第14話 是空顕現・序
気づいたら家に帰っていて、紅緒がいろいろ世話を焼いたようだった。ぼんやりと起きて、そのまままた眠ってしまった。そして、次の日の朝に戦は家の駐車場にやってきた。配達を請け負う事もあるので、丹治のミニバンのほかにも戦の赤い単車もある。
高校に進学してから真っ先にやったのがこの原付免許を取りに行くことだ。学校によっては禁止されているところもあるのだろうが、商業学科という事もあってそこら辺は緩やかなようだ。
「じゃあ……やるぞ」
「はい、いつでもどうぞ!」
八尋の声に頷いて、戦は目を閉じた。あの夢が本当なら、剣が出てくるはずだ。
「是空」
ふわっと地面が揺らいだ。下に巨大な扇風機が現れたかのように戦の身体が少し浮いた。白い風が細長いロープの様に上空に立ち上る。
「成功ですね!」
八尋の声にはっと気づくと、戦の右手にはあの剣が握られていた。剣というより、刀のような片刃で、反りも浅い。時代劇の侍のそれと違うのは、石突に白いもこもこしたものがついているところだろう。
形としては糸で作られた風鈴、と言ったところだろうか。丸い部分を赤い輪の金具で留め、白い糸には所々銀糸が混ざっている。初夏の日差しの下で、白く輝いている。
(そういや、篤臣の剣にもなんかついてたよな)
何かぶら下げるのが剣の特徴なのだろうか。
「これ、初めて見た時と違うような?」
始めて八尋が出した時とは少し違う。少なくともこの糸でできた風鈴のような物は見覚えが無い。
「そうでしょうか? 是空、というのは間違いなく温羅様の剣の銘です」
「温羅って誰?」
「……」
「いや、おじいちゃんってのは分かるけど。あったことないし、どんな人なの?」
「若君は桃太郎をご存知ですか?」
「それは知ってる。ってか、日本人で桃太郎を知らない奴ってほとんどいないんじゃない? いろんなゲームとかアニメにも出てくるし」
桃太郎をベースにした物は溢れている。それらのほとんどは鬼を倒す絶対的なヒーローだ。
あれ?
鬼を倒す絶対的なヒーロー?
「まさか……」
「若君はその桃太郎に討伐された鬼の頭領の孫です」
「嘘だろ。ってか、それって御伽噺じゃん。俺関係なくない?」
「それはおとぎ話の方。桃を食べて人間が若返るなんてありえません」
原典の方を言わなくていいじゃないか、と戦は心の中でツッコんだ。
「人間に討伐された鬼というのは、我らの一族です。たまたま我々と同じ波長をもつ人間が我々を見て、勝手に恐れ、そして討伐しただけです」
「だから、鍛冶師たちは人間を恨んでいる?」
「はい。それ以外理由がありません。いたずらに人間の魂を抜き出しているのも、その復讐に違いありません」
そういえば、その指摘は聞いたことがある。鬼は実は難破した外国人で、おとぎ話のヒーローたちは一方的に彼らを討伐したのではないか、と。赤鬼、青鬼というのは外国人の肌の色が異なって見えただけではないか、目の色が異なるのも外国人を表しているのではないか、と。
「我々は人間とはずれて生きているだけで、本来は関わらずに生きていくべきものです」
「だよな。でも、なんで母さんたちは人間として暮らしているんだ?」
「それは………」
く、と八尋がつばを飲み込んだ。戦の身を案じているなら、もっと多くの同族が来てもよさそうなのに、今のところ八尋だけだ。
「もしかして、鬼の世界でも色々あった、とか?」
聞きたい。でも、聞いてはいけない気がする。自分が普通の人間ではないことは納得できた。でも、その先を知るかどうかはまだまだ迷っている。
「ええ、ですが、きっと皆なら……。私の今の役目は若君をお守りし、無事鬼の世界にお連れすること」
「へ?」
きょとんとした表情を八尋に向けた。鬼の世界?
「ええ。若君には鬼の世界を統べる王になっていただきます」
「まてまてまて! 命がけの戦いの次は国家運営って、俺何?」
「鬼の王の孫、つまり後継者です」
「…………」
開いた口が塞がらない、とはこのことだ。ここで下ります、何も知りません、と言えたらどれだけいいだろう。
「鬼の世界に行く道は今は閉じています。いずれ時があれば開きましょう。だから、それまでは……って若君?」
忽然と姿を消した戦を探し、八尋は屋根づたいに跳び移っていく。その姿はモモンガの様にひらひらと軽やかだった。
「もう、わけわからないな……」
最近の漫画は色々設定を盛るのがはやりだけれど、いざ我が身がそうなってしまったら何から手をつけていいのか分からない。
「あ、是空消えちゃってる」
いつの間にか是空の姿が見えない。けれど、置いてきたわけではないので、出現する制限時間みたいなのがあるのだろう。
「あ、おーい! セン―!」
ふらふらと河川敷を歩いていると、遠くから孝則が走ってくる。自主練らしく、練習用のジャージの上下を着て、息を弾ませている。ポーチを肩からかけて、ワイヤレスイヤホンをつけている。
「ノリちゃん、こんな時にも自主練?」
「そうだぜー。なにせ来週は新人戦のレギュラー争いがあるしなー」
「新人戦……」
「篤臣の奴が急に部活をバックレちまったから、レギュラー枠が急に増えてみんなガツガツし始めてさ」
「篤臣、すげー奴なんだな」
「ああ、何でも中学校からその界隈では名が知られてたらしいぜ。俺も、そんなふうに注目されてーなー」
ポーチからミニサイズの水筒を取り出し、一口飲んで言う。手のひらサイズの水筒から、からりと氷が磨れる音がした。
「それより、セン。こんなところで何してんだ?」
「いや、それがな……。さいきんハマった、っていうか布教された漫画があってさ」
「うんうん」
「その主人公がさ、属性てんこ盛り過ぎて感情移入がしづらくってさ」
「あーあるある。チート物ってやつか?」
チート、だろうか。まだ能力は知らないけれど、でも、属性が多すぎるような気がする。
「そいつ、ただただ平凡に暮らしたいだけなのに、周りがバトルジャンキーでさ、何がしたいんだろな、って思ってさ」
「あー、なるほど。一時期はやってたやれやれ系ってやつだな」
漫画に詳しくないけれど、そんな主人公いるんだな。
「周りが戦ってる中で、何とか戦う能力は手に入れたのに、何をすればいいのか分かってない、っていうか戦わなきゃならないのに、うじうじ悩んでばかりでさ」
言ってて本当に残念過ぎる。
「いいんじゃねぇか?」
「は?」
「だってさ、そいつがどんな状況で戦うことになったかは分かんねぇけど。そいつ、きっと力を悪用したり、誰かを無意味に傷つけたりしねぇだろうな」
「そう、かな?」
「だって、平凡を心から願っている奴が、それができない状況を作るわけないだろ」
平凡を願うからこそ、それを果たすために全力で戦う。
「だよなぁ。ありがと、ノリちゃん」
「ん? ああ、よく分からんが、何か分かったならいいや。 おれ、まだちょっと走るから、お前も来ねぇ?」
「たしかにジャージだけどよー。お前と違ってこっちは帰宅部だぜ」
「つまんねぇ奴だなぁ」
ぶーぶーと細目になって孝則が言う。戦は笑いながら孝則を見送った。
その時だった。
ドカン、という大きな音とともに孝則の目の前で大きな爆発が起きたのは。
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