第12話 伏し野火

「八尋、大丈夫か!?」

 陽炎のせいで視界が安定しない。透明なフィルムを通した視界に赤い炎が灯っていく。おかげで闇の中でも明るい。

「え、ええ。これしきの事、なんともありません。若君は早く宿主を!」

 確か、剣の力を使いすぎると同化するんだっけか。以前の女子生徒の時には切羽詰まったように説得していた。

 ――― 危険、だと。

 こんな現象、普通ならあり得ないだろう。戦は神経を研ぎ澄ませていく。臭いの元はどこだ、気配の大元はどこだ、問いを続けていく。

「近い!?」

 ヒュン、と耳元で何かが空を切る音がする。暗闇から何か鋭い物が戦に向かってくる。

「若君っ!」

 とっさに八尋が戦の目の前に躍り出て、白刃を自らの剣でさばいていく。小回りの利く武器だから、手数で圧している。大きく振りかぶってくる前に、八尋の剣がはじいていく。

(八尋は戦い慣れてるって感じだな)

 数合打ち合った後、急に剣の音が止んだ。

「やっぱり、お前がそうなんだな……」

 八尋にはかなわないと察したのか、暗闇から人の声が聞こえてきた。その声は間違いない、篤臣のものだった。

「篤、臣?」

「あぁ、そうだよ。お前が鬼の子だったんだな。これを手にしてから、時々あった違和感はお前だったんだな」

 じゃり、と小石を踏んで篤臣が姿を現す。黒いパーカーにラフなジャージ姿だ。一見すれば、夜のランニングをしている姿にしか見えないだろう。ただ一点、その手に大ぶりの剣が握られていること以外は。

 剣は王道ファンタジーにありがちな両刃剣で、その表面には炎のような紋章が駆け巡る。石突には紐が括り付けられており、その先には黒い球が揺れている。長さは60センチほどだろうか。

「大業物、炎神御柱えんじんみはしら。俺の魂を削って作ったものだ」

「大業物なのに……御している?」

 困惑の声色をひそめて八尋が言う。その声に静かに篤臣は静かに首を振った。

「御しているといわれれば少し違うかもしれないな。限に、こいつは俺の意思をなぞるように勝手に発火する」

「……それって、さっきの炎も?」

「あぁ、こいつが初めて出てきた日にあんなに大きな火事になるとは思わなかった。けど、俺の仕業だって誰も気づかないから、少し、ほっとしたかな」

「っ!」

 た、と戦は駆け出した。あの火事に対して罪悪感はあっても償おうという意識は見当たらなかったからだ。燃え上がった感情のまま戦は駆け出す。

「剣を出さないなら、俺には勝てないぜ!」

 篤臣が右手の平をこちらに向け、振り払うように動かす。その動きに合わせて真紅の炎が帯のように広がった。

「うわっ!?」

「若君、しっかり!」

 吹き飛ばされた戦の身体を受け止め、八尋が荒い声を出す。

「あいつは鬼の子を捕らえてきたら、この炎神御柱は進化するといってたけど、楽しくないよな」

「?」

「剣を持ってるとな、声が聞こえてくるんだ。燃やせ、燃やせ、ってさ」

「それは同化しようとする剣の声だ! 耳を貸しちゃだめだ!」

「分かってるさ、戦。けどな、この炎綺麗だろ? もっと見ていたいからさ」

「進化したら、もっときれいな光になるんだろうな。だからさ、戦」

 その声が終わる前に篤臣の身体が戦の前に移動する。瞬間移動。人の身には実現できない技。

「させない!」

 八尋は上体を低くすると、足払いをかける。とたん、篤臣の身体が炎に包まれていく。

「剣同士の戦いができるようになってから、俺と戦おう。俺はいつでもここにいる」

 蝋燭の火が消えるように、篤臣の姿がかき消えて行く。


「若君、申し訳ありません。取り逃しました」

「いや、いいんだ。まさか学校の人間が剣憑きになってるとは思わなくてさ」

 ふらふらと立ち上がり、八尋が心配そうな顔でこちらを見てくる。

「どうしたら俺の剣……是空は出てくるんだ? 八尋のそれはどうやったら?」

「私の剣は、生まれた頃よりありましたし。それに、若君の剣は代々の王に受け継がれていく特殊なもの……もしかしたら」

 じっと、八尋の目がこちらを見上げてきた。大きな丸い目は猫のように輝いている。純粋な、きょとんとしたような、探るような目が2つこちらを向いている。

「近いって」

「……なんてこと」

 何かに気づいた八尋が青ざめた顔をして一歩、また一歩と下がっていく。かすかに体が震え、ゆっくりと首を振っている。知りたくなかったことを知ったかのようだ。

「八尋? 大丈夫?」

「いえ、若君こそ、大丈夫なのですか?」

「……?」

 確かに吹っ飛ばされた時は痛かったけれど、すぐに八尋が受け止めてくれたし、痛みなんてどこにもない。

「あるはずの魂と魄が………魂、

「は?」

「若君は魂魄こんぱくはご存知でしょうか?」

「魂って事? 人魂のオバケなら知ってる」

「そういう意味ではなく、人の魂の形はふたつあるのです。魂と魄。いえ、ここで話すと長くなります。ひとまず家に戻りましょう。私も考えを整理したいのです」

「あ、ああ。それなら、戻ろうか。もうあいつはいないようだし」

 はい、と答える八尋の声は暗かった。

(片方しかないって、どういう意味だろう)

 人魂といえば光るオタマジャクシのようなものだ。お墓に出てくるそれは、空気中に漂うリンの自然発火現象によるものだという説明がつく、なんてこと言いたいのではないのだろう。

(片方しかないから剣が出てこないのだろうか)

 それなら、早急に原因を解明してほしいところだ。これから戦わなければならないのなら、武器が無いのは困る。

 家へと帰る道すがら、戦は急に襲ってきた眠気に身をゆだねた。

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