第6話:ボルドー冒険者ギルド

 聖歴1216年1月6日:エドゥアル視点


「主殿、本当に対等の話し方でいいのですか」


「ああ、むしろそうしてくれないと困るんだ。

 ゴッドドラゴンともあろう強大な存在が、下手にで過ぎても威厳がなくなる。

 俺と主従関係を結んでいると言うよりは、盟友関係を結んでいると言った方が、まだ人間も納得しやすい。

 それに、俺自身が誰かを下僕扱いにするのは居心地が悪いんだ」


「分かったのじゃ、だったら遠慮せずにそうさせてもらうのじゃ。

 だがどうしてこっそりと夜中に街に入るのじゃ。

 昼間に堂々と入った方が、威厳があるのではないか」


「ああ、威厳だけを考えればそうなのだが、それよりも大切な事があるのだよ」


「ゴッドドラゴンの威厳を人間に見せつけるよりも大切な事とは何なのじゃ」


「勇者たちの評判とボルドーの街の状態を、俺たちの正体を明かす前に確認しておくことが大切なのだよ。

 勇者たちが自分達の愚行をどう誤魔化しているかによって、こちらの対応が変わってくるからな」


「そのような事が大切だとは思えないのじゃ。

 妾が勇者たちの下劣な行いを証言すれば済むのではないのか」


「普通ならその通りなのだが、この世界で神と言われるほどのゴッドドラゴン程の強者を、力づくで誓約させる管理神が黒幕にいるのだ。

 少々の噂なら、管理神の力で捻じ曲げてしまうかもしれない。

 そのような事がないように、勇者の真実をこっそりと広めたいのさ」


「確かにエドゥアルの言う通りじゃ。

 表だって管理神と敵対するのは下策なのじゃ。

 管理神の誓約だけなら、エドゥアルが解除してくれる。

 だが管理神と正面から戦う事になれば、絶対に勝てるとは言い切れぬのじゃ」


 ゴッドドラゴンの力から推測する範囲では、俺が管理神と正面から戦っても勝てるとは思うが、管理神が1柱だとは限らないのだ。

 10柱までなら同時に戦っても勝てると思うが、10柱を超えると厳しい。

 それに、俺が管理神の強さを甘く見ていないとは言い切れない。


「では、まずは冒険者ギルドで新規登録をしよう」


「今までの冒険者カードは無効にするのじゃな」


「ああ、状況によって、正直に名乗るか、偽装を続けるかを決める。

 極端に低く実力を抑えていた今までの冒険者カードに愛着などない。

 それに過去の冒険者経験など、勇者たちの悪行を暴くくらいしか役に立たないよ」


 俺はそんな話しをしながら、人型に変化したゴッドドラゴン、ラファエルの前を歩いて冒険者ギルドの扉を開く。

 相手がゴッドドラゴンであろうと、危険があるかもしれない場所に、女性を先に入らせるわけにはいかない。


 ギィイイイイイ


 誰かが入ってきた事を知らせる為か、それとも手入れが悪いのか、冒険者ギルドの扉を開けると、耳障りな大きな音がした。


「急げ、急いで予備の武器と防具を倉庫から出せ」

「誰に何を貸し与えたのかしっかり記録しておけよ」

「おい、俺さまはちゃんとモンスターと戦うぞ、さっさとポーションを売りやがれ」

「はい、ちょっとお待ちください」

「物資が必要な緊急事態に、信用の低い奴にポーションを売るのじゃない」

「予備の矢とポーションは、南門の臨時受付に運ぶのだ」


「エドゥアル、ずいぶんと慌てているようじゃの」


「そりゃそうだろう、近くにある魔境があれほど魔力を暴走させているのだ」


「へっ、そうであったか?

