御前レファレンス。〜不可思議担当は御前と書いてミサキです〜
(はせがわ)けゐすけ。
第壱回『雲云なす意図。』
前日譚(プロローグ):不可思議なレファレンス。
†
『図書館レファレンス』
とは——
図書館の貯蔵書やデータベースなどの資料を使って、利用者が調べたいモノのお手伝いをするサービスのことだ。
たとえば、
「日本のカレーは和食なのか、洋食なのか?」
という質問の答えが分かるような本を探したり、
「カニはいなくて、実はガニしかいないって本当?」
『越前がに、松葉がに、タラバガニ、沢ガニ、ヤシガニなどなど、種類の◯◯ガニについては、ガニしかいません。が、蟹という生き物はカニです。カニはいます。ちなみに蛇足ですが、タラバガニはガニと付いていますが、ヤドカリの仲間です』
というふうに答えてみたり、
「日本のライブシーンについて卒論を書く予定なのですが、ライブハウスやダンスホールの成り立ちについて書いてある資料はありますか?」
「水路について調べているが、どこから手をつけていいか分からない。何かいい本はあるか?」
などという研究や調査などのために必要な資料を探すサポートもする。
また、シンプルに、
「なんかオレンジ頭の貴族がゴムの木を植えていく話のタイトル」
こんなざっくりした記憶を頼りに、
『サン=テグジュペリの『星の王子さま』ではないでしょうか。星を爆発させるかもしれないバオバブの木を王子さまが抜いていく。という物語です。ちなみに王子さまは書籍によって金髪や茶髪、オレンジ色の髪の毛といろいろでした』
なんてふうに依頼者の探している本を見つけることもある。
——本来、そういうのが図書館のレファレンスの仕事なんだけれど……。
この図書館のレファレンスには時折、《不可思議》な相談の依頼が舞いこんでくるのだ。
†
僕はこの春から、大学生になった。
大学の掲示板で図書館のアルバイト募集を見つけたのは、入学してすぐ。
バイトの募集内容は『レファレンス担当またはその補助』そんなカンジだったはずだ。
仕事の多くはデータ入力やパソコン操作が苦手な図書館員のおばさんのお手伝い。
職員であり先輩であるおばさんは僕の教育係でもあった。
おばさんは、とにかく明るく気さくで世話好きで面倒見がいい。
そして、よくなにかしら〝思いつき〟をするひとだった。
「あなた、レファレンス係よりもなんだかスタバの店員のほうが似合うわよね」
そんなおばさんの突発的な〝思いつき〟によって、僕はある日、カフェ店員をまかされることになる。
カフェ『時と木』は、図書館の一角に併設されている。
全席禁煙。
長時間の利用オーケー。
座席は多いが、満席になることはほぼない。
基本ワンオペ。
というワケで。
鏡を見れば、なんともエプロン姿がカフェ店員然としているなあと自分でも思うこともあるにはある。
「あなたの淹れるコーヒー、どうしてかは分からないけど、すごくおいしいわ」
僕をカフェ店員にすえた教育係のおばさんは、どうしてか分からないけど僕のコーヒーを褒めてくれる。
どうしてか分からないけど、どうも僕にはコーヒーの才能あるらしいのだ。
『時と木』の入り口。
——豆にこだわって厳選した使用した“おいしいコーヒー”をどうぞ!
たしかに店長さんは豆にはこだわってるのかもしれない。
しかしながら、ふつうのカフェで入って三ヶ月のバイトがコーヒーをドリップするなんてあるのだろうか。
チェーン店ならあるのかもしれないけど。
ほんとに僕でいいのかなあ?
——そんなワケで。
きょうも僕は『時と木』にて、厳選された豆を使用したおいしい(と褒められることもある)コーヒーを淹れている。
そうだ。
もうひとつ。
気づかないひとがほとんどなんだけど。
カフェ『時と木』のサインボードには、最近付け加えた文言があらたに貼り付けてあった。
それも僕がカフェの店員をやっているときにだけ。
おいしいコーヒー云々書かれた下に、ちいさくちいさく、わずかに、申し訳程度に、
不可思議な現象、事象、事件のレファレンスご相談はこちらまで。
お気軽にどうぞ。
レファレンス担当者:御前
これらの文言が書かれたちいさな紙が貼ってある。
貼ったのは、先輩で教育係のおばさん。
御前は『ごぜん』でも『おまえ』でもなくて『みさき』と読む。
この担当者とは——僕のことだ。
だけど、担当するのは〝ふつう〟のレファレンスじゃない。
「——あの、すみません」
カフェ『時と木』にひとりの女性がやってきた。
二十歳前後。
大学生だろうか。
「ご注文ですか?」
そう言う僕に対して、女性は首を振った。
「いえ、——友人の身体から〝糸〟が出てるんです。これって、なにか分かりませんか?」
「ああ、はい。不可思議レファレンスの依頼ですね」
僕はカフェ店員として培った笑顔で応対する。
「どうも、担当のミサキです」
これは僕が担当する『不可思議』なレファレンスのお仕事だ。
いや正しくは、僕らの。
もうひとり、僕を手伝ってくれているひとがいる。
さあ、
今回の依頼、
〝カノジョ〟には、なにが——
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