第10話 憩いの暇
走り込むのはいいけれど、少し休むと別の運動もしたくなった。運動公園には筋トレにも使えるバーのついたベンチや、大きな鉄棒もある。
(子どもの頃は興味なかったんだけどな)
「どれしようかな……」
ぼんやりと歩き回っていると、かかとに何かがぶつかる感触がした。あまり大きくない、ボールのようだ。
「?」
振り返ってみるとバスケットボールだった。近所の子どもの誰かがバスケをしていて転がってきたのだろうか。確かに、このエリアはバスケができるエリアだ。
「すみません!」
ばたばたと遠くから人が駆けてくる。戦より少し背の高い男子生徒に戦は目を丸くした。
「えっと……ノリちゃんの友達、だよな?」
「お前、センって呼ばれてたやつか。見なかったことにしろよ」
ボールをパスすると篤臣は決まりの悪そうな顔をする。確か、以前あった時はバスケをしない、と言っていたような。だから、こんなところでバスケをするなんて孝則が見たら目を輝かせるに違いない。
(間が悪いなぁ)
立ち話は何なので、バスケットコートの側におかれているベンチに並んで腰をかける。コートには中学生グループらしき男の子達がギャーギャーと騒ぎながら遊んでいる。賑やかな声で聞こえなくならないよう、ゆっくりと喋ることにした。
「俺は庵戦。えっと………」
「高瀬篤臣。見ての通りレギュラーから外されたへたくそだよ」
「いや、ノリちゃんがあんなに頼み込むんなら、うまいだろ」
やれやれ、と篤臣がため息をつく。知り合いの知り合いの距離感というのを初めて知ったので、どうしていいか分からない。
「まぁ、バスケをしないって言ったけど、週末には体を動かさないとなんか落ち着かなくてさ。それに――」
「わかる」
篤臣が言い切る前に戦が口をはさんだ。ぎょっとした表情でこっちを見た。なんか、心外だ、と戦は思った。
「いや、なんでわかるんだよ。お前見たところ帰宅部だろ」
「俺も店の手伝いしてないと落ち着かないからさ。本当なら今も店に出たいんだよ」
「店?」
「定食屋しててさ。父さんと母さんの二人で切り盛りしてっけど、俺がいるなら手伝わないとなんか悪いだろ」
罪悪感でいっぱいになる。それに、店に来る人達はなんだかんだ戦に声をかけてくれるので、苦にはならなかった。
「……じゃあ、今なんで外にいるんだよ」
そう言われ、なんて言ったらいいか戸惑った。まさか、自分の命を狙ってくるよく分からん集団がいるので、そいつらから身を守るために足を鍛えてます、なんて言えるわけない。
(いったら、秒でドン引きされるだろうな)
「ほら、考査が近いだろ。だから、その。現実逃避? みたいな?」
「ああ、分かる。俺もこんな所にいるのも、そうだしな」
会話が終わる。
なにを話していいか全くわからない。
「戦はバスケする?」
「いや、体育の授業くらいだな。ずっと店の手伝いばっかしてたし、友達もノリちゃんぐらいしかいないから、全く」
「じゃあ、少しやってみろよ。フリースロー決まると気持ちいいぜ」
「あ、じゃあ」
開いているコートにやってきた。スリーポイントのラインに立つ。すこし視線をあげれば、バスケットが見える。
ダム、ダム、ダム。
空気が十分に入ったボールは弾むたびに小気味よい反動を戦の手に返す。
「外しても笑うなよ」
「初心者相手にイキるなんて馬鹿な真似はしないって」
手をぱたぱたと振って篤臣が苦笑する。
(確か、線を意識するんだっけ)
昔、孝則の自主練に付き合った時、そんなことを言っていた気がする。放物線を思い浮かべて、まっすぐにボールを投げ上げる。
「よっと!」
ガン、とリングにぶつかって見当違いの所へ跳んでいく。
「距離はあってるから、次は位置かな」
「まさか、入るまでするとか言わないよな?」
無言で篤臣がうなずいた。
(なんでだよ!)
そう心の中で呟いた。
「残念過ぎるから、させたくなるんだよ」
なら、どうして孝則の前でバスケはしないといったのだろうか。
「孝則にはあんなこと言ったのに、って書いてあるぞ」
「あぁ。だって、こんな時にもやるって、バスケやりたいんじゃないか?」
「……」
ボイーン、とまた見当違いの所へ跳んでいったボールを追いかけながら戦は篤臣に言う。そして、また投げてみる。また、変な所に跳んでいく。
「距離は正確なんだけどな」
「なんでだろうな」
「当てずっぽうなんだろうな、もっとよく線を考えろよ」
「やってるんだけど、どうしてもなー。手本があればなー」
「……仕方ないな」
ひょい、と戦からボールを受け取ると篤臣は軽く飛びながら投げる。しばらく宙を漂った後、ボールはリングに触れることなくすとんと落ちていく。
思わず拍手を送ってしまう。
「な、気持ちいいだろ」
「まぁなぁ」
あいまいに答えつつ、戦は何か忘れている気がしてきた。それに気づいた時、戦ははっとした。
「悪い、人待たせてるんだった!」
八尋はまだ外周を走っているのだろう。なら、そろそろ戻らないと何かしでかすに違いない。
「じゃあ、な……」
ばたばたと走り出す戦を背中で追い、篤臣は小さく呟いた。
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