第168話 ホットシードル

 次の日。


 今日は午前中からダンジョンに潜りに来ている。


 サムさんたちは何かお仕事が入っていたそうだ。


 ギルドでの打ち合わせがあるとのことだったので、僕たちは三人だけで一階層を探索していた。


「トウヤ君~。あんまり遠くまで行かないようにするのよ~!」


「は~い!」


 魔物はグリーンスライムだけ。


 あんまり警戒する必要はないので、一人でレベル上げに勤しんでいるとついつい遠くまで来てしまっていたようだ。


 声をかけてくれたカトラさんに大きく手を振る。


 リリーは……カトラさんの近くでグリーンスライムを倒している。


 僕だけ自由に行動しすぎたかな?


 草原の一角にある林の近くまで来ちゃったけど。


 まあ、今日は一箇所に固まってくれているサムさんたちもいないんだ。


 スライムが次々に湧いてくるわけでもないから、集まっていたら前回以上に獲物の奪い合いになるだろうし。


 目の届く、これくらいの距離までだったら離れていても大丈夫なはずだ。


「レイも遠くには行かないようにね」


 念の為、林に入りかけていたレイにも伝えておく。


 茂った草の中から顔を出し「わふっ」と返事があったので、ちゃんと理解はしてくれたみたいだ。


 レイもグリーンスライムを倒したり、適当に走り回ったりしている。


 街の中での生活が続いているからなぁ。


 ダンジョンでくらいなるべく好きに行動させてあげたいけれど、しっかりと気を配っておかないと。


 レイの場合は、他の冒険者に近づきすぎないようにするという意味で。


 ……あっ、そうこうしているとグリーンスライムまた湧いてきた。


 集中して、今回はウィンド・ブレードで倒してみる。


 よし。


 久しぶりに使ったけど、腕は鈍ってない。


 落とした魔石をアイテムボックスに収納して、次のグリーンスライムが現れるのを待つ。


 やっぱりダンジョンはいいな。


 魔法の練習にはもってこいの環境だ。


 レベルアップを目指して作業的に魔物を倒すだけで、普段よりも多く魔法を使えている。


「『ウォーター・ランス』!」


 次のグリーンスライムは、最近カトラさんに教えてもらった水の一般魔法で攻撃してみた。


 突き出した手の先に浮かんだ水の玉が、一メートル大の槍に変化する。


 槍はまっすぐと飛んでいき、力強くぷにぷにしたグリーンスライムを貫いた。


 うーん……。


 まだまだだな。


 アイテムボックス持ちだと周囲に知られても心配がないくらいには強くなるため。


 そして何より単純に魔法を極めるためには、もっともっと努力が必要だ。


 この魔法も、練習を重ねたら威力も飛距離も伸ばせると思う。


 頑張ろう。


 ジャスミンさんからインスタント・リフレッシュを教えてもらって、僕もいくつかの魔法を組み合わせて使ってみたいと思ったし。


 やがては自分でもオリジナル魔法を作ってみたりもしてみたい。


 リリーやカトラさんも立派な魔法使いに違いはない。


 だけどそのさらに上をいくジャスミンさんに出会えたことが、僕にとって良い刺激になっているようだ。


 気合いを入れ直し、グリーンスライムが湧くのを待つ。


 ウォーター・ランスを微調整しながら何度か使い、昼休憩に途中でお茶をすることになった。


「トウヤ。レベル、上がった?」


「いや、まだみたい」


 紅茶を飲むリリーに訊かれたので、首を振って答える。


 やっぱり前回とは違ってサムさんたちがいないから、スライムの出現数が違う。


 リリーよりもレベルが下の僕もまだ上がっていないんだ。


 彼女も今日はまだレベルアップはしていないらしい。


「このペースだとリリーちゃんは厳しいかもしれないけれど、トウヤ君だけでもレベルが上がるまでは今日は粘ってみましょうか」


 カトラさんがそう言い、僕たちは休憩後も引き続きコツコツとスライムを倒すことになった。


 レベルが上がるまでにはもう一踏ん張り必要だった。


 無事にレベルアップを果たしたところで地上に帰る。


 グリーンスライムから獲れる魔石は一つ一つが小さいけど、数が数になったから売るとそこそこの金額になった。


 やはり冒険者としては、このダンジョールが一番安定して多くの収入を得られる街かもしれない。


 時間もあったので、リスタちゃんがいる酒場に顔を出してジュースを飲んで帰ることにした。


 甘さが強いアップルソーダが、ここの名物だそうだ。


 僕とリリーはそれを、カトラさんはホットシードルを頼んだ。


 カトラさん曰く、ホットシードルはリンゴの甘さがありながらもスッキリとしていて呑みやすいらしい。


 アルコール度数も低いので、ダンジョールでは子供も呑むことがあるというホットシードル。


 ポカポカと体も温まるので、雪が積もるこの季節にはぴったりだろう。


 この世界に来てからはお酒を呑んでないけど、これだったら僕も呑んでみたい。


 絶対にレンティア様もお望みだろうから、どこかで買えたらいいんだけど。


「自分のカップに入れて持って帰る人もいるから、容器があったら問題ないよ。家族分を、鍋で持ち帰る人もいるんだ」


 帰り際に尋ねると、リスタちゃんがそう教えてくれた。


 なので宿で呑むという名目で、人目の少ないキッチンへ特別にお邪魔してアイテムボックス内の寸胴を出す。


 想像を超えるホットシードルのまとめ買いに、リスタちゃんは呆気に取られていた。


「スゴイ量だね……」


 旅に出てから、今後も好きな時に食べられるようにとまとめ買いが癖づいちゃってるからなぁ。


 いけない。


 無駄遣いはしないとは決めているけど、つい後悔がないようにとストックしてしまう。


 反省はしても、美味しいものをストックすることはやめられないものだ。


 寸胴に並々と入れられたホットシードルを収納して、僕たちはギルドを後にした。

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