第9話 篝火は昼は絶え

「さぁ、若君! 今日も修行いたしましょう!」

「いや、やらないって……」

 今日は日曜日。昨日は休みだったから、八尋が戦を修行に駆り出した。

(修行って言っても、単なる筋トレなんてな……)

 それもそうなのだ。

 なぜか戦の剣、是空は八尋の様に常時出ているわけではなかった。それが大業物の特徴なのだ、と八尋が言っていた。


「いいですか、若君。先日若君が闘い回収したものが業物。普通の人間の魂はこの業物になるのが定説です。けれど、大業物に分類される剣は、所有者の魂と深く共鳴しているため、なかなか表に出ないのです」

 八尋は戦に鬼の世界の事を少しずつ話してくれるようになった。鬼の住まう世界はこの土地から少し”ずれて”いるそうだ。SFモノでありがちな並行世界ともまた違うようで、そのずれが戦たちの”体質”にも深くかかわっているのだ。

「剣をどうして作るんだ? 戦う相手なんていないだろ。まさか、雪女とか、大入道とか……?」

「なにを言い出すかと思えば、いいですか。若君。我らが鬼と名乗るのはあくまで便宜上その言葉を使うほか無いだけで、そのような妖と呼ばれるものはとうの昔に滅んでおります」

「じゃあ、余計に戦う相手がいないだろ」

「そうですね……例えるなら、若君が日々使用されているエレキや燃水のようなものだと思っていただければ」

(エレキって、電気って事だよな。燃え水、ってなんだろうか)

「エネルギーにする、って事か? 魂を引き抜いて動力にして……鬼の世界を保っているって事か?」

 八尋はこくりと頷いた。

「むやみに魂を使うわけではないのです。必要な時に、必要な分を黄泉平坂から拾ってくるだけです」

(黄泉平坂って、本当にあるんだ。ゲームだとラストダンジョンになるけど)

 ゲームの世界だと、ガイコツとか人魂とか、そういう幽霊系の敵キャラがあふれる、なんだかおどろおどろしい場所だった。確かに、そういう所だと魂は落ちてそうだな、と戦は思った。

「もう体から離れた魂なので、大した力は出せません。けれど、鍛冶師たちはあろうことか生者の魂から剣を作ることに成功したのです」

「それって。やばい事なの?」

「やばいも何も、この世の秩序が壊れます。この世はあの世とこの世の魂のつり合いで成り立っています。片方に魂の力が偏ると、もう片方がその世界に飲み込まれかねないのです」

「この間の火事みたいに?」

「おそらく、それ以上の事が起きる、かと。このようなことあってはならないのです」

「…………」

 戦はそう言われ、納得はした。けれど、迷っているばかりだ。

(本当に戦うのか?)

 あの時は相手の動きが分かりやすかっただけだ。あの火事の日に襲ってきた水去という男の雰囲気は思い出すだけで背筋が凍る。そんな連中と戦えるのだろうか、と。戦わなかったら、確かにこの世界が大変なことになる。

 でも、でも、でも!

「俺には、戦えないな」

「なにを弱気な!」

「そう言われてもよ、俺は普通の男子高校生だぜ! つい最近まで普通の人間として生きてきたんだ。それが、いきなり鬼だなんて言われて!」

「そのお気持ちは分かります。丹治様や紅緒様も、本来ならこのようなことが起こってほしくないと思っていたに違いありません」

「だったら、そうしてくれたっていいじゃないか」

「それでも、あなた様しかいないのです。鬼の始祖、温羅の血を引くあなた様しか」

 うら?

 鬼にしてはちょっとかわいい響きだ。って、そんなことを言っているわけでなくて。

(俺にとって普通って)

 なんだっけ?


「さぁ、若君。もう一周参りますよ!」

「もう、もう。ギブ。水、水を……」

 駅近くの運動公園に戦を連れ出し、八尋は延々とランニングをしている。八尋は足が速い、それにスタミナが無尽蔵だ。そういう所が、鬼なんだろうな、と戦はぼんやりと思った。

 いつもの忍者のコスプレではなく、学校指定のジャージを着ている。この方が人間の世界に馴染むのだとようやくわかってくれたようだ。

「若君はやはり人間の世界に馴染み過ぎのようです。この程度では鬼の身体には大した影響はありませんよ」

「って、言われても………乾いて、しかたな、い」

 八尋について行くだけで精いっぱい。それが、だんだん周回遅れになっていく。走るのは嫌いではないけれど、目的もなく走るのは少しきつい。

 受け取ったスポーツドリンクを流し込む。ちょっとした甘みと酸味が心地いい。筋トレもするにはするけれど、どちらかというとは知ることの方が多い。

(確かに運動系の部活はまず走り込みから始めるけど)

 部活と、命がけの戦いは違うだろうに。


「若君の御身は八尋が守りますので、若君には逃げる体力を、と丹治様からの命令ですので」

 前回助太刀に来なかったくせに、という戦のツッコミを華麗にスルーして八尋は言った。逃げられるのなら、とっくにそうしているだろう。

 それができない状況になっている、という事なのだろう。

 ベンチに座りながら、運動公園の様子を見る。運動公園は大きなランニング用のコースと、その内側にある公園部分に分かれている。公園部分の一部にはサッカーやバスケができるスペースもある。

 日曜日の昼下がりなので、多くの家族連れや学生グループが見える。広いから、集まって何かあそぶにはもってこいだろう。

 こんなところ、八尋に誘われなかったら来なかったろうな。


 キラキラと夏の日差しが公園を照らしている。この活気あふれる平和な空間が壊されるのか、と思いかけ戦は思考を閉じた。

(今、考えちゃいけない)

 意気地なし、と誰かが言ったような気がした。

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