第2話 ヒロシマ ナガサキ カギしっぽ

 広島市役所では助役や何人かの職員が市長を囲んでいた。


「市長、琵琶湖が大変です!」


 提示されたスマホには、攻撃されたのか、水面に立つ大きな水柱が写っていた。


「これ、琵琶湖? 海じゃないんか? 瀬戸内海より海っぽいな」

「市長! それどころではありません。日本各地で、独立派と従属派に分かれ、にらみ合いが続いているとネットに書き込みが。四国は日本から独立したようです!」

「なんだと? それは由々しき事態。平和都市広島市としては、決してこの日本で過ちを繰り返させてはならない。今、日本は一つにならなければ! 何とか平和的な解決法を見つけなくてはならん。ここは、長崎市と協力して、策を練ろう!」

「通信手段が遮断されております。会話する手立てがなく……」

「伝書バトは? 平和の象徴、ハトなら平和公園に売るほどいるだろう?」

「奴らは訓練されたハトではありません。人に慣れすぎて、自転車にひかれそうになる始末」

「それでは、毎年平和記念式典で飛ばす白いハトはどうだ?」

「奴らは自分たちのハト小屋に帰るよう訓練されております。ここは市長が直接行って話をするのが一番かと」


市長は腕を組んで少し考えているようだった。


「ところで、佐賀は九州だったな? どこにあるのだ? 長崎と近いのか?」

「あ、すぐ調べます……わかりました! 長崎の隣です! 陸路では佐賀を通らなければ長崎には行けません!」

「それなら、海から行けばいい。だが、佐賀の隣なのに私に丸腰で行けと言うのか?」

「海上自衛隊に出動を要請して、呉基地から出発しては?」

「おお~! 戦艦もええが、潜水艦もええのう。ワシ、乗ってみたかったんよ」

「市長、広島弁がダダ漏れです」

「市長、そんなことで国が自衛隊を動かすのでしょうか」

「ほうよ、ワシの護衛じゃあ動かんじゃろう。船ならワシ、ええ伝手がある」


 市長はスマホを手に取った。かけた相手は楠瀬賢三くすのせけんそう。誰もが認める筋金入りのカープファンの、あのじいちゃん。


「あ、県内は電話がかかるみたいだよ。……もしもし、ケンちゃんか、頼みがあるんじゃが」

「山ちゃん、どしたんないどうしたんだい

「漁船を出してもらえんかいの」

「おう、江田島のかっちゃんに頼んじゃるわいたのんであげるよ


「市長、どなたと電話しているんですか?」


 横から職員が小声で聞いた。


「くすのせケンゾウという友人で……」


 市長がそういうと、すぐにじいちゃんからツッコミが入った。


「ケンゾウじゃない! ケンソウじゃ! 点々はいらん。濁らんのんでにごらないんですよ

「すまん、ケンちゃん」

「なんかしらんけど、よその県の人はワシの名前を間違って読むんよ。広島で三はソウと読ませるのにのう? なんべん言うてもゾウ、フリガナ打ってもゾウ言うけえ、最近はあきらめたわあ」


 話がそれている。市長は職員の方に向き直った。


「……そう、くすのせケンソウという、カープファン仲間じゃ」


 じいちゃんには、球場で仲良くなった恐るべき人脈がある。旧市民球場の時代に知り合った、カープがまだ弱くて樽募金をしていたころからの仲間たちだ。じいちゃんは誰にでも声をかけるから、カープファン同士、すぐ友達になるのだ。つらい時間が長かったので絆が強い。市長はこの人脈に時にたよってくるのだ。


 こうして広島市長の山ちゃんは、江田島のかっちゃんの漁船で長崎に向かうことになった。なぜかケンソウじいちゃんも釣り竿持参で乗っている。


「大きな甘鯛が釣れたらええのう」



 ***



 そのころ長崎には佐賀県からゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人が侵入し、カギしっぽのトラ猫の前で、青い血の気が引いて青白くなっていた。


「新型オマガリウイルスに侵された生命体を発見!」


 そこにもう一匹、白猫がやってきた。この子もカギしっぽだ。


「また発見しました!」


 猫の集会が始まるらしく、数匹の猫が屋根の上や草むらに集まってきた。どの猫もしっぽが曲がっている。


「この星の多くの生命体が新型ウイルスに感染しているようです! いち、に、さん、し、ご、ろく、うわあ! こっちへ来るな!」


 ゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人が最も恐れる新型ウイルスは、感染すると、しっぽが折れ曲がり、死に至る。母星で大流行したため、避難して新天地を探しているのだ。


 実は彼らはその青い体に、サイヤ人のような長いしっぽがあり、腰に巻き付けて隠している。もし、命が助かったとしても、後遺症で折れ曲がったしっぽはそのままだ。隠したくても、もっこり盛り上がって、カッコ悪い。隠す場所によっては目も当てられない。


「すぐに退避しろ! 感染していないことが分かるまで2週間は母船に戻ってはならない!」


ヒロシマとナガサキは日本を救うことができるのか?



〈スミレ・心の一首〉

お題 : カギしっぽ


 か : カギ型に

 ぎ : ギクリと気づき

 し : しっぽ巻き

 つ : つわもの逃げる

 ぽ : ぽっくり逝くから



※長崎の猫は8割近くがしっぽが折れ曲がっているカギしっぽだそうで、私が旅行した時に出会った猫は、本当にみんなしっぽが曲がっていました。かつて外国から南蛮船に乗ってきたカギしっぽの猫たちの子孫だからだともいわれています。







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