第3話
教室へ戻ると、転校生は男女問わずクラスメートたちに取り囲まれて質問責めにされていた。
ただの転校生ならきっとここまではならないだろう。
男子たちは一様に鼻の下を伸ばして、連絡先を手に入れようと躍起になっているのがわかった。
その中に柊真と遊星の姿がないことを確認して、あたしとヒナは目を見交わせて安堵のため息を吐きだした。
「へぇ! 前の学校では学年トップの成績だったんだね!」
女子生徒の興奮した声が聞こえてきて、あたしの耳はピクリと動いた。
「しかも1年生で陸上部のキャプテンだったの? すごいじゃん!」
そのざわめきにまたも不安が襲って来た。
見た目だけじゃなく、彼女は勉強やスポーツにも長けているらしい。
まさしく才色兼備なようだ。
時折聞こえて来る彼女自身の声に耳を向けてみると、「そんなことないよ」「この学校の生徒さんたちはみんな素敵ね」などと、自分を謙遜する言葉とみんなに憧れを抱く言葉が聞こえて来る。
これが彼女自身の本心だとしたら、相当なものだ。
だけど17年間生きてきてある程度ひねくれた人とも関わってきたあたしは、簡単に彼女の性格を信用したりはしなかった。
あるいは、あの見た目にしてこの性格だということを認めたくなかった。
「絶対裏があるに決まってる」
思わず呟いた時「眉間にシワが寄ってるぞ?」と声をかけられてハッとした。
見るといつの間にか柊真があたしの机の前に立っていた。
柊真の存在に気が付かないなんて、よほど彼女のことを気にしていたのだろう。
あたしは慌てて笑みを作った。
「そう?」
「どうしたんだよ、険しい顔して」
「別に、なんでもないよ?」
小首を傾げて答えるのは、柊真を好きになってからだった。
ファッション雑誌の恋愛相談コーナーに、彼に可愛く思われる態度というものが載っていて、それ以来小首をかしげるのがあたしの癖になった。
「なぁんかすごいよなぁ」
柊真はそう言って転校生へと視線を向ける。
その様子にチクリと胸が痛んだ。
やっぱり柊真もあの転校生のことが気になるのだろうか。
気にならない人なんて、きっといないけど。
「よくあれだけ群がれるよな」
そう言って笑う。
「柊真だって、大西さんと会話してみたいんじゃないの?」
なんでもない風を装ってそう訊ねたけれど、本当は心臓が早鐘をうっていた。
もしも肯定されたら立ち直れないかもしれない。
それでも見て見ぬふりを続けるよりは楽だと感じた。
「まぁ、あれだけ美人なら会話くらいしてみたいよな」
その返答に自分の体がズッシリと重たくなる。
わかっていた答えのはずなのに、柊真のひとことはあたしの胸に大きな重しとなってのしかかって来た。
柊真と会話ができる浮ついた気分は一瞬にしてしぼんでしまい、後は下降していくばかりだ。
「でも、ああいう子ってみんなのアイドルだから、彼女には向かないよな」
「え?」
それは予想外の言葉であたしは瞬きをして柊真を見つめた。
「ほら、あれだけ人だかりができる子が彼女だと、誰かから殺されそうじゃね?」
そう言って声を出して笑う柊真。
「そ、そうだよね!」
さきいまで胸にのしかかっていた鉛はどこへやら、柊真の一言にあたしは笑顔になっていた。
「だいたい、自分とあの子が釣り合うなんて思う男、そうそういないだろ」
「だよね! あたしもそう思ってた!」
あたしはうんうんと何度も大きく縦に首を振る。
「なんだよ、なんか急に元気出たな?」
コロコロと表情の変わるあたしを見て、柊真は怪訝そうな表情になった。
「え、そう?」
素知らぬ顔をして、また小首を傾げる。
「まぁ、元気そうならいいや。元気づけに放課後遊びに誘おうかと思ったんだけど、その必要もなさそうだな」
柊真の言葉にあたしは目を見開いた。
「あ、遊びって……?」
「心美の好きなパフェでも奢ろうかなって」
「それってもしかして、二人きりで……?」
恐る恐るそう質問してみると柊真は大きく頷いた。
「たまには2人でもいいだろ? 俺たちいつも4人で行動してるからなぁ」
嘘!
それってデートじゃん!
瞬時にそう感じ取って頬がカッと熱くなるのがわかった。
赤面している顔を見られたくなくて、心持り俯き加減になる。
自然と頬が緩んで笑みが浮かぶのが自分でもわかった。
「どうしたんだよ、今度はニヤついた顔してさ」
「な、なんでもない! それよりパフェ!」
「え?」
「食べに行こうよ! 2人で!」
思わず声が大きくなる。
柊真と二人きりだなんて夢みたいだ!
「おう。じゃ、放課後な」
柊真はまだ怪訝そうな顔をしていたけれど、どうにか約束を取り付けることに成功したのだった。
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