御守り一つ落っこちた (2)
野球部にもツテがあるという立花が、知り合いの二年の野球部マネージャーに連絡すると、確かに日曜日は体育館で練習していたという。
さらに、何とその日、他のマネージャーが体育館で御守りを拾ったというのだ。
この時間でも野球部はまだ練習しているらしいが、その御守りを拾ったマネージャーが対応してくれるというので、俺らは野球部部室がある運動部部室棟へと向かっていた。
「それで、なんで野球部にあるって分かったの?」
「いや、可能性としてあり得るってだけで、本当にあるとは思わなかった」
尊敬のまなざしを向けてくる立花には悪いが、正直な所、俺が一番驚いているのだ。
ちなみに、先ほどの話を考えれば、俺は役割を十二分に果たしたことになるので野球部まで付いていく義理は無かったのだが、ついさっき『お願い。ここまで来たら最後まで付き合ってよ』という新たな命令を掛けられた。まあ俺自身、ここまで来たら実際にモノを確かめたいという気持ちも確かにあったのだが。
「じゃあ、なんで野球部にあることがあり得るって思ったの?」
立花にそう聞かれて、俺はそれを説明していなかったことに気づく。
「そんなに難しい話じゃない。今日の休み時間に野球部連中が昨日の練習について愚痴ってたんだ。でも、昨日は雨でグラウンドが使えなかったはずだから、ひょっとしたら昨日の練習は体育館を使ったんじゃないのか、と思ったんだよ。それに、野球部は普段はグラウンドで練習してるから、普段から体育館を利用する部活には含まれないだろうしな」
「なるほどねえ。田渕君に手伝ってもらって正解だったよ」
そんなことを言われると、承認欲求が満たされて良い気分にもなるが、無理やり手伝わされていることも忘れてはいけない。
騙されそうになった心を引き締めつつ、その後は適当な会話をしながら暗くなった校舎脇を歩いていると、街灯に照らされた運動部の部室棟が見えてきた。建物前に一人の女の子がぽつんと立っているのが確認できる。あれが、そのマネージャーだろうか。
「あの、立花先輩ですよね? 才川先輩からお話は聞いていますか?」
予想した通り、その子が立花に声をかけてきた。才川というのは立花が連絡した二年の野球部マネージャーである。
「うん。聞いてる聞いてる。じゃあ、あなたが四ノ原さんかな?」
街灯に照らされた立花の顔を見てすぐに声をかけてきたことから察するに、この一年生は元々立花のこと知っていたのだろうか。それならば立花の知名度おそるべしである。
一方で、俺のことはちらと見ただけでスルーされ、部室に案内される。好都合だ。
運動部の部室は散らかっていたり汚れているイメージが勝手にあったが、壁際に並ぶロッカーと中央のテーブルの他に物は見当たらず、床や壁も汚れているようにも見えない。
部室に入って早々、立花は探している御守りについて聞いた。
「それで、四ノ原さんが御守りを拾ったって聞いたけど」
「そうです。紐がほどけた状態で落ちていたのを見つけて、てっきりウチのかと…」
四ノ原という一年生からの回答はなぜだか歯切れが悪い。しかし、立花はそんなことは気にしていないようで、すぐさま本題に入った。
「そっかー。それで、早速で悪いんだけど、その拾った御守り返してくれないかな」
立花が笑顔で手を差し出す。恐らく、『はい。これです』といってすぐに手渡されることを想定していたのだろう。しかし、実際はそうはならなかった。
「…えっと、実はその、すぐにお返しすることができなくてですね…」
雲行きが怪しくなってきた。答えながら、四ノ原はロッカーの一つの開き、エナメル鞄を持ってきて俺たちの前に差し出す。
「あの、実はこれに取り付けてしまって、どれが拾ったものだか分からないんです」
まさかまさかである。差し出された鞄には、同じ柄の御守りが大量に付いていた。
「えっと、これは何かな」
状況が理解できていない様子の立花は、笑顔のまま質問した。怖い。
四ノ原はそんな立花に萎縮する様子を見せつつも、流れるように説明を始める。
「…これらは卒業生の皆さんからいただいた御守りです。
野球部には昔から近くの神社の御守りを買って勝利を祈願する伝統があるらしく、この部の卒業生の皆さんも毎年神社の御守りを寄付してくださるんです。
普段の練習では土や泥で汚れるのでこの鞄は使わないのですが、先日の体育館の練習でたまたま使っていたときに、たまたま見慣れた御守りが落ちていたので…」
分かりやすい説明のおかげで、事情は理解できた。俺らが来るまでに説明の仕方を考えていたのだろうか。今説明してくれた通り、付いている御守りは全て先ほど画像で見た竜と虎の柄だ。探している御守りと同じ竜の柄だけをざっと数えても十個以上、下手すれば二十個近くあるだろう。
状況を把握したうえで、困り果てた立花が俺に相談を持ちかけてくる。
「とりあえず、クッキーに連絡してみよっか」
「いや、本人でも見分けはつかないだろう。これは」
「すみません…」
「いや、四ノ原さんを責めてるんじゃないよ! クッキーが御守りをアレンジでもしてたら分かるんだけど…」
御守りのアレンジが何かは置いておいて、目の前の御守り群に見た目的な違いは見受けられない。しかし、野球部が御守りを拾ったと聞いたときは、解決したも同然だと思っていたが、先ほどの悪知恵のような状況が本当に起こってしまうとは。なんということだ。
その瞬間、そう思った俺自身に若干の違和感を抱く。俺はどういうわけか、探している御守りを自分の手で見つけたい、と思い始めているようだった。それを裏付けるかのように、すぐさま次の思考が浮かんでくる。
