第23話 幻想の欠片
「まずはここ、だな」
八尋とともにやってきたのはあの噴水公園だ。今は昼下がりで、周りにいるのは子ども連れか老人、あるいは暇な大学生ぐらいなものだ。噴水を見てみても特に変わったものは感じられなかった。
「若君、こちらを」
戦とは反対方向から噴水を見ていた八尋がしゃがみこんで手招いている。戦が駆け寄ってみると、地面が少し掘り返されている。初めは子どもが砂遊びをしたのだろうと思ったけれど、それにしては小さい。かといって誰かが地面を蹴ったにしては大きいし、位置もおかしい。
「噴水の縁のすぐそばを掘るなんて変だな」
「はい、そう思いました。おそらく、あの馬の件に関わっている可能性が高いかと」
「だとしても、幻を見せて何をしたいんだろう」
「あの面妖な娘が自作自演しているのでしょう」
「いや、それはないってば!」
たしかに、八尋からすればバーチャルアイドルなんて理解の外の存在だろう。だからと言って、疑う事は出来ない。幽霊話を拡散したがる配信者なんて、リスクが大きすぎる。
こういう文化には疎い戦でも、ノリちゃんから自作自演がばれて干されたなんて話を山ほど聞かされている。
(あのアイドルはそれをやってもいい、って本気で思ってるのか?)
「若君はあの娘の正体を存じていらっしゃるのですか!?」
「……知らない」
目を背けた戦に八尋はいよいよ語気を強めた。
「ならばなおの事! 怪しいではありませんか!」
「あのアイドルは単に目撃情報を流しただけで、本来の術者は別にいる、と俺は思う。そう思いたいな」
「と、いいますと?」
「確信は無い、けど―――」
拾い上げたのは透明なガラスのような欠片だった。中学校の理科の実験で使ったプリズムによく似ていた。
「俺は何か事情あっての事だと思うんだ」
一つ大業物を制御したとはいえ、まだ鍛冶師たちの全容がつかめないのは事実で、どのように普通の人に紛れているのか分からない。八尋のように全方向疑ってかかるのも間違いでないことは分かっている。
でも、だからと言って。
見ず知らずの人を疑うには戦は人が良すぎた。それはおかげ堂で小さい頃から人々の温かさに触れてきたからだと、人ならざる身だと知って気づいた。
「これも魄の一種か?」
「はい、間違いなく魄です。ですが、妙です。こちらの世に魄がそのまま存在できるとは……」
ぶつぶつと呟いている八尋の目がカッと開いた。
「これ、大業物、です」
「はぁああああ!?」
近所迷惑レベルの大声が出てしまった。憩いの時間をぶち壊された町の人達の冷たい視線が突き刺さってきた。ぺこぺこと頭を下げ、戦は目を凝らした。
「いえ、大業物ではあるのですが、少し違うような。なんというか、抜け殻のような、本物ではないような……」
「電話の子機みたいな?」
「電話? 子機?」
「ごめん、どこで躓いてるのか分かんなくなった」
携帯電話が普及した現代において、置き電話の需要は減り、それに合わせて子機を知らない子供もいるらしい。おそらく、八尋の場合は電話で躓いている。
これは本格的に人間社会を教えないといけなくなってきたかもしれない。
「要するに、これは大業物の欠片って事だろ?」
「そうですね、欠片。その表現が正確かと」
という事は、この欠片は大業物につながる重要なもので、件の幽霊騒ぎを追っていけば欠片がある。
「早速調べ―――っつ!?」
急に左手に刺さるような痛みが走り、戦は欠片を取りこぼしてしまった。地面に落ちた欠片はガラスの様に砕け散った。
「若君!?」
かけらを持っていた左手を見る、しかしそこには傷一つ走っていない。ふと気づけば痛みすらあったかどうか忘れてしまったほどだった。
「まやかしを作り出す能力……厄介ですね」
「そうだな……」
こちらの感覚を操作する能力が厄介なのは、いろんなゲームで見てきた。砕けた欠片を見下ろし、戦は一刻も早く今回の大業物を回収しなければ、と思った。
「若君、こちらにも落ちていました」
「うん、じゃあこっちもそうだね」
パソコンの地図機能を使って、戦は欠片が落ちていた場所をマーキングすることにした。そうすれば、相手がどんな目的で欠片を落としているのか分かるし、うまく読み取ることができれば次の現場も抑えられるかもしれない。
「結構散らばってるな……」
同じ市内ではあるものの、その範囲はかなり広く駅から遠い場所にもあった。相手は電車だけではなく、バスや自転車を使っていると想像できる。
「とにかく、あの欠片を集めて報告しあおう」
「そうですね」
こくりと八尋はうなずくとまた欠片を探しに町へと繰り出す。
(ばらばらだけど、何か法則があるはず。例えば落ちていたところを結んだら何かの暗号になったりして……)
そんな事を想像してみたところで、戦は探偵じゃない。すぐに思考がパンクして睡魔に襲われてしまった。
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