聖者と詐欺師
MAY
第1話
第六感
視覚聴覚嗅覚味覚触覚。
人間の知覚を司る五つの感覚で、まとめて五感と呼ぶこともある。
そして、その五つに分類されない、立証できない感覚のことを、第六感と呼ぶ。
「そんなもの、存在するわけないだろう」
予知だ予言だ奇跡だと騒ぎ立てる愚者どもを見下げて、僕は独り言ちる。
万が一、億が一、実在したとしても、そんなものは人間の御せるようなモノではない。
だから、僕はトリックを使う。
見る者が見ればすぐにわかる単純なペテンだ。しかし、世界の真実に気付いたつもりの狂信者には何も見えやしない。
かつての教祖も使徒も、示した奇跡を今の科学で事細かに検証すれば、ネタの割れるペテンでしかないはずだ。そうでなくては、たとえ信仰をベースにした狂わしいものであっても、集団をまとめることなどできないからだ。
もしくは、本物の狂人を誰かが上手く利用したか、だ。
僕の父――そして、僕自身のように。
「司祭様」
呼びかけられて僕は、穏やかな慈悲に満ちた微笑を浮かべて振り返る。
「どうなさいました?」
我ながら堂に入った聖人面である。伊達に物心ついたときから演じているわけではないし、日々、どのように振舞えば聖人らしく見えるか研究しているわけでもない。
ペテン師に必要なのは、知力と演技力なのだ。
「すみません。また、娘の様子がおかしくなって……」
疲れた顔で告げる女性は、常連客だ。ちなみに常連でなくても顔と名前と相談事を覚える記憶力は必須である。
彼女の娘は重度の自閉症だ。彼らは自分一人の世界で生きているから、親であろうと理解できないことは多々ある。それは必ずしも親の責任ではないのだが、その責任を問われるのが現代社会だ。
「それはお困りでしょう。あちらの部屋でゆっくりお話を聞かせてください」
相談室へ誘導すると、彼女は明らかにほっとした様子を見せた。
いい年をした成人が、半分の年齢でしかない若造(ぼく)にすがる様は正直なところ滑稽でしかないが、それだけ物事を客観的にみる余裕を失っているということなのだろう。
「それで、どう言った様子なのでしょう」
向かい合わせのソファーにかけて、お茶を出す。部屋の内装は人間がリラックスしやすいように緑を多めに取り入れて、清涼感のある香を焚いている。お茶には少量の精神安定剤を混入してある。そうして、解決することのない悩みをうんうんと肯定しながら聞いてやるのだ。やっていることは要するに、ちょっとグレーで効果的なカウンセリングだ。
それだけで、彼らは少しばかり落ち着きを得る。そしてそれを僕の功徳だと錯覚するのだ。もちろん、僕には特別な能力も第六感もありはしない。ただ少しばかり、他人の望む言葉を推測するのが上手いだけだ。
一通り話を聞いて落ち着いた信者が帰っていくと、そのタイミングを見計らって庶務を取り仕切るスタッフがお茶を出してくれた。当然だが、こちらは先ほどのものとは違い、ただのお茶だ。
「お疲れ様です」
「いえいえ、これが僕の務めですから」
聖人の仮面を外すことなく応じる。顧客対応が終わった後に仕事の愚痴さえ言えないとは、まったくペテン師も大変だ。
聖者と詐欺師 MAY @meiya_0433
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