第19話イルマはおこです

 屋敷に戻るとイルマが胸の前で腕を組んで、玄関ホールで仁王立ちしていた。

 態度もそうだが、顔がもう怖い。ハロルドを盾にして、影からこっそりと首を出したらギロリと睨まれた。

「ハロルド様、ようこそいらっしゃいました。

 申し訳ございませんが、本日は旦那様も奥様もご不在でございます」

「えーと義姉上ならここに」

 ハロルドはひょいと体を退けると、わたしの手を取りイルマの前に差し出した。

「ああっ裏切り者ぉ!?」

「あら奥様そっくり、ですがきっと別人ですね」

「ちょ!? 失礼ねっ本物よ!」

「いいえ奥様のお隣には必ず近侍の私が控えていると自負しております。それが居ないということは、そのお方は奥様ではございません」

「それはわたしがっ!」

「わたしが……? なんでしょうか」

 一瞬でイルマの目がすぅと細くなった。

「ほら義姉上、ごめんなさいして」

 わたしが「えー」と不満げに声を上げたらイルマの目がさらに細くなった。

 あっこれヤバい奴!

「ごめんなさいイルマ、もうしないから許して」

「僕からも頼むよ」

「ハァ……

 大方奥様が我が儘を言ったのだと思いますが、どうかハロルド様、奥様をこれ以上甘やかすのはお止め下さい」

「分かったなるべく善処する・・・・よ」

 善処と言う言い方が気に入らないのかイルマの表情が少し曇った。


「ところでハロルド様。少々事実確認をさせて頂きたい事がございます」

「なんだろう」

「奥様はご自分の馬車で出掛けられたはずですが、ハロルド様がそうしろと仰ったのでしょうか?」

「いいや違うよ」

「ではなぜハロルド様が奥様を連れて戻っていらしたのでしょう?」

「たまたま郊外こちらの方に用事があってね、馬車を走らせていたら、見知った馬車が前方からやって来たから止めさせたんだ。

 そうしたら案の定と言う奴さ」

「お答えいただきありがとうございました」

「もう良いのかい?」

「ええ奥様がすべて悪いということがよーくわかりましたので……」

「ね、ねぇイルマ怒ってる?」

「いいえ怒っていませんよ。

 ですが奥様には少々お話がございますので、お部屋にお戻りください」

 嫌ぁぁめっちゃ怒ってるわ!

 部屋に行くとこのままなし崩しに叱られるパターンじゃない!?


「ね、ねえイルマ、ちょっと待って。そして聞いて欲しいの」

「なんでしょうか」

「今日はこれからハロルドが街に連れて行ってくれるんですって!」

「ハ、ハロルド様?」

 正に舌の根も乾かぬうちに~と言う奴で、珍しくイルマが狼狽した声を出した。

「ははは、ごめんね」

「だからさあ! 早く支度をするのよ!

 時間が無くなってしまうわ」

「あら今度は私も連れて行って頂けるのですね」

「うっ貴女って意外に根に持つのねぇ……」

「私の両親の教えによると、近侍は主人を写す鏡だそうです。

 もしも私をそのように感じると仰るのでしたら、きっとそれは奥様の日頃の態度がそう見せるのでしょうね」

「あははっどうやら義姉上の負けの様だね」

 笑顔で見送られて自室に帰ると、イルマは手早く支度をしてくれた。ただしその手を同じくらい早く口が動き、そりゃあもう叱られた。

 だけどこの程度で終わったのだし、ハロルドに感謝しないとだわ!



 身支度を終えて玄関ホールに戻った。

「さあハロルド準備が終わったわよ。どこに連れて行ってくれるのかしら」

「そうですねぇ義姉上は身重ですし、なるべく座れる場所が良いですよね。演劇は今日の今日でチケットは取れないでしょうし、食事……は大丈夫ですか?」

「大丈夫よ!

 なんでも美味しく食べれるわ」

「いいえそういう訳には行かないでしょう?

 お腹の子のためにもバランスが良い食事を食べて頂かないと困ります」

「ハロルドあなた……」

「な、なんですか?」

「いまの発言ルーカスよりよっぽど父親っぽいわ」

 わたしが思ったままを口にすると、ハロルドは唇を尖らせながら眉を顰めた。



 結局やって来たのはいつものカフェだった。

「以前義姉上に誘って頂いたお店で恐縮ですが、実はこのお店、最近若い令嬢からとても人気があるそうです」

 ええとても知ってるわ……

「この店では月初めにその月にちなんだ新しいデザートが出るそうです。

 今月はまだ始まったばかり、きっと義姉上も食べた事が無い品が出ると思いますよ。楽しみですね!」

 ごめんなさいハロルド、それもう先月食べました……


 食事の間、ハロルドが何度か心配そうにわたしを見てきた。

 しかしお腹のコレは唯の詰め物で、つわりも無ければ食事制限も無し。おまけに味覚だって一切変わってない。そんなに心配されると、なんだか申し訳ない気分でいっぱいになって来る。

 う~ん店の事といい、体の事といい、なんか謝ってばかりだわ。


 食事をすっかり食べ終えると最後のデザートがやって来た。

 ここで店の人が、わたしに気を使って別の品にしてくれた~なんてことは無く、先月食べ比べて選んだのが普通に出てきてガッカリしたわ。


「お腹が随分と大きくなりましたけど、いつ頃生まれるんですか?」

「そうね、大体あと半年くらいかしら」

「男の子か女の子かどちらでしょうね」

「無事に生まれてくれるならわたしはどちらでも良いわ」

 その手の質問のパターンはイルマと一緒に考えて、模範解答を作りまるっと暗記しているから抜かりはない。

 わたしはよどみなくサラサラと答えて行った。


「もう動くんですか?」

「お腹の子の話?」

「はい」

「ふふっ生きているのだからそりゃあ動くわよ」

 これはただの張りぼてだというのに、わたしの口は平然と嘘を吐いた。

「へぇ……凄いなぁ。

 もしも男の子だったら、その子が将来の公爵なんですね」

そうね・・・

 もっとも指摘されたくないことを言われ思わず上ずった声が出た気がする。

 気づいていないわよね?

 でも変に思われたかも……

「義姉上!? 大丈夫ですか顔が真っ青ですよ!?

 医者、いや産婆の方ですか?」

「だ、大丈夫よ」

「済みません、僕が無理に食事に誘ったばかりに……」

「ううん、ハロルドは何も悪くないわ」

 悪いのはきっとわたしと、……ルーカスよ。

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