第15話 うたかたの
「の、ノリちゃん!?」
爆風で一瞬目を閉じたが、戦は慌てて駆け寄る。爆発は一瞬で、大きく焦げた跡が広がっている。孝則は幸いにも直撃は避けたようで、河川敷に弾き飛ばされていた。
肩を軽くたたいて声を上げる。衣服には泥やほこりがついているが、目立った傷はなかった。
「ノリちゃん!! えっと、救急車!!」
あわててポケットを探るが、焦れば焦るほど携帯電話は見つからない。揺さぶらない方がいいと思いだし、戦はとりあえず平坦なところに孝則を移動させる。
辺りを見渡すが、爆発に当たったのはは孝則だけだったようで、周りに人影は見当たらなかった。
「良かった……」
いや、良くないけど。最悪じゃないという意味でよかっただ。戦は頬を叩いて気合を入れ直す。友達を危険な目に合わせるわけにはいかない。何が起こっているかはその後で考えればいいだけの話だから。
「ノリちゃんをとりあえず安全な所へ――!?」
ばっと、上体を低くした。頭上すれすれに火の玉が飛んできたからだ。適当に担いでいたのをしっかりとなおし、戦は走り出した。
臭いがする。あの大業物の臭いだ。
じりじりとモノが焼ける嫌な臭いがする。何が焼けてるのかは分からないけれど、胸がむかむかする臭いがあたりに立ち込めていく。
「こんな所で戦わなくてもいいじゃないか! 一般市民を巻き込みやがって!」
確かにこの近くにあの運動公園はあったけど、それでも狙ってくるとは思わなかった。うかつ、と言えばそれまでだけど。
「うう……」
背中で呻く親友をどうにかしなきゃならない。すぅと息を吐いて、戦は叫んだ。
「八尋!」
「はい、こちらに!」
呼べば参ります、と八尋が言っていたけど、読んだら目の前に跳んでくるとは思わなかった。一瞬ぽかんとしたけれど、とりあえず話をしなければ。
「え、と……」
「その背の人間を助けろという事ですね」
「そ、そうなんだ! あの大業物も近くにあるから! ノリちゃんは関係ないから! とにかく安全なところ……とにかく遠くへ!」
「分かりました、分かりましたとも。まずは落ち着いてください。助けられるものも助けられなくなります」
「なにか手があるのか? 知り合いとか?」
「いえ、こちらで対処します」
「?」
「若君、その人間をこちらに」
高架下に戦を誘導し、そこに寝かせる。爆発に巻き込まれたけれど、坂を転げたことであちこちに擦り傷ができていた。これが固いコンクリートだったらただでは済まなかっただろう。
「どうするんだよ? 薬でもあるのか?」
「薬ではありませんが、応急処置ならこれで」
そう言い、八尋はいつも使っている小刀を抜いた。反りがほとんど見られない直線に近い剣を躊躇いもなく孝則の胸に突き立てた。
「はぁ!? おい馬鹿何やって!」
「私の剣の力です」
「?」
剣が突き刺さっているというのに、孝則の身体には血が一滴も出ていない。それどころか、突き立てられた剣から黄緑色のやわらかな光の粒が発生し、孝則の体を包んでいく。
「私の剣であればある程度の傷は治ります」
すっと、抜いたころには孝則の頬や額にあった傷は消えていた。
(治癒能力だ!)
ゲームではよく白魔導士や聖職者系のキャラが使っているイメージがある。そのキャラは大抵大人しくてどこか浮世離れしている。けれど、目の前の回復術使いはまるで救急救命士のようだった。必要な作業を無駄なくこなしている。
「治癒能力って生で見ると案外あっさりしてんのな」
「?」
「いや、こっちの話。これで大丈夫なんだな」
「ええ、問題ありません。それよりも、出てきなさい」
八尋が戦の背後に生い茂る雑草の中に声をかける。
「出てこれないのならば、一戦交えても構いません」
「ちぇ、もうばれた。でも、君、俺から一回逃げてるだろ」
「……その声っ!!」
中性的で相手の親権を逆なでするような声、聞き覚えがある。あの日、店にやってきた鍛冶師と名乗る男だった。シンプルなデザインのシャツに、デニムを着た姿はどこをどう見ても大学生のように見えた。
とても人の魂を抜き取り、剣に作り替える人外のものだとは思えなかった。
「やあ、ひさしぶり。その顔だと、だいぶ状況は呑み込めたみたいだね。鬼ごっこの子になる気分はどうだい?」
イクサは歯を食いしばり、吐き捨てるように言った。
「最悪だ。こいつは関係ないだろ!」
「お友達っぽいのは見て分かるよ。でもさ、そいつ君が傍を離れたらすっぱり忘れちゃうんだぜ。お友達って言えるのかい?」
「若君、聞いてはなりませんよ」
剣を構え、八尋が低く告げる。そんなことわかりきっている。でも、言い返したい気持ちがあふれて止まらない。
「ああ、こいつには聞かなきゃならないことがいくつもある」
「是空も顕現できたようだし、何よりだね。俺も久しぶりに大業物を鍛えたから、とても気分がいいんだ。大業物にできる魂って今段々減っちゃってて、質が悪くなってるんだよね。つまんないって」
「篤臣の事か?」
「ああ、そうそう。
「答える義理はない! 失せろ
八尋が激昂したのと同時に、剣を地面に落とす。その先には一輪のたんぽぽの花があった。剣がその花に触れた瞬間、花が巨大化した。人の背をゆうに超える花はめきめきとその根を持ち上げ、水去に襲い掛かる。
「ったく、冗談きついぜ。こんな真昼間に剣の力を振り回すもんじゃない」
水去が息をつく。その瞬間、根がばらばらと切り刻まれて辺りに散った。
「お前如きが俺に勝てるわけないんだよ。あの時だって、お前、逃げたろ? 一人で。お前じゃない誰かが生き残ってればよかったのに」
「うるさい!! 黙れこの悪党がっ!」
八尋が叫ぶ。自らの手に呼び戻した剣を振り上げ、水去に向かっていく。その光景を見た戦はとっさに、いけない、と感じ取った。
「来い、是空!」
キーン、と甲高い音がして、八尋の剣が宙を舞う。水去と八尋の間。戦は気づけばそこにいた。その手には是空。戦は八尋の剣を弾き飛ばし、ふと水去を横目で見た。
(なんだ……こいつ……)
笑っている。馬鹿にしているわけではない。その視線が向いているのは是空。まるで芸術品を見るような、目的の品を見たような。見ようによっては幼子のような目だった。
「若君!?」
「逃げるぞ!」
「おいおい、あいさつしに来ただけなのに酷いな!」
「女子相手にあおる奴に言われたくねぇな!」
目を白黒させている八尋の手を引き、戦は走り、孝則を背にかばう。相手の出方が分からない。ただ、八尋が成長させた植物の根を水去は触れずに切り刻んだ。こういう触れずに何かを操作できる能力の相手は不用意に近づかない方がいいと知っている。
「炎神御柱はそろそろ同化を済ませる。若君がどうあがこうが、持って三日だろうね。決めるといいよ」
「決める? なにを」
「さぁね。やってみれば?」
ふわり、ふわり。地面から無数の水玉が湧き出てくる。その1つにくぐり、水去と名乗る鍛冶師は空高く跳んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます