第2話
☆☆☆
あたし、相沢心美(アイザワ ココミ)とヒナと遊星と柊真の4人は1年生の頃から仲良しだ。
遊星が様々な遊び場に連れて行ってくれたり、ゲームを教えてくれるのでこの4人でいても飽きることはなかった。
そしてあたしは柊真、ヒナは遊星に惹かれて行った。
女子2人で遊ぶときには必ず遊星や柊真の話題になり、自分が好きになった男がどれだけ素敵な人なのか語り合った。
ヒナが春休み中にダイエットをしたのは、言うまでもなく、遊星に気にかけてもらうためだった。
それは必然的にヒナ自身のためということになる。
ホームルームで新しい担任の話を聞きながらもあたしは小さな手鏡を取り出し、その中に映る柊真の姿をボンヤリと見つめる。
どうして席順の一番最初ってあいうえお順なんだろう。
あたしの苗字は相沢だから、ほとんどの場合が教室の右端の一番前になってしまうのだ。
この席から柊真の姿を見ようとしたら鏡を使う以外に方法がない。
なにせ同じ列の4番目が柊真の席なのだ。
あたしの席の後ろはなぜかひとつ開いていて、その後ろに女子生徒が座っている。
その女子生徒が動く度に柊真の姿が見え隠れする。
あたしはため息を吐きだして手鏡を胸ポケットにしまった。
「次は転校生を紹介する」
先生の言葉にあたしはようやく、まともに話を聞く気になって顔を上げた。
今日転校生が来る話なんて聞いていなくて、教室内もざわめいている。
「大西さん、入って来て」
先生に言われて、すぐ近くのドアがゆっくりと開いた。
大西と呼ばれたその人が教室へ入ってきた瞬間ハチミツのような甘い香りが鼻腔を刺激した。
しかしそんな匂いも気にならなくなるくらい、その人自身がキラキラと輝いて見えた。
濡れ羽色の髪の毛は腰付近まで流れ、彼女が一歩歩くごとに光輝く。
白い透明感のある肌はその辺の女優にも負けないきめ細やかさ。
細い手足に細いウエストを持ち、長いまつ毛は瞬きする度に揺れていた。
あたしは唖然として大西さんと呼ばれたその子を見つめた。
こんなに美しい女性を今まで1度も見たことがなかった。
教室のあちこちから嘆息する声がきこえてくる。
大西さんが教卓の横に立つと、その身長が先生と同じくらいだとわかった。
恐らく、170センチくらい。
モデルにでもなれそうなその容姿にクラクラしてしまう。
「始めまして、大西真由です」
そう自己紹介する声は嫌味じゃない程度に細く高く、可憐だと感じた。
花が咲くときに音がするとすれば、きっと彼女の声のような音だろう。
容姿と平凡な名前がマッチしないくらいだ。
彼女の名前は西園寺麗華とか、伊集院美花とか、そう言った名前の方がしっくりくる。
「大西さんは開いている席に座って」
先生の視線があたしの後ろの席へと向かい、ドキッとした。
どうしてひとつ席が空いているのだろうと思っていたけれど、大西さんの席だったようだ。
「はい」
大西さんは頷き、スッを伸びた背筋であたしの後ろの席へと向かう。
彼女が横を通る瞬間緊張から思わず生唾を飲み込んでしまった。
「よろしくね」
あたしの席を通り過ぎる寸前で、大西さんは声をかけてきた。
なんの変哲もない普通の挨拶だったのに、あたしの心臓はまた大きく跳ねた。
「う、うん!」
たったそれだけの返事をするのにも、声が裏返ってしまったのだった。
☆☆☆
「信じられないほどの美人……」
休憩時間になり、女子トイレへと駆け込んだあたしはヒナへ向けてそう言った。
「確かに……」
あたしとヒナは同じように腕組みをして鏡の前に立っていた。
他には個室を使う生徒がチラホラいる程度だ。
「あんな美人ってなんだか嘘くさいよね」
ヒナがトイレの床を睨み付けてそう言った。
「嘘くさい?」
聞き返しながらも、なんとなくその気持ちは理解できた。
あれだけ美人だと作り物ではないかと疑ってしまう。
「整形、してたりして」
ヒナがあたしの気持ちを見透かしたかのように呟く。
「もしそうだとしても、美人は美人だよね」
「でも、嫌じゃない? 整形なんて」
ヒナがトゲを含んだ声になるのは転校生を敵視しているからだろう。
誰でも、突然あれだけの美人が現れると焦るだろう。
特に、好きな人がいる生徒たちは。
ヒナだって、普段から整形に対して否定的な意見を持っているわけじゃない。
冗談で『整形した~い!』なんて話も、いくらでもしてきている。
「柊真たちも、ずっと転校生の事を見てたよね」
あたしが言うと、ヒナは黙り込んでしまった。
転校生となるとそれだけで目立つ存在だ。
それがあれだけの美人なのだから、見るなという方が無理だろう。
「きっと大丈夫だよ。柊真と心美はいい雰囲気だから」
そう言われるとやっぱり嬉しい。
柊真が女子生徒の肩に自分の肘を載せることなんて、滅多にないのだ。
それこそ、あたし以外にやっているところは見たことがなかった。
「それならヒナと遊星だってきっと大丈夫だよ。今まで何度も2人で遊んでるんでしょう?」
あたしの言葉にヒナが頬を赤らめて頷いた。
「うん……一応ね」
「遊星って遊ぶの好きだけど、相手はちゃんと選んでると思うよ?」
「そうかな? それなら大丈夫かな?」
「うん! きっと大丈夫だよ!」
結局、そうやって自分の好きな人は転校生になびかないと思い込むことでしか、自分を安心させることができないのだった。
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