね~!」


 いや、やはりまだ解析には時間がかかるようだ。


「確かにさ、便利だけどさ、やっぱり出したがスッキリするでしょー?」


 言語解析が終わりました、とかアナウンスが出たが気のせいだろう。なぜなら、キドラは目の前の男が話していることがさっぱりわからなかったからだ。


「トイレットペーパーもまあ資源っちゃ資源だよ。けど、貴重さでいえば、トイレットペーパーの方が低くない?」

「……………」

「トイレットペーパーと自然を一緒にするな、て話だよねー!」

「……………」

「だから、洗浄魔法使ってるやつはさ、魔法の無駄使いだと思うー!」

「……………」

「たいてい皆がトイレにいけば、その分、大気中の水分子は節約されるわけよ! これを、なぜ、自然保護とか唱っているじーさんらは理解できないかなあ?」

「……………」

「トイレットペーパーが世界を救うんだよ!」

「さっきから、何を言ってるんだ、おまえは」

「だからぁ、魔法の源の枯渇問題には無駄な魔法を使わなー……って……え! 話した!?」


 男が、「わあ、話したよ!」と騒ぎ出す。直感的に苦手な男だとキドラは感じた。


「えー! こっちの言語わかるようになったの!?」

「……………」

「分かるんだよね? なぜ無視ーっ?」

「……言語は理解できるようになったし、翻訳サポートに従って話せるようにもなったが、お前の言うことはわからないようだ」

「あははは! なんでだよー!」


 「俺だけー?」などと独特のイントネーションで騒ぎ出した男をみて、キドラは言語解析の性能に不安を覚えた。この国では通用しない、変な種族間だけで使用される言葉を解析してしまったのではないだろうか、と。


「おまえの話す言語は少数民族の言語か?」

「いや、公用語だけど」

「信じられない。……ところで、現状を知りたい。俺はなぜ拘束されている?」


 キドラが訪ねると、男はゆっくりと話し出した。

 事の顛末はこうだった。

 この世界は「アルカシラ王国」という国らしい。人間族を始め、獣人族やエルフ族といった様々な種族が生きる豊かな国のようだ。国の地理はそれぞれの種族ごとに分けられ、それぞれから代表として選ばれた王たちによって自治が行われている。まれに別種族の住む地区に移住する種族もいるが、種族間の関係性は良好なため、それも珍しいことではなかった。

 そして、全ての王をまとめあげる、実質の国王が人間の王である。アルカシラは、人間の国王やその他の王により多種多様な種族が統治され、隣国からはファンタジーな世界だと評されるほど、それはそれは平和な世界だった。

 ところが、この平和状態を崩すべく、アルカシラ王国を撲滅させようとする勢力が最近目立ち出したという。そんな対抗勢力もただ王国に対して反逆を起こそうとしているわけではない。確実に王国の力を削ぐために、彼らが狙いを定める対象が存在する。それが人間族の少女らしい。彼女の名はアイリス。彼女は不思議な現象を引き起こす源だと言われている精霊や女神たちに愛された存在らしい。そんな彼女を巡って争いが起きようとしている。

 そして最近、人間王と少女が暮らす宮殿で、反逆軍側のスパイが告発されたという。

 人間王は、少女に護衛をつけることに決めたものの、この世界で心を持った人物は誰も信用できないとして、異世界から護衛にふさわしい者を呼び寄せようとしたらしい。条件は、戦闘力に長け、なるべく心を持った存在から遠い人物ーー。そして、召喚師が呼び寄せたのがキドラだったらしい。


「だけどさ、きみが目を覚ます前に、無機質な音が聞こえてきてさ、まじ、不気味だったよー」


 男がへらりと笑いながら言う。男が言うには、彼ら側からしたらキドラは言葉をしゃべれないように見えたらしい。最初は言語問題を考慮して、異世界人には言語や文化の教育が成される予定だったようだ。だが、キドラは何もしゃべらず、耳元の物質が音を発したため、警戒体制となったようだ。


