二぀の䞖界線にある君ず僕の愛情

成井露䞞

🌌

 人生に぀いお語ろう。

 分岐点に立った時、䜕を基準に未来を遞択すべきかずいう話だ。


「――理性を信じるか、第六感を信じるかっおこず」


 癜い空間で肌色の君が蠢く。沈み蟌む十指をたわわな質感が匟く。

 僕は、よく分かったね、ず唇を動かした。


「だっお、慧、よくそう蚀っおた。そういう話奜きだったし」


 そうだったかな。そうだったかもしれない。

 息を吞うず金朚犀の匂いが錻腔をくすぐる。

 その向こう偎に艶めかしくも甘い銙り。


「答えは出たの 慧はその問いに答えを持っおいなかったず思のだけど」


 君は癜いサむドテヌブルに立぀ワむングラスのステムを摘み、その瞁に口を付けた。

 その唇が近づく。口移しのロれはちょっずだけ君の味がした。

 額を寄せお觊れ合わせる。君の䜓枩を感じる。

 だから、きっず、僕は答えに蟿り着いたんだよ


「――じゃあ、聞かせおもらおうかしら 慧に降った、その蚗宣オラクルを」


 そしお僕らの物語は、過去ぞず跳躍する。

 君の前で。君ず離れお。君ず別れる前の、出䌚いの地点たで。


 


 僕は有名倧孊に入孊した。地元の芪戚や友人に゚リヌトだず蚀われた。

 だから僕は成功しなければならない。それが僕の人生だから。


 人生最埌のモラトリアムずしおの倧孊時代。

 芪元から離れお始たった生掻。

 そこには䜕もなかったけれど、䜕もかもがあった。


「――私、結城玗耶銙。あなたは」


 僕は、宮原慧。

 同じ孊郚。倧孊䞀回生のオリ゚ンテヌションで、君ず出䌚った。

 可愛い女性だなず思った。嘘じゃない。単玔に顔がタむプだった。

 スタむルだっお良かった。䌚った瞬間、抱きたいず思った。

 高校で憧れのマドンナだった朚村さんの蚘憶を、圌女は䞀瞬で塗り぀ぶした。

 すれ違った時に、いい匂いがした。


 


 僕は君に惹かれた。


「――宮原くんは、私のこずが奜きなの」


 真倏の灌熱の倪陜に照らされる䞭、君が突然問いかけた。

 癜い空を芋䞊げながら、僕は、奜きだよ、ず蚀った。暑さに朊朧ずした頭で。


「やっぱり い぀も私のこずを、嫌らしい目で芋おるよね 宮原くん」


 悪戯っぜく笑う君に、激しい苛立ちず、狂しい劣情を芚えた。

 だから僕はその唇を奪った。君の舌はナマコみたいな味がした。

 僕は君を抱きしめお。君は僕の肩に頭を乗せた。


 その日の倜に、僕ず玗耶銙は初めお裞で、身䜓を重ね合わせた。

 それからの日々、僕ら䜕床も䜕床も、飜きるこずなくお互いを求め続けた。

 倧孊の授業に出るより頻繁に、僕ず玗耶銙はお互いの性噚を貪りあった。


 


 自堕萜ずいう蚀葉がある。ずおも䟿利な蚀葉だ。

 僕の倧孊生掻は、結城玗耶銙なしには語れない。

 足し算だけじゃなく、匕き算の意味でも。


 玗耶銙がいなければ僕はもっず授業に出ただろうし、サヌクル掻動にも真面目に取り組んだかもしれないし、むンタヌンシップで自分のキャリアを真面目に考えたかもしれないし、資栌詊隓でも受けお手に職を付けおいたかもしれないし、ビゞネスプランコンテストに出お倚くの起業家ず出䌚っおいたかもしれないし、ピヌスボヌトに乗っお䞖界を巡っおいたかもしれない――

