第18話妊婦は出歩くと心配される
今日は義弟のハロルドが訪ねてきた。
「義姉上ご懐妊おめでとうございます」
「ありがとうハロルド」
爽やかな笑みもそうだけど、彼は癒しだ。
なんせ、妊娠してからこっち、女性のほとんどがお腹を見ながら『触ってもいい?』と聞いてくる。触られれば入っているのが肉ではなくて綿なのが知れるから、当然お断りするのだが、簡単にお断り出来ない人と言うのが世の中にいる。
母と義母。
この二人ははっきり言って鬼門だ。
お腹が張って痛いので~と断ってはみたが、このまま永遠に断り続けることが出来る訳がないのも分かっている。
近いうちに皮を鞣してそれっぽい物を造らなきゃいけないだろう。勿論その代金はルーカスに支払わせるつもり。
「今日はゆっくりして行ってね」
「いいえ。義姉上の元気な顔も見ましたしもう帰りますよ」
「えーそんなこと言わずに」
「母から『いまは大事な時期だから長居しないように!』と、きつく言われていますので」
まただ。
結婚当初、皆に遠慮されて暇を持て余した。それがやっと終わったというのに妊娠したらまた同じになった。
実際は何とも無いってのに、ううっ……
足早に帰って行くハロルドを見送り、ソファに持たれて身を崩す。
「奥様、お体に触りますよ」
「触るような物、何も入っていないわよ」
「では服がシワになりますから止めてください」
「はいはい」
「今日は奥様の為に美味しいケーキでも焼きましょう」
「ありがとうイルマ」
イルマは何も言わず一礼して去って行った。
三ヶ月、四ヶ月。
お腹に詰める物はどんどんと大きくなっていった。
そんな経験も無いのに、わたしは一体何をしているんだろう。とても馬鹿らしくなってきたが今さら嘘でしたなんて言える訳がない。
暇よ、暇すぎるわ。
妊婦じゃないけど、妊婦が出歩いているなんてあり得ないんですってよ!
「ねえイルマ」
「駄目ですよ」
「失礼ね。まだ何も言っていないわよ」
「いいえ言わなくても分かります。お外に出たいと仰るのですよね」
「えっイルマったら貴女わたしの心が読めるの?」
まさにわたしが考えていた通りの事を言い当てられてしまった。
「読めるも何も、毎日同じ台詞を言われれば誰だって続きは判ります」
「そう……
でもね、それは昨日までのわたしよ!」
「変装しても駄目ですからね」
「……もしかしてこれもわたし言っちゃった?」
「ええ先週末にお聞きしました。ついでに言うと、私に身代わりを頼むのも駄目ですからね。あとこのやり取り、今日はもう三度目です」
「くっ」
「奥様の好きなお菓子をお作りしますから我慢してください」
「わたしはもうお菓子なんかで釣られる年じゃないわ」
食べたけど!!
美味しかったけど!!
頼んでも駄目ならこっそり出かける以外にない。わたしはメイドを抱き込んでイルマの隙を作り、さらに御者を抱き込んで馬車を出させた。
流石のイルマもわたしがここまでするとは思っていなかったのか、まんまと屋敷を出ることに成功したわ。
屋敷を出て三分。
馬車がヒヒンと音を立てて停まった。
「どうしたの?」
「へぃあちらから来た馬車から人が降りてきまして道を塞いでるんでさぁ」
なんて迷惑な!
よりにもよって公爵家の馬車を停めるなんてきつく叱りつけてやるんだから!
わたしは馬車の小窓を開けてひょいと首を出して睨みつけた。
「ひゃっ!!」
「ハァ……やっぱり」
わたしは何も見ていないと慌てて首を引っ込めてはみたものの、その様な事が通じる訳も無く、馬車のドアがノックされる音が聞こえてきた。
「義姉上、隠れても無駄ですよ。
さあドアを開けてください」
ハロルドの落ち着いた声がドア越しに聞こえた。
「ねえ何でわたしだと判ったの?」
「だってその馬車、義姉上のでしょう。
普通に考えれば義姉上が乗っているに決まってますよね」
ハロルドはわたしが普段使いしている馬車がやって来たので、もしやと思って停めたらしい。
うう憎たらしいほど勘がいいわね!
「さあ義姉上、分かったらドアを開けてください」
「いやよ!」
優しい声に騙されるものですか、開けたら絶対怒られる奴じゃない。
それが解っていて開ける訳ないでしょ!
「いま開けてくれるならこのことは誰にも言いません。それどころか僕が誘ったという事で、一緒に謝罪してあげますよ」
「ほんとう!?」
怒られる覚悟を持って外に出たけども、そう言う取引があるなら悪くない。
わたしはすぐにドアを開けたわ。
「ハァ……これで開けてくれるのはきっと義姉上だけでしょうね」
「褒めて……」
「ないですよ」
「でもでも誰にも言わないって約束したわ。それに一緒に謝ってくれるって!」
「義姉上、よーく考えてくださいね。
誰にも言わないことと謝罪することって矛盾していませんか?」
「ず、ずるいわ! 騙したのね」
「理解したようですし早速決めて貰いましょうか。
僕が黙認してバレた時に一人で叱られるか、僕と一緒に叱られるか、さあどちらがいいですか?」
「そんなのバレなきゃいいのよ!」
ハロルドはため息を一つ吐いた。
「……ところで義姉上、いつもの近侍の姿が見えませんがどうしたんですか?」
「えっと、その……」
置いてきた、と言うか撒いた。
いまごろイルマはわたしが逃げ出したことに気付いているだろう。つまりとっくにバレていて怒られるのは確定済みってこと。
そしてイルマは、怒ると超が付くほど怖い。近侍なのに姉替わりと言う立場がいまは恨めしい。
「安心してハロルド! わたしも一緒に謝ってあげるわ!」
「しれっと僕を主犯にしないで欲しいのですけど……
でもまあ、ただで叱られるのも癪か……、分かりました、今日は気分転換に街に出掛けましょう」
「えっいいの!?」
「ええ、ただし妊婦の義姉上に何かあっては僕が困ります。念のため屋敷に戻って近侍を連れていきましょう」
「えー……」
「きみ馬車を屋敷に」
「畏まりました」
ハロルドはわたしの不満の声を無視すると、御者に勝手に指示を出した。
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