「しかも、きみ、急に、隊長に近づいていってその手を取ろうとするもんだからーあっはっは! まって…思い出したら笑えてきた。あっはっは! ーー…だから、危険人物としてこうしてここに連れてきたわけ。………あっはっは! まじで、きみ、そんな風には見えないのに! 隊長とか顔真っ赤にして狼狽えてたよー!」


 よくしゃべる男の話から、キドラは自分がとんでもない失態を仕出かしたことを知る。だが、あの状況では下手に日本語を話す方が厄介だと思ったのだ。なんにせよ、キドラのいた世界では、判断に困ったときはAIに頼ることができた。だが、AIが選択肢を用意してくれることはこの世界では一度もなかった。もはや、AIがないと自身は録な判断すら出来ないのかと、キドラは内心ひどく落ち込んでしまった。


「あ、隊長て言っても知らないか !あの、赤い髪のおっかない姉ちゃんだよ。」


 それにしても、よくしゃべる男だった。そのおかげでキドラの言語解析も早く済んだのだろうが。


「いつも堅物なもんで、男に手を握られたことすらないピュアちゃんなのー! かわいいでしょー!」


 男は相も変わらず話し続けているが、ふとキドラのピアスが生体反応を感知した。


「ほんと、普段もあれくらいかわい気があればね~」

「ほぉ。誰がおっかなく、男に耐性がない、普段可愛くないやつだって?」

「あ、うそでしょ?」


 男が汗を流しながら、現実逃避を始めるがもう遅い。赤髪の女性が男の頭に手を乗せると、いっきにその手に力を入れた。


「ギャー痛たたたたた! 痛い痛い! われるって!」

「割れてしまえ!」

「助けてー!」

「ふん。おい、おまえ、言葉はもう理解できるか?」


 女性がキドラに向かって訪ねてくる。男は無視しろ、ということだろう。


「ああ。問題ない」

「なら、ついてこい。お前たち異世人に、国王様から話がある」

「待て、いま『たち』と言ったか!? 俺以外にもこの世界に来たやつらがいるのか!」


 女性の言葉にキドラが思わず食ってかかった。もし、キドラ以外にもこちらの世界にやってきたのだとしたら、ロキとジェルキドの可能性が高い。彼らは直前までキドラと一緒にいたのだ。


「博士たちはご無事か!?」


 すかさず尋ねたキドラに、女性は一瞥もくれずに言いはなった。


「ついてこい。そしたらわかる」


 





「おい、ついてこい」

「もー、隊長、拘束解いてやらないと出れないよ。天然~」

「あ」


 隊長と呼ばれた女性が男に言われて、はっとして立ち止まった。どうやら、拘束具のことらしい。

 だが、キドラにとってはそんなの全く問題はない。    

 キドラが拘束された手首に神経もとい信号を集中させると、手首の強度が上がっていく。すぐに、メキッと音がして拘束具が崩れ落ちた。続いて、キドラと女性たちを隔てている鉄を掴むと力を入れる。すぐに鉄は形を曲げて、人一人通れる分の穴を開けた。


「連れていってくれ」

「………」

「……はは、また天然……いや。ゴリラ?」



           ◇


 キドラが連れてこられた部屋は、見慣れない彫刻品で囲まれた派手な造りをしていた。キドラが見た昔の海外ドラマの城とやらにそっくりだ。床には赤い絨毯が引かれており、それを辿っていった先に、豪華な椅子に男が腰掛けていた。