 ぀たり、倧孊生掻に、セックス以倖の思い出が溢れおいたのかもしれない。


 圌女はそれほどたでに魅力的だった。

 敎った顔立ちず、蕩けそうな瞳。錓膜を震わせる少し䜎い声。

 指で觊れるず倉える肌。舌を這わせる觊れる塩味。花のような銙り。


 だから倧孊の終わりを迎える頃に、僕は決心したのだ。

 第六感的掞察ず理性的思考をもっお。君ず離れるこずを。


 君に溺れ続ける僕に未来はないず。

 留幎は回避したけれど、このたたでは駄目になる。

 そう思ったんだ。


 倧孊四回生のクリスマス。䞀玚河川に掛かる橋の䞊。

 僕は玗匥加に自分自身の決心ず、別れの蚀葉を告げた。


 君はコンビニの袋から、ワむンボトルを取り出すず手摺の向こうで逆さにした。

 そしお橋の䞊から、その䞭身を、倜の川ぞず空っぜになるたで泚ぎ続けた。


 


 男の人生においお、二぀の倧きな決断があるずすれば、それは就職ず結婚だろう。

 就職に関しおは、僕は勝ち組だったず蚀っおいい。

 いわゆる䞀流䌁業の内定を埗お、僕は瀟䌚人ずしおのスタヌトを切った。

 この時代にあっお倧筋で終身雇甚は保蚌されおいる倧䌁業。

 成功には様々な圢があるずは思う。

 その時の僕にずっおは、この䌚瀟で出䞖するこずが、䞀番の近道な気がしおいた。

 だから僕は真っ盎ぐ貪欲に、出䞖を目指した。


 結婚に関しおは、瀟䌚人になった僕の前に二぀の可胜性が珟れた。

 二぀の䞖界線。それは、僕ずの結婚を望んでくれた二人の女性だった。


 倧口株䞻でもある垞務の嚘――䞉島䜳奈。

 䞀぀幎䞊の秘曞課の新入瀟員――氎戞悠。


 䜳奈ずは垞務掟の若手が䞻催したパヌティで知り合った。

 圌女が䜕故、僕に興味を持ったのかはわからない。

 少し高飛車なずころがある女だけど、可愛いずころもある。

 いずれにせよ次期瀟長ずも蚀われる垞務の嚘。

 圌女ず結婚すれば瀟内での成功は玄束されたようなものだ。


 悠は仕事で倱敗しおいるのを助けおあげたこずをきっかけに懐かれた。

 幎䞊だけど、攟っおおけないタむプの女性。

 二人で出掛ける時には、お匁圓を䜜っおきおくれる。そんな女の人。

 そんな圌女に僕は運呜めいたものを感じた。

 圌女なら僕を䞀心に支えお、成功ぞの道を䞀緒に歩んでくれるだろう。


 でも結婚にあたっおは、䞀人を遞ばなければならない。

 その二぀の䞖界線のうちの䞀぀を。


 僕の理性は䞉島䜳奈を遞べず蚀った。

 僕の第六感は氎戞悠を遞べず蚀った。


 理性を信じる それずも、第六感を信じる


 


「それで正解はどっちだったず思ったの 慧。それは理性 それずも第六感」


 君の前で、僕は䞡手を広げる。右手には理性を。巊手には感性を。

 僕がどちらの道を遞んだか。それはどっちだっおいいじゃないか。

 どっちにしろろくな䞖界線じゃなかったんだから――


「それじゃわからないし、面癜くないわ。ねぇ、話しおよ――慧」


 


 そしお、僕の䞖界線は分岐する。


 

 

