第一篇 賽は投げられた

第一話 変わらないこと

 クランシア王国、大金持ちしか住めないと呼ばれる大きな通りが在った。そこにあるパシフィッタ街の八丁目の大屋敷で、仲良しな兄弟がいた。兄はレオンと弟のアレン。二人は明快なお人形遊びごっこをしていた。二人はそれぞれ名前を付けられた人形で戦った。


「エゴン、待たせたな」

 アレンは決め台詞を言う。


「お前も?」

 レオンは言う。


「また僕はアレンに負けたよ」

 レオンはそう言う。

 はあと溜め息をつきながら、レオンはエゴンの人形に見遣みやった。エゴンはジャックに敗退した。


「お兄ちゃん、今日はお兄ちゃんの親友のヴァイクは来ないの? 女の子の友達のエリサは?」

 アレンはそう言う。


「ヴァイクもエリサも夕食時だ。でもお兄ちゃんがいるからね」

 レオンはそう言う。アレンはそっかあ、と言い。レオンに質問をする。


「俺、お兄ちゃんと違って友達が出来ないやなやつなのかな?」

 アレンは物憂げな表情でそう言う。だが、レオンはこう切り返す。


「まるでアレンは太陽みたいだよ?」

 優しい表情でレオンは続ける。


「僕は決して強くはない。けれど貴方のお兄ちゃんとしてアレンを守れたら良いね」


 レオンの笑みにつられて、アレンもニコッと微笑む。


「俺だって兄ちゃんを守るよ! お兄ちゃんが窮地に陥ったら、絶対助けるもん!」

「ありがとう、アレン」


 レオンは寂しそうな切なそうな表情をしてそう言う。


「お兄ちゃん、俺と約束しよーよ!俺らは太陽と月みたいにずっと一緒なんだって! 将来、一緒に暮らそう!」


 アレンは軽快な口調でそう言う。レオンには冗談めいた約束にも聞こえる。ドアをノックする音がする。ドアを開けるとたっぷりとした口髭を蓄える、栗毛短髪の片眼鏡をした父、アルベルトはそう言う。


「二人とも秘密基地はここかな?」


 ニコニコッと父アルベルトはにんまりと陽だまりのように微笑む。


「父上?」


 レオンは言う。


「レオン、アレン。来なさい」


 アルベルトはそう言う。

 アレンはアルベルトに質問をした。


「パパ? エゴン・ルヴァルトシュタインって英雄を知ってる?」


 アルベルトはだんまりを決め込む。

 レオンも続けて質問をする。


「父上は英雄、エゴン・ルヴァルトシュタインを知ってる?」


 アルベルトは憂いを含めた表情をして、レオンの問いに答える。


「私は知ってるよ、凄い人だよ。レオンとアレンは仲良しだな。良い兄弟関係だ」


 アルベルトはそう言う。

 レオンはアレンとの約束事を伝える。


「父上、僕たちはずっと一緒ですよ」


 アルベルトはまた口角を上げ、アイスブルーの瞳の奥にはレオンとアレンをしっかり捉えていた。


「貴方達はずっと仲良しだ。アレン、貴方は暖かい朗らかな太陽みたいだ。対してレオン、貴方は夕光が雲間に刺す美しい月みたいだ」


 アルベルトはそう言う。

 アルベルトの比喩ひゆが美しいのはこの街でも有名だった。アルベルトは言語博士号を取ったくらい、言葉が好きだ。


「レオン、アレン。今日は王都クロノワールまで夕食を食べに行く。身支度しなさい。ファグラのソテーだ」


 アルベルトはそう言う。


「え、旨そー!」


 アレンが声を呻らせる。アレンは言葉を続ける。レオンはエゴンと名付けられた人形を片手に持ち、決め技でジャックを敗退させる。アレンはジャックの人形は床に落ちた。二人は男の子なのにお人形遊びが好きだ。