「陛下、連れてきました」

「うむ。ご苦労」


 ふくよかな茶髪の青年が、赤髪の女に労いの言葉をかけると、女は深く頭を下げた。おそらく、その男が国王とやらだろう。


「異世人よ。よく来たな」

「挨拶も社交辞令も結構。それより、俺の他にこちらに来た方々は無事か?」

「貴様! 陛下に向かって無礼だぞ!」

「まぁまぁ、よいさ。ああ、あの老人と動物か? 無事だ無事!」

「やはり、博士とロキか! まさか、博士たちも拘束したのか!?」

「はあーー……。老人と動物に無体を働くわけないだろう? 余は、寛大なのだ」


 社交辞令はいらないといったから、国王はさっそく椅子にだらしなく背中を傾けている。「威厳が…」などと顔を青ざめる赤髪の女には悪いが、そんなもの端からない。


「いや、老人と動物とかほんとにいるか? て思ったんだがな、召喚師が自分は無駄な召喚はしないていうからな。丁重にもてなしとるわ」


「……丁重にだと? 俺は拘束されて変な男の話を聞かされたのだが?」

「いや、だって、あの優しそうなじじいや動物と違ってお前いかついだろ。なんか金属の体してるし、言葉わからんし」

「………」

「まぁ、言葉通じるようになったならよい。まずはその鎧を解け」


 そう言って国王が、キドラの体を指差す。だが、キドラの体は生身の部分はなく、全体が金属で構成されている。解けと言われても解きようがないのだ。


「これが俺の体だ」


 キドラはそう言ったが、国王は再び脱ぐように言って聞かなかった。すかさず、赤髪の女性が声を荒げて、国王の代弁をする。


「おい! 聞こえなかったか? その武装を解け!」

「別に武装はしてない」

「ふざけるな! まだ、体が鎧に包まれているだろう! 脱げ!」


 赤髪の女性の言葉にキドラが思わず顔をしかめる。今までは勝手に相手がキドラの心情を理解してくれていたため、顔をしかめるなんてキドラにとって久しい行為だった。


「脱ぐという行為は、そもそも俺の時代には既に存在しない行為だ」


 そういうと、赤髪の女性はさらに警戒を強める。お互いに噛み合わない会話が再び勃発しそうになったときだった。


「はいはーい! 陛下、発言の許可いただけますか?」


 オレンジの髪をした青年が、さっと手をあげる。それに国王が頷くと、男はキドラの前にゆったりと歩いていった。


「脱ぐって概念が君の国ではないんだねー? 脱ぐってのはー……こういうこと!」


 男はそう言うと、ばっと自身の身ぐるみをその場に脱ぎ散らした。先ほどの赤髪の女性は固まり、国王さえも顔をひきつらせて言葉を失っている。キドラの視界には、すっ裸の男がさらされた。


《警戒! 警戒! 半径1m以内に露出性癖の異端児を確認! 視界の暴力に視界のシャットダウンを推奨》


 ピアスが再び鳴り響く。そのときだった。


『呼ばれてやってきましたにゃ。ん? なんだが騒がしいにゃ』


 後ろの扉から懐かしい声が聞こえてきたのはーー


『にゃーーーー! 変態がご主人様の半径1m以内にいるにゃーー!』


そして、また、違う女性の声が発っせられる。


「嫁入り前のこの私の前で……貴様ああああ!」


 そして、にゃんこの爪と女性の蹴りが、オレンジの髪をした青年にヒットした。



           ◇


 カオスと化した状況を納めるために、オレンジの青年は服を着せられ、改めて、キドラたちは国王の前に座らされた。キドラが久しぶりに見たジェルキドとロキは変わったところはなさそうで、丁重にもてなしたというのもあながち間違いではないのだろう。内心ほっとしながらキドラが再会を喜んでいると、国王が再び口を開いた。


「まずは、身体についてだ。貴様らはその鎧が身体なのか? じじいもまさかその白の服の下は鎧なのか?」


 国王が改めて、キドラたち一行に問う。それにキドラが答えた。


「ああ。そうだ。俺はTPだからやや特殊だが、まぁ、皆似たようなもんだ。さっきみた肌色の皮膚は、既に俺らの時代では時代遅れとされている。資料でしか見たことなかったが、実物をみたら気分が悪かった」