 僕は第六感に埓っお氎戞悠ず結婚した。


 結婚匏をあげる䞀ヶ月前に劊嚠が発芚した。

 圌女は結婚の埌、しばらくしお出産に向けお退瀟した。

 僕は圌女に仕事を続けるこずを勧めた。でも圌女が匷く望んだ。

 幌少の頃、母芪があたり家にいなくお寂しかったのだず。

 自分の子䟛にそういう思いはさせたくないのだず。

 それが君の垌望ならば――ず僕は了解した。


 䞀家を支える倧黒柱ずなった僕は、党力で頑匵っおいこう。成功しようず思った。

 新しく生たれる子䟛のために、そしお内助の功で僕を支えおくれる悠のために。


 この頃、悠を遞ぶこずにした第六感を、僕は疑っおはいなかった。

 僕は神に導かれるが劂く、成功の階段を䞊っおいるのだず、信じおいた。


 ――でも子䟛が生たれお、党おが倉わった。


 生たれた子䟛の血液型はAB型だった。

 僕の血液型はO型、悠はA型。AB型の子䟛が生たれるはずがない。

 生たれおきた子䟛は僕の子䟛じゃなかった。


 地面は砕けた。䞖界は厩壊した。䜕がなんだか分からなかった。


 やがお悠が、告癜した。

 結婚前、昔の圌氏ず䌚ったのだず、お酒の勢いでセックスをしたのだず。

 半ばレむプのようなもので、本意ではなかった、ごめんなさいず。

 そしお、悠は泣いた。泣き続けた。――泣きたいのは僕なのに。


 それが本圓にレむプだったのか、合意の䞊での浮気だったのかはわからない。

 ただ――子䟛に眪はない。

 だから、僕は圌を自分の子䟛ずしお育おる決心をした。


 それでもどうにもならなかったのは悠だった。

 眪の意識だろうか。埐々に圌女は、圌女自身の粟神を厩壊させおいった。

 毎日、お酒を飲み、泣いお、時々、手銖を切った。


 仕事になんか集䞭できるはずもない。

 僕はそれから、ただ――深海で息を止めるみたいにしお生きおいる。


 あの時感じた第六感っお䜕だったんだろうな。

 たぁ、そもそも第六感なんお䜕の根拠もないわけで。

 そんなあやふやなものを信じた僕が、銬鹿だったのかな


 僕にはもう居堎所がない。


 


 僕は理性に埓っお䞉島䜳奈ず結婚した。


 僕は䞉島家の婿逊子ずなった。

 仕事䞊、宮原の姓を䜿い続けたけれど、僕が䞉島の者であるこずは党瀟員の知るずころずなった。

 たるで景色が倉わった。䌚瀟の䞭で僕を取り囲む空気が倉わった。

 成功たでの道がはっきり芋える気がした。


 でも、家庭で僕は――異物だった。䞉島の家に銎染めなかった。䞖界が違った。

 家の䞭もたるで䌚瀟の延長線みたいで、心が䌑たらなかった。

 それでも成功のためなら――ず僕は仮面を぀けお日々を過ごした。


 でも成功ぞの道は、䞀瞬で絶たれた。

 政治家ぞの莈賄事件。䞉島垞務は刑事告蚎され、倱脚した。

 残されたのは冷たい家庭ず、反垞務掟で固めらた通行止めの出䞖街道だけだった。


 あの時僕がした理性的刀断っお䜕だったんだろうな。

 そもそも理性で刀断できるこずは、その時点の客芳的材料からの合理的刀断だけ。

 未来は䞍確実で絶察なんおないし、そこに僕自身の心なんおないのに。

 倧人ぶっお理性だけを信じた僕が、銬鹿だったのかな


 僕にはもう居堎所がない。


 


「――それで今、ここにいるんだ。慧」


 圌女――結城玗耶銙の双䞘に僕は顔を埋める。

 その柔らかさ。安らぎ。確かな感觊。


「理性も第六感も、慧は信じられなくなったんだね。――じゃあ、慧は、  䜕を信じお生きるの」


 皮膚の感芚、錓膜の振動、網膜に映る光の配列。

 その䞭に君がいる。その䞭に僕がいる。

 僕はこの䜓で、この心でこの䞖界生きおいる。

 理性でもない、第六感でもない、僕は僕の――


「『五感』を信じるよ。玗耶銙」


 僕は䞖界を知芚する。

 君の盞貌、君の手觊り、君の声、君の舌の味、君の銙り。

 それがきっず僕が、本圓に信じるべきだったもの。


 理性なんかク゜くらえ。

 第六感なんかク゜くらえ。


 どんな䞖界線を遞んでも、きっず答えは初めから決たっおた。

 䞖界を圩るのは僕の感芚だけ。

 その知芚䞖界で、君は初めから特別だったから。


「――じゃあ、セックスしようか 慧」


 そう蚀っお、結城玗耶銙は笑った。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はおなブックマヌクでブックマヌク

䜜者を応揎しよう

ハヌトをクリックで、簡単に応揎の気持ちを䌝えられたす。ログむンが必芁です

応揎したナヌザヌ

応揎するず応揎コメントも曞けたす

二぀の䞖界線にある君ず僕の愛情 成井露䞞 @tsuyumaru_n

★で称える

この小説が面癜かったら★を぀けおください。おすすめレビュヌも曞けたす。

カクペムを、もっず楜しもう

この小説のおすすめレビュヌを芋る

この小説のタグ