第2話 ーウィンウィンな関係?ー

 ふと思い出していた。愛理の背中を見ながら教室までの道をゆく間。

 お互いの家に泊まっていたのは小六まで。その頃まで一緒にお風呂を入っていた。最後に入ったのは夏休みに差し掛かる少し前のこと。

 その時は真っ裸で入ったのに、それの一回前はお互いパンツだけ履いて風呂に行った。今思えば、わけのわからない行為だ。

 別の小学校の校区だった愛理が、僕と同じ市内、校区に引っ越して来たのは、小学校の卒業式が終わってすぐだった。

 中学生に上がって愛理はすぐに彼氏ができた。

 疎遠になったわけではなかったが、気がつくとお互いの生活の中に今までのような時間はなくなっていった。

 それでも不思議なことに家の行き来はあった。

 母親同士が姉妹で仲が良い。

 遊びに行けば話すし、愛理と背中を合わせてゲームもする。

 ホントに僕たちは姉弟のようだった。

 ただ、学校の中では嘘のようにその雰囲気は出ていなかった。

 『イトコ』という認識が中学では当たり前になったのは授業参観や行事だ。

 特にちゃかされることもなく、あーそうなんだ。くらいの出来事。

 愛理とはそんな丁度いい距離感だったのだ。


「は?」

「だから、わたしたち付き合うってこと」


 なのに、愛理が僕にそう持ちかけてきたんだ。


 それにはワケがある。


 冒頭の時間に戻ることにはなるが、少し説明をしよう。


 愛理の背中を見つつ同じ教室に入ると、黒板には座席の図が描かれていた。

 愛理の名字は『井里』

 僕の名字は『脇田』

 愛理は一番目の席に座り、僕は一番最後の席に座った。端と端の対角線上だ。


 まぁ、愛理の席なんてどこでもいいんだけど、気になるのは『大林珠世』なわけで。


 教室の端から珠世ちゃんの席を確認する。ニ列目の一番前。愛理の隣だ。

 男女混合の番号順。

 愛理に嫉妬心を持ちながらも、僕は珠世ちゃんが席に座るまで……いや、席に座ったあともずっと見つめていたんだ。


「なぁなぁ! 脇田、井里さんと付き合ってんだろ? いいよなぁ」

「元中? どんな子なの?」

「ずっと見てたじゃん!」

 僕の席の周りは、男だらけになったホームルーム後。

 さて、どうやって友達を作ろうか頭を悩ましていた時だった。まさかそれよりも先に愛理とのことを聞かれるとは夢にも思わず。

 意表を突かれた僕は咄嗟に言葉が出なかった。

『イトコ』『あいつ彼氏いるし』

 その二つの言葉はとても簡単。

 なのにすぐに僕の口から出ることもなく。

 そう、まるで漫画や小説の定番だろ? と神様がイタズラしているかのように……


 その瞬間を愛理は割って入ってきた。


「帰るよ、勇斗」

「え? あ、うん」


 無表情な愛理に釣られて席を立ってしまった僕は、そのまま教室をあとにした。

 それを後悔することになるとは知らずに……。


 人気のないところに行き着いた頃に、愛理の『あの』問題発言というワケだ。


ーーわたしたち付き合うってことーー


「もう面倒じゃない? 説明すれば良いんだろうけど、それじゃあ言い寄ってくる人は減らないし」


 自分の立ち位置をわかっている愛理がとても清々しかった。まぁ、確かに実際そうだと思うが。

 だからと言って、その提案に乗るかどうかは別として。

 僕が口を紡いでいると「彼氏も安心するし」とか「珠世ちゃんに意識してもらえるかもよ」と言葉を続けた。

「なんで意識してもらうってなるんだよ、今更」


 そう。珠世ちゃんは僕たちがイトコって知っている。そんなことで僕を意識だなんて。一回振られてるし。


 わかってはいるのに、愛理の口から放たれる言葉の続きが聞きたくてならなかった。

 期待の眼差しを向けてしまう。


「あんた、バカね。今更だからよ」

「バカでも何でもいいから、わかるように説明しろよ」

「イトコ同士は結婚だってできるでしょ?」

「そんなの日本中が知ってるさ」


 今どき、漫画でもドラマでも流行らない。

 逆にイトコ同士なんて、実際は恋愛対象にすらなりにくい。僕たちは特に。


「勇斗にはさ、今までで一つも浮いた話なかったでしょ」

「うるさいな」

「たぶん、女の勘。珠世ちゃんは勇斗がずっと珠世ちゃんを諦めてないの心のどこかでわかってる」

「……えっ?!」


 芸人のような二度見を披露するとは。僕の綺麗な二度見をよそに、愛理は『うんうん』と頷いている。

 自分の言葉に確信を持っているようだ。


「女はね、未練を持たれてることってそんなに嫌じゃないのよ。でも適度にね。勇斗は見た目はそんなに悪くないし。それが急にわたしと付き合うってなったら……逃した!って少しは………」

「ならないね」


 食い気味に答えた。

 それはない。珠世ちゃんは僕の気持ちがわかってたとしても、それに酔いしれたりしない。

 たとえ僕が誰かと付き合ったってなんとも思わないさ。

 だって中学の頃、一言も話したことなんてなかったんだから。


「お願いっ! わたしを助けると思って」

「そっちが本音だろ」

「もう彼氏に言っちゃった」


 こういうところが愛理の母親そっくりだ。僕の母親(妹)は小さい頃から苦労したらしい。

 あぁ、今なら母の気持ちが痛いほどよくわかる。

 気がつくと「わかった」と小さく呟いてしまっていたんだから……。




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