「パパ、お兄ちゃんが魔法を使える力は誰にも知らせてはならないの?」


 アレンはそう言う。

 アルベルトはそう言い、レオン達のベットに腰掛ける。


「そうだ。アレン、お兄ちゃんの魔法の力を絶対に口外してはならない。レオンお兄ちゃんはとても強い魔力を持ってるんだ」

 アルベルトはそう続ける。すると懐中時計を見る。アルベルトは片目は義眼だ。


「アレン、貴方は少し、冷静さを欠いてる。だが貴方は、叡智えいちと人並みを秤にかけた少年だ」


 アルベルトはそう言う。


「私が言った意味は分かると思います」


 アレンに言う。


「レオン、魔法を出してみなさい」


 アルベルトはそう言う。


「分かりました。父上? 魔法陣を書けば宜しいですか?」


 レオンはそう言い、冷静に五芒星ごぼうせいの魔法陣を書き、アレンが魔法陣の中に入ると、体は空を飛んだ。


「お兄ちゃん、めっちゃ楽しー!」

 アレンは喜んだ。

 アルベルトは楽しそうにしている二人をの姿を温かく見守る。すると誰かがドアをノックした。アネット母さんは蝋燭を片手に持っていた。


「アレン、貴方へのしらせを覚えてた?お兄ちゃんはクロノワール城でフットマンの仕事をするのよ?」


 アネットはそう言う。


 アレンは空中飛行をやめた。ベットに腰掛けた。二人の部屋には月下美人の花が飾られていた。


「分かってるよ! お兄ちゃんとは暫く一緒に住めないんだ。なんだかとても寂しい」


 アレンはそう言う。


「レオン、この力はクランシアではスパイに狙われる。フットマンになるとき、この魔法は使わないようにしなさい」


 アルベルトはレオンに忠告する。


「分かりました」


 レオンは理解したようにそう言う、寂しそうに目に涙を溜める。


「レオン、元気ないんじゃないか? どうしたんだ? 男に産まれたから、男の約束は大事だぞ」


 アルベルトはそう言う。レオンはこう切り返す。


「この屋敷を離れるのが寂しいんです。父上とも母上ともアレンとヴァイクと離れるのが」


 レオンは目に涙を溜めて、泣きがながら言う。アルベルトはレオンに頭をぽんぽんとした。


「心配なのか? レオン、貴方は誠実な方だ。きっと城での暮らしは慣れるだろう。安心しなさい。困ったときはお父さんが守ってあげられるよ?」


 アルベルトはそう言う。レオンは顔を見上げる。優しいアルベルトの表情はそのでも物語る。


「父上、どんな時も僕とは一緒ですか?」

 レオンはそう言う。


「そうだよ? ずっと一緒だ。子供は神様がくれた冬に咲く花だ。レオン貴方もアレンもきれいな花をたくさんくれたんだ」

 アルベルトはそう言う。

 レオンはヒタヒタと涙を落とす。


「レオン。つらいときは泣きなさい。泣いたら自分の弱さを認めると前に進む勇気をくれるよ。もうちょっとで夕食を食べるから少し気分転換に馬車に乗ろう? 悲しいときは通過点だ。一生苦しいことが続くわけではないよ。幸福は変わらない。一生変わらないものもある。だろう?」


 アルベルトは楽しげにそう言う。まるで、レオンの無限の可能性を信じるように。


「はい」

 レオンはそう返答する。

 アルベルトは階段を降りながらこう言う。

 玄関に来て、馭者ぎょしゃのアウディが馬車を用意している。


「レオン。家族みんなで写真を撮ろう? いつでも、この写真を見ればレオンが私達を思い出すように。いつまでも家族は一緒だとね。アウディ。貴方に光栄に思う。家族写真を取ってほしい」


 アルベルトはアウディにも目配りしながら言う。


「ええ、エルヴァン様。ご家族で写真を撮られるのですか?良いですよ」


 アウディが快く引き受けた。皆んなにっこり笑った。


「レオン様、笑って!」


 アウディは言った。カメラのシャッター音が鳴った。アレンはひょうきんに笑った。アネットは肝が据わった表情だった。逞しく。アルベルトは口髭をたっぷりと蓄えた。レオンは最高の笑顔だ。


「エルヴァン様。この家族写真、すごく良くとて撮れましたよ!」

 アウディは嬉しそうに笑う。


「焼き増して来ますね」


 アウディは一旦この場離れる。


「レオン。貴方ならきっとフットマンの仕事が効率的に出来るわ。貴方はきっと誰よりも心優しくハンサムな青年になるわ。さぁ、馬車を手配したから乗りなさい?」


 アネットはそう言い。レオンのおでこにキスを落とした。

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