第24話 篠突く雨の中で
「雨、やまないなぁ~」
「だな。この分だと、グラウンド沈むかな」
掃除の合間、止まない雨の中で戦に孝則が声をかけた。孝則は雑巾をつけたモップに顎をのせて空を見上げている。戦も同じようにモップを手に窓の外を伺う。
朝から雨が降っていて、黒く重たい雲が町を包んでいた。八尋は隣りの校舎の家庭科室の掃除当番で傍にはいない。
「グランド使えないなら、サッカー部とテニス部は校舎練かぁ」
孝則がため息をつきながら掃除をする。そうだった、外が使えないなら運動部はみんな校舎で筋トレをするんだった。
「こんな雨の日にでも練習しないといけないんだな」
「そりゃそうだろ。練習しないと、何でもうまくならないし」
なにを当たり前なことを、と孝則が呟いた。我ながら変なことを言ったなぁ、と戦が苦笑しモップに目を落とした途端、ぴくりと背筋に気配を感じた。
「!?」
「どうしたーセン?」
間違いない、この気配は大業物の気配だ。まだ気配は遠いし、学校には入り込んでいないようだ。ガラッと校舎の窓を開けると、強い雨風が頬を撫でた。
どこだ、どこからやってくる?
バシャバシャと雨が顔に当たる。ここは二回だから、跳び下りるのは危険だ。
「ノリちゃんゴメン、後は任せた!」
ばたばたと走り去っていく戦に孝則はぽかんとした表情を向けていた。
「あれ、戦君は?」
ノートの山を抱えた女子生徒が孝則を見上げて聞いてきた。
「なんだ、千紗。どうした?」
千紗、と呼ばれた少女はきょろきょろと辺りを見渡している。いつもは気の強い春野の側にいるが、今日は珍しく一人だ。前髪が長く目元を覆っているから、ここからでは表情は見えない。
「戦君またノート忘れてたから、聞きに来たのに……」
「戦? そんなやついたか?」
「そう、別のクラスの人と間違えたかな。ごめんね孝則君」
くるりと背を向けて、歩き出す。
「戦……変な名前だな。けど、なんか引っかかるな……」
「やっぱり、戦君は人間じゃない……」
ぱたぱたと廊下を小走りで走っていく少女は人気のない場所へと向かう。講堂の裏の大昔の部活棟。今の部活棟はグラウンドにほど近い場所へと移動されていてこの場所を知っているのはほんの一握りの生徒しかいない。
「ほんとだ、携帯の履歴も全部消えている……」
携帯のSNSを覗いても、庵戦という人物の痕跡はどこにも見当たらない。そればかりではない、ずっと一緒にいた孝則でさえ戦の事を知らないという。
――― 彼はね、この世界とはずれたところにいる存在なんだよ。
「これが、鬼なんだ……」
子どもの頃絵本で読んだそれは恐ろしく人を襲うバケモノなのに、彼はいたって普通の、どこにでもいる男の子だった。
「あの時の事も……私、忘れていたってこと?」
胸に手を当てれば、じわりと汗がつたっていた。気持ちが焦るばかりで、気が付けば肩で息をしていた。
「戦君には、いつも助けられてたのに……それなのに、私」
「後悔しているのかい?」
「!?」
「駄目じゃないか、君は大業物を出現できた貴重な人材なのだから、慎重にならないと」
いつの間にか背後に立っていたのは、目鼻筋のととのった20代前半ほどの青年だった。黒いトレモントハットをかぶり、上下を同じような色彩で合わせた雰囲気は大学生にも見えた。
「水去様……」
「これで分かったろう。若君はいずれ君にたどり着くだろう。その時、君はただただ大人しくその命を投げ出すかい?」
冴え冴えとした表情に、千紗の背中が凍り付く。初めて会った時から、ただならないものを感じていた。
「……いいえ」
「うんうん、素直でいい子は好きだな」
にこやかに水とともに消える青年は千紗に聞こえない言葉でこう続けた。
「騙される子はもっと好きだな」
気配を辿っているけれど、途切れては現れ、現れたかと思えばすぐに消える。まるで蛍の光の様だと戦は思った。校舎を回って一つ一つ確かめていく。校門から出て、町へと進もうとしたとたん戦の目の前が急にはじけた。
「!?」
腕で顔を庇ってうつぶせになる。まるで目の前で爆弾がはじけたような。ゆっくりと目を開けると、目の前にはゆらゆらと揺れる青い炎があった。雨にぬれても消えないその炎をまとった馬は何も語らずに目の前にいた。
「お前、大業物か!?」
この気配は大業物の気配だ。雨にぬれても消えない炎は大業物で間違いない。
「お前の宿主は誰だ!?」
問いかけたところで言葉が返ってくることは無い。前回の炎神御柱の事を考えれば宿主は近くにいるはずだ。
馬はカツカツと蹄で地面をひっかいている。突進の準備をしているかのようだ。
(おい、代われ)
ぐいっと戦は後ろに引かれるような感覚に襲われた。首根っこを掴まれて地面に倒れ込むような、これはイクサが呼んでいる気配だ。
(宿主を見つけるぞ)
短い言葉に戦はうなずいた。まだこの感覚にはなれない。
「来いよ、駄馬。お前の騎手を見つけてやるよ」
カン、と是空を手にしたイクサは構えた。ざぁざぁと雨がアスファルトを叩く。それがイクサの心を鼓舞していく。
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