第13話 魂の戦 魄のイクサ

「オイオイ、ちったぁガッツ見せろよ、俺」

 そう言われてもなぁ、だって戦えないしな。ぼんやりと上から降ってくる声に戦はそう言い返した。

「ったくなぁ、確かに二つで一つって聞いてたけど、ここまで来たら仕方ねぇな」

 だから、お前は誰だってば。

「誰か? ずっと一緒にいたろ」

 俺の声で何を言ってるんだ? それは俺の声だろう。

「目を開けろよ」

「ん……」

 目を開けると、以前見たあの海岸線だ。相変わらず真夏の太陽が降り注いでいるし、キラキラと水面が輝いている。以前見たように大きな番傘で影を作り、イクサが面倒くさそうにこちらを見ていた。

「八尋が魄が無いって言ってた」

「そりゃ、俺だからな」

「?」

「細かい事は俺も知らない。けど、俺とお前は一心同体だ。剣になるのはこっちの方らしい」

「じゃあ、俺が魂の方?」

「まぁ、普通に考えたらそうだろうな。魂ってのは上の方に行くから、お前がどこかふわふわしてんのもそうだろうな」

「馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿にしてねぇって。けどな、俺も俺で考えてみたんだ。考えてみろよ、お前戦いたくないんだろ?」

「……」

 そりゃそうだ。命を狙われているなんて想像しただけでぞっとする。平和な日常はあっさりと終わってしまったけど、それでもまだまだ信じられない。

「そうだよ。戦いたくないだろ、だって俺普通の男子高校生だぜ?」

「その普通がどっかズレてるのが、やっぱり魂だからだからかね」

「ほっとけよ。お前、さっき自分で考えたって言ってたよな。何か思い出した、とか?」

「まぁな。っても、あんまり気持ちのいいものではなかったけどな」

「なんだよ、それ」

 イクサが足をぶらぶらとさせる。答える気はあんまりなさそうだ。

(そもそも、こいつは一体何者だ?)

 一心同体、と言っていた。以前会った時も似たようなことを言っていた。一心同体なのに、どうしてか別のものに感じてしまう。まるで、鏡ごしに自分を見ているような。

 自分であって、自分ではないような。

「俺が思い出したのは、お父さんとお母さんと別れた日の事だよ」

「火事の日って事か?」

「……」

 イクサは黙ってしまった。そりゃそうだ。自分だって思い出したくない。

(覚えてはいないけれど)

「鍛冶師にお父さんとお母さんは殺されたんだ。俺……俺達はそれを見ている」

 ぞわ、と背筋が凍った。

 火事で亡くなったと教わっていたのに。

「鍛冶師の誰かは分からん。なにせ一瞬の出来事だったからな。死体を隠すため、火をつけたんだろうな」

 イクサが手を挙げると、戦の目の前に白い物が映りこんできた。


 雪だ。雪が降っている。

 粉雪ではない、吹雪が町を襲っている。その一角で、煌々こうこうと燃え上がる家がある。戦の視線はかなり低く、目の前には赤ちゃん用の柵がある。

 どこだ、ここ。

 覚えはない。けれど、どこか懐かしく感じられる。

 赤く照らされる室内には使い込まれた食器棚や、分厚い本の並ぶ本棚がある。戦の周りには可愛らしいキリンや象のぬいぐるみが転がっている。

 そうだ、ここは。


 俺の、家だ。

「はっ!?」

「記憶の一部を投げ込んでみたけど、これくらいだ」

「……」

「そっちはどうだい?」

「わからない。何も分からないんだ」

「だよな、俺もお手上げだ」

 大きく体をのけぞらせてイクサが言う。こんなことができるなんて、こっちの方が自分と違って、よっぽど”らしい”のだろうか。

「けど、これが俺が戦いたい理由だ」

「……」

「魄の俺はどうあがいても剣になるしかない。戦うのはお前の方だ」

「仇を討つのか?」

「それしかないしな。それにお前だって、ぼやぼやしてっと友達が剣憑きにされちまうだろうさ」

「そんな事させない!」

「だったら、俺を使えよ」

「でも、来なかったろ」

「呼ばれてないしな」

「……」

 まさか、ゲームの召喚魔法みたいなことをするのだろうか。疑いの目を向けると、イクサの方も同じ顔を返してきた。本当に瓜二つだからやめてほしいのだが。

「呼ぶっても何も叫べってわけじゃない。俺はお前だしな、普通に呼べば出てこれる」

「なんて呼べばいいんだよ」

「イクサでいいだろ」

「いや、それ俺だから。自分で自分の名前叫ぶのすげー恥ずかしい」

「注文が多い客だな」

「うるさいな。そういや、是空ぜくうは違うのか?」

 あ、とイクサの表情が固まった。忘れてた、と顔にでかでかと書いてある。

「是空か、まぁそれでいいか。じい様の剣の名前だけど、俺が引き継いでるし、問題ないな」

 ひゅん、とイクサが手を上に掲げて円を描くと、いつの間にか剣が握られていた。

「是空………」

 改めて出てこられるとびくついてしまう。なにせ、剣だし。知らないことが多すぎるから、正直使っていいものかどうかわからない。

(危ないもの、って事は分かるけど)

 そもそも、戦の感覚で言えばこんなもの銃刀法違反の何物でもない。

「あ、鬼が使う分には危なくないと思うぞ」

「信じられるかよ」

「とはいえ、これでお前は戦えるはずだ。迷うのは無理もないけどな、戦うって決めたろ、俺達は」

「?」

「戦って名前は、俺達が決めたんだ。父さんたちの前でそう名乗った」

「……」

 名乗った、というわけじゃない、と思う。

 いくつもの文字の書かれた紙の中から、それを選んだ。何故か、それだけは記憶の奥底にあった。

 自分でその名前を選んだ。

 その理由があの日にあるのなら。

「かたき討ちは、やっぱいやだ」

「おいこら」

「けど、あの日の事、父さんと母さんの事を知るためなら、俺は戦えると思う」

 それでいいと思う、という声が聞こえたと同時に戦の意識がまた蓋を閉じた。

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