受け継がれる第六感

西風

受け継がれるもの

 私のは、これから徐々に消えていくのだろうなと、思う。

 それは悲しいことでもあり、同時に、とても嬉しいことでもある。


 昔から、と言っても十五年くらい前からだろうか。私はが鋭いと言われてきた。

 母方の家系には、拝み屋を生業にしていた女性もいたらしい。私の――曾祖伯母そうそはくぼというらしい――がそうだと聞いたことがある。母はもちろん、私も会ったことはない。東京大空襲の際に亡くなってしまっているからだ。


 拝み屋と言っても、神さまの力を借りて幽霊や怪異と戦ったり、透視ができて失せ物探しができる、みたいなことは全くなかった。汽車の駅近くの商店で売り子をするなど、普通の暮らしをしていた。ただ、とても面倒見が良く、町内でも知らない人はおらず、顔役のような扱いをされることもあったようだ。として、とても多くの人から慕われていたらしい。


 そのせいか、様々な人から相談を受けることが多く、何かに悩んでいる人と一緒になって悩み、神さま――お稲荷さんだったり、の神さまである荒神さまだったり、毎回違ったらしいが――に一緒にお祈りすることで、その人の悩みの解決の一助になるような、そんな助言をしていたらしい。時には病気を患っていることを当てたり、事故や事件を予知するようなことを言っていたようだ。


 つまり、現代で言うところの占い師のような立場の仕事だったのだと思う。怪しい除霊や浄霊、壺を買わせたりと言ったようなことはすることはなく、だと言われて連れてこられた人のことは、何もできないからとのを断ったりしたこともあったらしい。


 神さまの力を借りているような不思議な説得力と行動指針の提示、つまりは問題に対して解決へ導くための助言をもらうために、依頼者と共に一緒に神さまやを拝むことから、便宜上つけられただけの職業名だ。


 そんな人がいた血筋だからだろうか。その人の妹である曾祖母も第六感が鋭い人だった。それでも拝み屋をやることはなく、隅田川沿いにある紡績工場で働いていたようだ。そこで出会った曽祖父と結婚し、祖母が生まれた。その祖母も第六感が鋭かった。そして、その子供である私の母親も、鋭かった。


 母親の第六感の鋭さは、私が一番よく知っていると思う。


 小学生の頃、学校で男子に教科書にひどい落書きをされて、使えなくなってしまった日。

 先生に無理矢理、福神漬けを食べさせられた日。

 重い風邪を引いてしまう日。

 大好きだった幼馴染に恋人ができた日。


 そんな隠したくなるような、人には言いたくないような出来事を言い当てては、側にいてくれた。もちろん直接指摘せずに、おいしいご飯、それも私の好きなおかずを作っては、私が話し出すのを待っていてくれた。


 宿題をサボっている時も当てられた。

 テストで悪い点を取った時も、良い点を取った時も当てられた。


 初めて告白した日。

 初めて恋人ができた時。

 初めて別れた日。

 初めて人から告白された日。

 友達の家に泊まりに行くと言って、恋人の家に泊まりにいった日もそう。


 良いことも悪いことも、みんな当てられた。


 何でも知られていることに気持ち悪さを感じたことが無いと言えば嘘になる。それでも、拝み屋でも無いのに、いつも私のことを気にかけてくれていることに、嬉しさがないと言えば、それも嘘になってしまうだろう。


 そんな母に、いつだったか聞いたことがある。なんでそんなに色々と当てられるの、と。


 笑顔になった母は、そんなの当たり前よ、第六感が鋭い家系だから、お母さんにはなんでもわかっちゃうの、と言って私の頭を撫でてくれた。

 そんな家系ならいつか私も第六感が鋭くなるのかなと聞いたら、何歳になるかはわからないけど、あなたも第六感が鋭くなる日が来るのよ、その時には私の第六感は無くなっちゃうかもしれないけどね、と抱きしめながら言ってくれたのを覚えている。

 その母の言葉通り、私の第六感は鋭くなり、そして今度は消えようとしている。


—-


「お母さん、準備終わったよ」

 娘の沙奈が声をかけてきた。

「やっと終わったの。全く、前から早く準備しなきゃダメって言ってたでしょ」

「大物はしっかり箱に詰めていたんだけどね。よくまだ残ってるのわかったね」

 そう言って、沙奈は笑っている。

「言ったでしょ。お母さんはが鋭いんだよって」

「ほんと子供のころからずっとそれなんだもん。隠し事もできやしない」

「はいはい。早く車に乗りなさい。お父さん待ってるよ」

 今日は沙奈が京都に行く日だ。高速を使えば、ここから車で三時間程度の距離だ。決して遠くは無いが、近くは無い。今までのように毎日顔を合わせるなんてことはもう無くなるのだ。

 沙奈がいた部屋を見ると、机とダンボールがいくつか残ったままだ。これは置いていくらしい。お気に入りのベッドは、新しく住むことになる八畳ワンルームのマンションに持っていくと言って聞かず、それだけのために引越し業者に依頼をしたら、とんでもない金額になってしまった。仕方なくワンボックスを借りて運ぶことにしたが、夫は昨夜の積み込みの時に腰を痛めてしまい、大事を取って今日は私が車の運転をすることになった。

 車に乗り込み、後部座席でのんびりしている夫を恨めしく思いながらも、京都についたら腰の痛みを押して、もう一度ベッドを運ばなければならないことに同情を禁じえない。運べないと言われたら、もうお手上げだ。


—-


 三時間のドライブも終わり、無事にベッドも運び入れた。日付指定で届いた家具を組み立てたり、その中身となるダンボールの開梱をしている時、沙奈が言った。

「ねえ、お母さん。お母さんって昔から第六感が鋭かったでしょ? あれってなんで?」

 私は笑いながら言った。

「あなたのお祖母ちゃんの、大伯母さま、お母さんのひいお祖母ちゃんのお姉さんがね、拝み屋をやっていたことがあるらしいんだけど、昔から第六感が鋭くてね……」


 私は、母から聞かされた話を沙奈にもした。


「それじゃあ、いつか私も第六感が鋭くなるのかな?」


 昔、私が母にしたのと全く同じ質問をされた。笑いをこらえて、私は答えた。


「そうね、きっとなると思うわ」

「え。いつなるんだろう?」

「何歳かはわからないけど、そうね、きっとあなたがになる頃かな」


 そう言って、我慢できなくなり、声を出して笑ってしまった。


 荷物も全て片付け終えて、これからの一人暮らしに胸を踊らせる沙奈と別れて車に乗り込んだ。高速に乗る頃には、夫は後部座席でいびきをかいて寝ている。そのいびきのうるささに、腰の痛みを押して重労働をした夫を労う気持ちも失せ、今度は心から恨めしく思いながら、ひとり呟いた。


「もうお母さんの第六感は無くなっちゃうかな。でも、沙奈も大人だし大丈夫だよね」


 ずっと側にいるから、いつも顔を見合わせているから、なんとなくわかることがある。母親の不思議な第六感。とは違う、子供がいる間だけの不思議な力。嬉しさと寂しさを感じながら、車を走らせる。

 帰ったらお母さんに電話しよう。沙奈にも同じ話をしたよって。

 きっと、こんな話をするってことはお見通し、かな。

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