たぶん霊感に目覚めた

原田ツユスケ

たぶん霊感に目覚めた

 鎌田光璃かまだひかり、大学一年生。キラキラな大学生活を夢見て、日々奮闘中。

 近くの女子に話しかけてみたり、イケてるサークルに入ってみたりで友達はたくさんできたものの、なんだか恋の気配がしない。まだ入学して数ヶ月しか経ってないし、焦りすぎだろうか。

 中高でずっと男友達と遊んでいたからか、女性が全く寄って来ず、彼女ができてもほんの短い間しか続かない。婚約だなんて気の早い事を言っている友達に置いていかれそうで、大学デビューに熱を注がなければならないのだ。



 そんな僕には、最近気付いたことがある。


 なんと、後天的に『第六感』に目覚めたのだ!


 というのも、大学生になってからいきなり、常に視線を感じ始めたから。

 しかもそれだけではない。家に居る静かな時間で、変な声や機械音が聞こえてきたり、帰ってきたら物の位置が微妙に変わっていたりする。

 一人暮らしをしているので、家族がやっているわけではなさそうだ。

 そして、闇夜に混ざって人影や火の玉が見える! ……ような気がする。


 つまり、目覚めた第六感というのは『霊感』。物音や物が動くというのは幽霊以外ありえない。視線も、多分その辺にいっぱい幽霊が居るからだろう。


 しかし霊感があるなんて友達に言えたもんじゃない。変人だと思われて、彼女を探すどころでは無くなってしまう。だからみんなに秘密にしている。怪奇現象を信じてくれそうな人居ないかなぁ……。


「あ、鎌田くん、もうあがって大丈夫だよー」

 食品の棚を見ていた先輩に声をかけられてハッとする。

 時計を見ると、長針はあがりの時間をとっくに過ぎていた。

「本当だ! お疲れ様でした!」

「おつかれー。もう暗いから気をつけて」

 さっさと荷物をまとめて店から出る。


 僕のバイト先のコンビニは、近くに新しいコンビニが出来たことで客をほとんど持っていかれた。そのおかげでやることも少ないので、レジに突っ立っておけばすぐに労働時間が終わる。そのうえ、あがりの時間通りにきっちり帰らせてくれる優しい先輩達にも恵まれている。特にお金目当てではない僕からすれば、最高のバイト先だ。

 ただ不満があるとすれば、駅までの道のりがあまりにも暗いということ。

 街灯が少ないので、民家から漏れる明かりと自販機のライトだけを頼りに進むのだ。


「暗いなー……」

 ………………。やっぱり今日も視線を感じる。幽霊だ。

 かすかに『ジィー……』という、モーターのような音が背後から聞こえ続けている。幽霊だ。

 何もしてこないとはいえ、僕だって怖くない訳ではない。少し足をはやめて駅を目指す。それでもモーターの音はずっと同じくらいの音量で聞こえる。同じくらいの速度でついて来ていると思うと、ちょっと面白いかもしれない。執着心がすごいな、幽霊。


 やっとの思いで駅の構内へ足を踏み入れる。

 外は真っ暗なのに、意外にも人は多い。ちょっと残業してきたサラリーマンや僕のような学生バイト、塾帰りの中高生で溢れている。

 相変わらず感じる視線。普通は人通りのある所に出たら気にならなくなるものでは無いのか。霊感のある人でも、こういうのは個人差があったりするのだろうか。


 電車に乗っていると視線を感じなくなった。流石の幽霊も高速で動く電車の中で僕を見つける動体視力はないのだろうか、一緒に乗ろうとしても透けてしまって電車に乗れないのだろうか、なんて考えているうちに家の最寄りに到着した。



 ガチャ。鍵穴から鍵を引き抜くと、ストラップの鈴が鳴る。高校の修学旅行の水族館で買った、イルカ状の鈴のストラップ。お気に入りだ。どこへでも持って行くから、二年ほど前に買ったにも関わらず、色の剥がれと傷が目立っている。

「ただいまー」

 顔を洗ってからキッチンと寝室を覗く。服や空箱で散らかっているが、男の一人暮らしなんてこんなものだろうと、あまり気にしてはいない。いつか片付けしなくちゃな。

「今日は物が移動してない。良かったー。怪奇現象ナシ!」

 疲れた、と息を吐いてソファに腰を下ろす。

 夜ご飯はバイト先で買った天ぷら弁当。明日も学校だし早めに寝よう。









『……………………。』

『……………………。』

 鎌田光璃の住居から少し離れた、アパートの暗い一室。大学一年生の女がいた。

 黒い髪のボブカットで、幼稚なフリルの付いている服。目の下には化粧で隠せていない隈があり、誰がどう見ても不健康な容姿をしている。


 ガガッ、とスピーカーが音を立てた。

『ガチャ。チリンチリン……』

『ただいまー』

 途端、女がモニターに顔を近付ける。

「……おかえり」

 彼女の机の上には、モニター二台とスピーカー、ビデオカメラ、コンビニ専売の菓子パン、そしてイルカ状の鈴のストラップの付いた鍵が置いてある。鎌田の家の合鍵。こっちのストラップは新品で、色の剥がれどころか傷一つ無い。

 モニターには玄関、洗面所、キッチン、寝室の四つの映像がリアルタイムで流れている。


『今日は物が移動してない。良かったー。怪奇現象ナシ!』

 女はモニターの前で微動だにしない。その口元はうっすらと笑みを浮かべているようにも見える。

『疲れた』

 静かな部屋に、鎌田が箸を動かすカチャカチャという音がスピーカーから響き渡る。

『…………うめー』

「……美味しそうだね、今日はパンだと思ったのにな」

 ボソボソと独り言を呟きらビデオカメラの録画一覧を開いた。画面には、ナイトモードで綺麗に撮られた鎌田の背中が写っている。

 女は、今度こそはっきりとした笑みを浮かべる。


「光璃くん、大好きだよ……」

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