女王様の言うとおり
西羽咲 花月
第1話
心地よい春の日差しを浴びて久しぶりの学校に辿りついた。
去年塗り替えられたばかりの灰色の校舎はまだ綺麗で、朝日を浴びてキラキラと輝いている。
その校舎に一歩踏み入り、馴れた廊下を真っ直ぐに歩く。
校舎一階の端まで歩き、他の生徒たちと混ざって階段を上がる。
久しぶりに履いたシューズは歩くたびにキュッキュッと音を立てて、警戒な音楽を奏でているようだった。
そしてたどり着いたのは2年A組。
ここが、今日からあたしが勉強をする教室だった。
といっても普通科の教室はA組とB組のふた組だけなので、1年生の頃とほとんど同じ顔触れだ。
「心美おはよう!」
A組へ入って黒板に書かれている席順を確認していると、後ろからそう声をかけられた。
その聞きなれた声に振り向く前に思わずニヤケそうになってしまった。
「おはよーヒナ」
振り向くと1年生の頃から仲の良い八木田ヒナ(ヤギタ ヒナ)が立っていた。
「あれ、ヒナ痩せた!?」
春休み中にダイエットをすると意気込んでいたヒナを思い出す。
「へへへっ! まだ1キロ減っただけだけどね!」
ヒナはそう言いながらも自慢そうに鼻を鳴らす。
ほんの10日ほど前までは微かに二重あごになっていたヒナの顔が、今はほっそりとしている。
きっと、顔を中心にダイエットをしたのだろう。
顎周りが痩せたことで、ヒナの印象は大きく変わっていた。
「すごいじゃん! あれだけダイエットダイエットって言いながらお菓子食べてたのに!」
あたしの言葉にヒナは苦笑いをこぼした。
「おっしゃるとおり……。学校で友達と一緒にいると、ついついつまんじゃうんだよねぇ……。だけど家にいたら自分がひとりでセーブすればいいだけでしょ? だから春休み中に頑張るしかないって思ったの!」
そう言ってヒナは目を輝かせる。
春休み中にダラダラと過ごしてしまったあたしとは違うらしい。
ヒナが熱心に語る小顔体操に耳を傾けていると、次々と学生たちが教室へ入って来た。
そのほとんどが見知った顔だ。
1年生の頃別のクラスになった子でも、同じ普通科だから知らない子はほとんどいない。
「あ、遊星!」
ヒナの話を遮り、あたしは今教室へ入って来た男子生徒に声をかけた。
阿住遊星(アズミ ユウセイ)。
ヒナと同じで1年生の頃から仲良しだ。
遊星は気だるそうに片手を上げて大きな欠伸をした。
いつもはツンツンに立ててセットしている髪の毛が、今日はダラリと垂れ下がっている。
本人も髪型も、なんだか今日はやる気がなさそうだ。
そんな遊星へ向けてヒナが小走りに近づいていった。
「おはよう遊星」
「おぉー」
挨拶の返事とは思えない返事をして、また欠伸。
「どうしたの遊星。昨日遊び過ぎたの?」
あたしはヒナの後ろから声をかけた。
遊星は大きく頷く。
「あったりまえだろ? 俺は遊ぶ星に生まれたんだからな」
遊星はそう言って胸を張り、また欠伸をして涙目になっている。
遊星はその名の通り遊ぶことが大好きで、アウトドアな遊びも、インドアな遊びも、ほとんど制覇している。
時々一緒に遊びに行くと、どうしてこんなお店を知っているんだろうと感じる、飲み屋なんかにも詳しかった。
「遊びもほどほどにしときなよ……?」
ヒナは本気で遊星のことを心配してそう言った。
今から飲み屋について詳しくなっているので、将来的に女性と遊べる店に行ってしまうのではないかと気が気ではないのだ。
「どうしたんだよヒナ。かぁちゃんみたいなこと言って」
鈍感な遊星はヒナの不安の理由に気が付かない。
あたしは2人の会話を聞きながら教室内を見回した。
今朝来たときに確認したクラス表にはあの人の名前を書かれていた。
今年一年また同じクラスで勉強できるのだと思い、嬉しかったのに……あの人はまだ来ていないみたいだ。
教室をグルッと見回すついでに時計に視線を向けた。
ホームルーム開始までまだ10分ある。
「柊真遅いね」
ヒナからそう言われ、あたしは電流を当てられたように飛び上がった。
「え、柊真って同じクラスなの?」
あたしはへたくそな演技で瞬きをしてみせた。
「わかってたくせに~! さっきからソワソワしてるし!」
「別に、そわそわなんてしてないし」
ヒナの言葉に言い返した時、教室前方の開け放たれたドアから金中柊真(カネナカ シュウマ)が入って来た。
生まれつき色素が薄く栗色の髪の毛が窓から差し込む光によってキラキラと輝く。
白い肌に長い手足を従えて、柊真はこちらへ視線を向けた。
視線がぶつかった瞬間、ドキッと心臓が大きく跳ねた。
柊真が歩くたびにサラサラの髪がなびき、頬に当たる。
「なんだよ、また一年お前らと一緒かよ」
悪態をつきながらも柊真は満面の笑みを浮かべている。
隣に立つと嫌らしくない、爽やかな香水の香りが漂って来た。
185センチはある長身を見上げると整った目鼻立ちがあたしの頭上に見えた。
笑うと白い歯が覗き、右側だけある八重歯がチャームポイントだった。
「よろしくな、心美」
柊真はあたしの肩に馴れ馴れしく自分の肘を置く。
急に近くなった距離にドキドキするが、あたしはどうにかときめきを隠した。
「もう、重たいからやめてよ~!」
大げさに嫌がってみせるが、決して柊真の体を引きはがさない。
そんなあたしを見てヒナは大きな声で笑ったのだった。
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