何か、見分けるヒントはないだろうか。
さっき四ノ原は、御守りを拾った時に紐がほどけていたと言っていた。だが、四ノ原の手先が器用なのか、紐の結び具合にも差は見受けられなかった。
いや、しかし、九鬼が御守りを買ってからそれほど時間は経っていないはず。紐がほどけるなんてことがあり得るだろうか。もしかすると。
突如として俺は四ノ原に
「これ触ってもいいか?」
と訊いた。すると、ワンテンポ遅れて
「ええ、まあ、大丈夫ですけど」
と、戸惑い気味に承諾が得られた。それを聞き俺はおもむろに御守りを触り始める。それを立花と四ノ原が不思議そうに見ていた。
俺はいくつかの御守りを触り比べ、その中の一つに他とは違う感覚がある物を見つけると、その御守りを掲げ、
「この御守り借りてもいいか? 本人に確認して落とした物じゃなかったら返すから」
と再度四ノ原に尋ねた。それを聞いて立花が驚いたような表情を見せる。
「え、田渕君、今のでどれがクッキーのか分かったの?」
「お前にはあとで説明してやる。それで、どうだ? 借りても大丈夫か?」
四ノ原はとても困った顔をしていた。そんなの一年の私に聞くな。と言いたげである。
確かに、責任を負うのは上級生の仕事だろう。
「分かった。違ったら明日中に返すし、話は立花先輩がつけてくれるから」
「え? 私?」
「…まあ、そういうことであれば」
「え?」
話がまとまったようである。俺は手早く目的の御守りを鞄から外すと、
「ありがとうな。じゃあ、これ借りてくわ」
と言って、未だ困惑している立花を引き連れて野球部の部室からそそくさと退散した。
翌日、朝のホームルーム前、俺の前の席で立花は借りた御守りを九鬼に手渡していた。
「これは野球部が持ってた御守りの一つなんだけど、もしクッキーのじゃなかったら野球部に返さなきゃいけないの。あとでクッキーのか確認しておいてもらえる?」
立花と九鬼のやり取りを、俺は本を読むふりをして盗み聞いていた。
この台詞は、事情を知らない人間からしたら奇妙に思えるだろう。手渡された御守りはどう見てみても既製品で、他人のものと自分のものの区別がつくとは思えない。
「ええっ! 玲ちゃん。それってどういう」
しかし、九鬼は違った。その台詞を聞いた途端、顏を赤らめてあたふたとし始めたのだ。
すぐさま立花が九鬼に何かをささやく。すると、顔は赤いままであるものの、九鬼の挙動不審な造作は収まった。
何といったかは聞こえなかったが、恐らくこんな感じだろう。
大丈夫、中身は見てないから。
御守りの中身というのは紙の御札や木片など様々なパターンがあるらしいが、同じ種類の御守りならば同じものが入っているのが道理であろう。
しかし、昨日御守りを触り比べた際に、まるで何かが余分に入っているかのように、中身に少しだけ異なる感触を覚えたものが一つだけあった。
つまり、九鬼は一度お守りを開き、中に何かを余分に入れた。そして、閉じる際の結びが甘かったために紐がほどけて御守りが落ちてしまったのだろう。これが、昨日あの時咄嗟に思いついたことであり、後で立花に説明した概要である。
入れた物については、触った感触から畳んだ紙のようなもののようだ、ということ以上は俺には分からなかったが、立花には思い当たるものがあったようだった。
立花が御守りを渡し終えた直後、担任が教室に現れ、朝のホームルームが始まった。
その日、立花と話したのは、またしても放課後だった。
俺が今日も教室に居残って本を読んでいると、昨日と同じように立花が現れたのだ。
「あ、田渕君まだ残ってた。よかった」
「…何の用だ」
俺は、また何か頼まれるのではないかと、警戒をあらわにする。
「そんな怖い顔しないでよ。単に、御守りの件が解決したって伝えに来ただけだって」
「なんだ。それだけか」
「なんだとはひどいな。私たちが仲良く話してるのを他の人に見られたら田渕君的に困ることがあるかなと思って、話すの放課後まで待ったんだけど」
立花が口をとがらせる。それは別に仲良く話さなきゃいいんじゃないか?
しかし、俺の反論など期待していなかったようで、立花は話を続ける。
「それにしても、御守りを落としたのがあんな甘い理由だったとはね。クッキーだけに」
「全然うまくない」
何だ。そのしたり顔。というか、それを言うために放課後まで残ったわけじゃないよな。
立花が思い当たった御守りに入れた物とは、恋愛関係の願掛けの類の紙であった。九鬼は卓球部の三年生の一人に片思いしているらしい。
昨日その予想を聞いたときは、そういうのはフィクションの中だけだろう、と思ったが、今日の朝の九鬼の反応を見るに当たらずも遠からずのようだ。しかしまあ、
「もう、こんな無賃労働はごめん被りたい」
俺が立花に言いたいことはこの一点のみだ。確かに面白い体験もできた。だが、再びこれをしたいかと言われると断じて否である。渋い顔でそう願う俺に対し、
「そんなこと言わないで。私一人の力で解決できないことがあったらまた頼みたいな」
と、立花は笑いながら答える。
「絶対に嫌だね」
俺はそう言いつつ、俺は内心こう思っていた。
短い付き合いだが、立花は本来、可能なら何でも一人でやろうとするタイプだと思う。そんな立花が俺を頼るようなことは滅多に起きない。というか二度とないだろう、と。
そして、立花の方も、今度は『お願い』とは言わず、ただ
「それじゃあね」
とだけ言って、人の良い笑みを浮かべたまま教室を去っていった。
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