 妾は別に何も感じなかったがのう」


「ゴッドドラゴンの基準と人間の基準は天と地ほども違うのだよ、ラファエル。

 ゴッドドラゴンには気にも留めないような魔力の増減でも、人間には存亡にかかわるくらいのモンスター暴走につながるのだ」


「そうなのじゃな、だからこれほど慌てているのじゃな。

 だがこのような状況では、新しい冒険者カードの発行などやってくれまい。

 以前の冒険者カードを使って情報を集めるのか?」


「まあ、こういう時には、冒険者ギルドの受付ではなく、ヒマしている海千山千の冒険者に聞くのが1番さ。

 ついてきな、おあつらえ向きに、逃げる算段をしている奴らがいる」


 リーダーに見える初老の魔術師が1人。

 頑丈な装備に身を固めた、盾役の30代男性が2人。

 後衛であろう30代の短弓使いが2人。

 どいつもこいつも、名をあげるよりも、安全堅実にモンスターを狩って生き残る事を優先する装備だ。


「ふむ、確かに卑怯そうな顔をしとるのじゃ」


「しばらくは黙って聞いていてくれよ。

 情報を聞きだす前にケンカになっては困るからな」


「それくらいは心得ているのじゃ」


「すみません、手練れの冒険者パーティーとお見受けしたが、全員に一杯おごるから、なんでこんなに大慌てになっているのか教えてくれませんか」


「若いのに見る眼があるじゃないか。

 だが少々おべっかを使われたからと言って、命のかかった情報を、エール1杯ずつでしゃべるほど、俺たちはお人好しじゃねえ」


「分かっていますよ、エールごときで重要な情報が手に入るとは思っていません。

 ですが、場合によったら、ボルドーに入ったばかりで何の収入もなしに逃げ出さなければいけなくなってしまうのです。

 ボルドー産のワイン1杯ずつで負けてもらえませんかね」


「いいだろう、どうせこれ以上釣りあげたら他の奴に聞くだろうからな。

 いや、なかなか油断ならない眼つきをしているから、複数から情報を集めて、ここに残るか逃げるか判断するのだろう」


「たった1つしかない命がかかっていますからね」


「いい心がけだ、それに免じて嘘偽りのない情報をワイン1杯ずつで教えてやる」


「親父さん、この方々にボルドー産のワインを頼む」


「……小銀貨5枚だ」


「ごちそうさん、約束通りとっておきの情報を教えてやる。

 この近くにあるガスコーニュ魔境がモンスター暴走を起こしそうだ。

 ボルドーの領主と冒険者ギルドは街を護るつもりのようだが、どう考えても今の戦力では護りきれない。

 今直ぐ逃げた方が身のためだ」


「領主と冒険者ギルドは、常に魔境の暴走に備えているはずだと思いますが?」


「ああ、ボルドーの領主は愚か者じゃないし、冒険者ギルドも油断していなかった。

 だが今回のモンスター暴走は、毎年起こる恒例の規模じゃすまない。

 どうやら勇者を名乗るバカと教団が祭り上げた召喚聖者の生まれ変わりが、取り返しのつかない大失敗をしでかしたようだ」


「勇者と召喚聖女の生まれ変わりが何をしでかしたというのです」


「サポーターに雇った幼馴染と奴隷たちに裏切られて、従魔にするはずだったゴッドドラゴンを激怒させてしまったという噂だ。

 その影響で、国中のダンジョンや魔境が魔力異常になっている。

 純血種のドラゴンどころか亜竜種のドラゴンが暴れるだけで、大きな町が滅びるほどのモンスター暴走が引き起こされるのだ。

 今回は神にも例えられるゴッドドラゴンが怒りに任せて魔力を暴走させたのだ。

 セミドラゴンやドラゴンまでがダンジョンや魔境から暴走する可能性がある。

 できるだけダンジョンや魔境から離れた場所に逃げるのが最善だぜ」


 なるほど、俺を含めた奴隷たちを生贄にしたのではなく、俺たちが勇者パーティーを裏切ってゴッドドラゴンを怒らせた事にしたのだな。

 だが世慣れた海千山千の冒険者たちが、勇者や教団の話を信じているのか?


「おかしいですね、勇者たちならともかく、サポーターに雇われただけの奴隷たちが、ゴッドドラゴンを怒らせるような事をできるとは思いませんが?」


「ほう、若いのに的確な判断をする。

 だったら本当にとっておきの情報を教えてやろう。

 裏の情報だと、集められた奴隷たちはゴッドドラゴンの生贄にするはずだった。

 召喚聖者ルイーズの予言によってな。

 だが召喚聖者ルイーズの生まれ変わりと言う騙りの予言が外れたそうだ。

 300人も生贄を捧げても、ボス部屋の扉1つ開かなかったそうだ。

 それどころか、勇者パーティー全員が酷い呪いを受けたそうだ」


「それは、教団の名誉が失墜するほどの大失態ですね。

 よくそんな情報を手に入れる事ができましたね」


「ふん、簡単な事さ。

 教団はよほど大神官の娘を召喚聖者の生まれ変わりにしたかったようだ。

 ゴッドドラゴンの従魔化成功を信じきっていたのだろう。

 成功を大々的に広めるために、事前に大金を撒いて準備をしていたのだよ。

 その準備がよすぎて、失敗したからと言って、噂をなくすことなどできないくらい、噂が広まり過ぎていただけさ」


「本当にいい話を聞かせていただけました。

 こんないい話は、もっと表立って広めた方がいいのではありませんか?」


「残念だが、表立って教団に逆らうと、回復ポーションを売ってもらえなくなる。

 それに、こういう噂は表で流すよりも裏で流れる方が真実味があるのさ」


「確かにその通りですね。

 これほどいい情報を教えていただいたお礼が、ワイン1杯では安すぎますね。

 親父さん、ここで1番高級なワインを1本出してくれ」


「……小金貨1枚だ」


「ありがとございました、僕は受付で話しを聞いてきます。

 行くよ、ラファエル」

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