 余計な感想までをつけくわえたキドラに、オレンジの髪の青年はえ?と目を丸くした。「え? 魅力ないってこと?」と問う男に、キドラが「汚なかった」と答えれば、男はそれ以降黙りこくってしまった。


「なるほど。では、貴様らは人間ではないと?」


 国王が2つめの質問をする。キドラたちにとって、今度の質問はなかなか難しい問いだった。だが、博士やロキに面倒をかけるわけにもいかないだろうと、キドラが少し考えてから口を開いた。


「人間だ。だが……純粋に人間てわけでもない。大半は機械だ」


 キドラの言葉に国王が怪訝そうに顔を歪めた。


「どういうことだ? 機械と人間が融合しているてことか? あり得るのか? そんなことが?」


 ざわざわと騒がしくなる周りに国王がため息をついた。どうやら、アルカシラ王国では、獣や人のハーフやエルフや人のハーフなどはごく普通に見られるものの、無生物と人との融合は事例がなかったようだ。キドラたちからすれば、エルフや獣人の方こそ聞いたことがない。


「まぁ、いい。人間じゃないなら好都合だ」


 国王が少しだけ姿勢を正して、キドラたちを見渡した。そして、口を開く。


「アルカシラ王国には、女神や精霊の祝福を受けたアイリスという少女がおる。あやつがおれば、アルカシラは安泰だ。だが、最近反逆軍があやつを狙っておるようだ」


 国王のいうことは、キドラがオレンジ髪の男から聞いた話と大差なかった。すなわち、キドラたちのすべきことは少女の護衛ということだろう。半ば確信しながら、キドラは国王の続きの言葉を待った。


「反逆軍のトップは魔族の王だから、魔王とでも呼ぶか。とにかく魔王はアイリスを欲しがっているようだ。だが、アイリスが取られたら、国の均衡と平和が崩れ落ちる。おまえらがすべきことは一つ。アイリスを守れ」


 国王の言葉に、ジェルキドとロキが頷くのが見える。理不尽に連れてこられた世界でキドラが女を守ってやる義理などなかった。

 だが、ジェルキドとロキがやる気ならキドラも従おうとそう思っただけだ。キドラにとっては、二人がいるなら他はどうでもよかった。

 キドラも続けて頷いてみせる。


「よし。なら、アイリスと護衛チームのメンバーを紹介する。サラ、やつらはいつものところに共におるはずだ。あまりアイリスをうろうろさせるのもあれだ。そやつらをアイリスのところへ連れていけ」


「はっ!」


 国王がそう言うと、サラと呼ばれた女性がキドラたちに向き直る。


「着いてこい!」


 サラに言われてキドラたちが立ち上がると、オレンジ髪の男もなぜか立ち上がった。他のメンバーに面会するのはよいとして、なぜオレンジ髪の男も着いてくるのだろうか。

 キドラは嫌な予感を感じていた。

 案の定、男は、キドラたちに歩み寄ってきた。


「メンバーその1でーす! 改めてよろしくぅ! 俺はシーク・ゼバルト!」

「チェンジで」

「ちょ、待って待って! 今はちゃんと着てるから! ね?」


キドラがシークをじっと見つめる。


「やはり、信用ならない」

「ええ!」

「博士! やっぱりこいつは取り替えてもらいましょう! 視界からシステムエラーを起こしそうです。」

『ご主人に賛成ですにゃ!!』


「まあまあ、落ち着くんじゃ……。」


 博士がおっしゃるなら、とキドラがしぶしぶ頷く。それに気をよくした男がキドラたちに話しかけるのを無視しながらキドラはサラの後を続いた。


「ここだ」


 しばらく豪勢な廊下を歩いた後、サラが分厚い扉の前で立ち止まった。幾つもの鎖が巻かれた扉からは厳重な警備が見て取れた。


「中にいるのはアイリスと、選ばれたアイリスの話し相手だ。非戦闘要員ばかりだからな、警備を物質に頼るしかないんだ。だが、おまえらがアイリスを守ってくれさえすれば、アイリスにもっと自由をくれてやれる。国王様も期待しておられる。心して励めよ」


