運命的な妄想

甘木 銭

運命的な妄想

 ユメノは、不思議な予感を覚えて今しがたすれ違った男の方を振り向いた。


 ユメノには、所謂妄想癖があった。

 何か嫌なことがあった時でも、妄想の世界に逃げれば、一時でもそのつらさを忘れられる。


 どんな時でもベッドで目を瞑れば、外国のお姫様にも学校一の秀才にもなることが出来た。

 その世界の中のユメノは、現実とは違ってどこに行っても人気者であり、それがとても心地よい。


 生きづらい現実よりもこちらの世界の方がユメノにとっては大切で、本物だ。


 しかし最近、その妄想に邪魔が入りだした。

 全ての妄想に入り込んでくる謎の人物。


 顔が隠れていて何者か分からない彼は、ひどく不気味な雰囲気を纏っている。

 どう見てもいい人ではないだろう。


 元々が妄想なのだから考えることをやめてしまえばいいのだが、そういうわけにもいかない。


 ユメノの主な妄想の舞台は夢の中だ。

 いや、夢とも少し違う。


 入眠前の少しうつらうつらとした間に妄想に落ちる。

 つまり、ユメノは完全に眠っている訳ではない。


 しかし、彼が妄想の中に現れた時、何故かユメノは魂が捕らわれたように、その妄想の世界から逃げ出せなくなってしまう。


 本物の夢のように、狙って目覚めることが出来ない。

 体の感覚もない。


 そして、彼は段々と動けないユメノに迫って来る。


 影がかかっていて顔はよく見えない。

 だが口元にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていることだけはわかる。


 嫌だ、と必死に拒否し続けてようやく現実世界に戻って来るのがいつものパターンだった。

 最近は、妄想に浸っては彼に会って逃げてくるというのが常になっている。


 おかげでここ最近はまともに眠ることが出来ない。

 妄想する余地も無いほど狼狽してからようやく、気を失うように眠りにつくのだ。


 そんなに嫌なら妄想なんてしなければいい。

 分かってはいるのだが、そう簡単な話でもない。


 妄想は、ユメノの唯一の逃げ道なのだ。

 これが無くなっては、自分は現実に押しつぶされてしまう。


 私の現実は、あの世界にしかないのに。


 それに、妄想は毎回自分の意志と無関係に始まる。

 寝ようとベットの上に転がれば、自動で頭が動き出す。


 もはやユメノは、諦めて強引に寝付こうとするか、元から眠らないことより他に対策のたてようがなかった。


 数日続いた寝不足で、ユメノはフラフラと通学路を歩いていた。


 そして、今日とうとう見つけたのだ。

 夢の中ではなく、現実の世界で。


 あの顔のよく見えない男。

 目の前にいる彼も、顔をよく見た訳では無いが、しかし。


 あの男だ、と。

 すれ違った瞬間にそう思った。


 根拠はない。顔や外見が一致している訳でもない。

 しかし、これはなんとも説明しがたい直感のようなもので。


 相手の男も、ユメノの視線に気がついたのかこちらを振り向く。

 その口元には、あのいやらしい笑みが浮かんでいる気がした。


 間違いない。


 夢の中では、ユメノは動くことが出来ない。

 しかし、今なら。今この瞬間も足が動いているこの状態ならば。


 男は首を傾げ、また元の道に戻る。


 ユメノは、カバンを下ろしてペンケースの中からカッターナイフを取り出すと、完全に振り返って男の背中に向き合った。


 選択の余地は無い。

 ユメノは腕を掲げながら思い切り地面を蹴った。


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