 扉の方を向いたまま、肩越しにサラがキドラたちにそう告げた。そして、鎖を手にし、何やら呪文を唱えると、ガチャリと音がして扉が開かれた。

 中に入れば、数名の姿がキドラたちの目に入る。

 サラが「アイリス」と呼べば、一人の少女がガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。この少女がアイリスという少女なのだろう。薄い金色の髪を青いリボンで止めた少女は可憐な姿をしていた。


「アイリス。こいつらは異世界よりおまえを守りにきた。発言を許可する。一言なんかあれば挨拶でもしろ」

「ありがとうございます! 初めまして。アイリスと申します。今回は、私のせいで申しわけありません」

「よいよい。わしらに何かできることあったら言うといい」

「っ! ありがとうございます。ですが、守っていただくだけでは嫌です。私にできることがあればなんでもおっしゃってください」

「心のきれいな子じゃの。顔をあげんか」


 それでもなお、少女は頭を下げ続ける。そんな少女に困った様子のジェルキドを見て、キドラは脳内で少女に止めるよう語りかけた。


ーおい、おまえ。頭をあげろ。余計に博士が気を遣う。


それがどうだ。

アイリスはいまだに頭を下げていた。


ーおい! だから、止めろと言っている!!

ー……おい! いつまでそうしている! もう十分だろ!

ーおい! 聞いてるのか? おい!


 必死にキドラがアイリスに念を送るが、アイリスには全く届いていないようだった。


ーキドラ。聞こえるかの?

ー博士! その女、俺の声が聞こえていないようです。

ーそりゃそうじゃろう。脳内会話は、相手もインターネットに繋がっていなければならない。

ーじゃあ、どーー ーー ーー


 脳内で直接行われていたキドラとジェルキドの会話が突然途切れた。


「……博士?」

「シークといったか。この世界では、情報通信科学は発達しておるか?」


 シークが博士に向き直ると、シークは一瞬きょとんとする。そして何やら考えこむと、ふるふると首を横に降った。


「いーや? 確かに100年くらい前には科学技術の革命を起こそうとした記録はあるよ? けど、100年前だよー。今は魔法で何とかなるしー」

「なるほどな。わかった」


 固まるキドラとは別に、科学者であるジェルキドはつとめて冷静に反応する。そして、ジェルキドは何やら考えこむと、再びシークに質問した。


「この世界とわしらの世界はまだつながっとるか?」

「うーん。召喚後はしばらく名残はあるんだけど、世界と世界のつなぎめは徐々に途切れていくかなぁ」


 シークの答えに、重い沈黙が流れた。アイリスやシークはキドラたちの世界を知らないため、何か問題があるのかと不安そうな顔をしていた。

 ジェルキドがキドラに向き直り、真剣な表情でその名前を呼んだ。


「よいか、キドラ。この世界ではインターネットに自由につなぐことはできない。脳内への直接的なコンタクトももう使えないじゃろう」

「っ! 俺たちは20年前の人間になってしまったんですか?」

「完全にではないじゃろう。だが、確実にそうなっていくじゃろう。だが、我々の体は20年前と同一ではない。適応はおそらく無理じゃ。いずれはこの重い体も動かせなくなるはずじゃ。科学の恩恵は、インターネットが使える環境があってこそのものじゃ。わしらはそのことから目を背けてきた」

「っ! そんな。インターネットが飛んでいないとしたら、ロキも!」

「電波がいつ途絶えるかもわからん状態じゃ」

「………役割果たす前に俺らが倒れるじゃないですか!」

「キドラ。それからロキも。いいか。この世界で、まずすべきことは、インターネットの普及じゃ」


 ジェルキドの言葉にキドラとロキは大きく頷いた。

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