第13話マルグリット
ヴェーデナー公爵家別邸。
夜会が終わり屋敷に帰ってくると、愛しのマルグリットはもう就寝していてこちらを背にして眠っていた。
あの時、もう少しだけ待っていてくれたなら、彼女を誘ってダンスを踊りつつ楽しい会話も出来ただろうに。よりによって気位だけがやたらと高いエーデルトラウトに喧嘩を売るとは思わなかった。
エーデルトラウトもエーデルトラウトだ。
事前に聞いて事情を知っていたのに、ちょっと馬鹿にされたくらいで目くじら立てやがって! 幼い頃から変わらない気位だけが支えのバカ女のままだ。
俺は先ほどの夜会を思い出しながら乱暴に服を脱ぎ棄てていった。
すっかり脱ぎ終えて、夜着を探すがそれを探すには部屋の中は暗く、まあいいかとシーツを捲りベッドに入った。
その瞬間、背を向けていたマルグリットが動いた。
「すまん起こしたか?」
「最初から寝ていないわ」
マルグリットはぐるりと寝返りを打ってこちらに向いた。
薄明りにまだ目が慣れておらず彼女の表情は見えないが、口調からするに相当苛立っているらしい。
「そうだったか」
「あんなことを言われたのに、悔しくて寝られるわけがないでしょう!?
ねぇなんなのあの女!!」
一気に彼女の声のトーンが上がった。
「エーデルトラウト、俺の幼馴染で公爵家の貴族だ」
「公爵家ねぇ……
もしもよ、あの女がその地位を失ったらどう思うかしらね?」
薄明りの中なのにマルグリットの目は爛々と輝いている。
まるで狂気の……
いや止めよう。
「残念だがエーデルトラウトが地位を失うなんて万が一にも無いぞ」
彼女と俺が結んだ契約結婚、だから少なくとも俺が生きている限り安泰だ。
「ふふふっ可笑しい、万が一ですって?
砂のお城の間違いじゃなくて」
「そう言うからには、君には何か思うところがあるんだな」
「ルーカスは公爵家の跡取りよね」
「まあな」
「跡取りと言うことは将来は公爵家を継ぐのよね」
「そうなるな」
「じゃあその先は? 一体誰が公爵家を継ぐの」
「俺の子だが……、そうか」
俺とエーデルトラウトに肉体関係は無いから、子が産まれることは無い。
「ええそうよ。貴方と肉体関係を持たないあの女は一生跡取りが産めないの。
いつまで経っても子を宿さない妻。そんな者にいったいどこに価値があるのかしらね?」
「だが世継ぎは必要だ、どうすれば……」
「安心してルーカス、あたしが産んであげる」
「えっ本当に良いのか!?
あれほど頼んだのに、君は体の線が崩れるからってずっと……」
「ふふっそんなことは、もうどうでも良いの。
でもね一つだけ約束して頂戴」
「なんだろう?」
「あたしが産んだ子を必ず公爵家の跡取りにして頂戴」
「ああ。それはもちろんだとも。
だって俺は君以外と子供を作るつもりなんて無いのだからな」
「ありがとうルーカス。約束よ」
マルグリットの唇がそっと俺の口に触れた。
※
これを成すにはちゃんとした下準備が必要だ。
あの女はルーカスの幼馴染で、幼い頃から知る彼の両親とも良好な関係を築いている。だから結婚して間もないいまは子が生まれない焦りよりも信頼の方が強い。
だからまずはそれを焦らせる必要がある。
あたしはルーカスに、時期を見て両親にエーデラに妊娠の兆候が無いことを伝えるように言った。
「無茶を言うな。その様な話をどうやって両親に言うんだ?
そもそも俺が言ったなどとエーデルトラウトに知られれば、あいつはこの関係を暴露しかねないぞ」
「直接が無理なら間接的に伝えたらどうかしら」
「間接的?」
「ええあなたの友人に最近子供が生まれた人は居ないかしら?
その家の親から孫自慢でもされれば、腰の重いあなたの両親だって少しは焦り始めると思うわよ」
「なるほどな……
それならばできなくも無いか」
「両親からお小言を言われたら、あの女に間髪入れずにあたしとの子供の話をなさい」
「なぜだ?
これは大切な事だから落ち着いてから改めて話す方がいいだろう」
「落ち着いてから話して代案が出されたらどうするのよ。
そうなったらもう、あたしはあなたの子なんて産んであげないわよ」
「そ、それは困る!」
「あたしだってあなたとの子供が欲しいわ。
だから、お願い、ね?」
「ああ分かった、絶対にエーデルトラウトを説得してみせる」
ふっふふふ。
これで間違ってもあの女に子供が出来ることは無いわね。
でもあたしは子供をダシにして離婚を迫ったりはしない。
あの女に絶望を見せるのはもっと後、あたしの子供が公爵家を継いだ時よ。
その頃には、若さを失って処女を腐らせた高慢ちきな女なんて、どこにも行き先が無いはず。
そこで言ってやるのよ。
使用人としてならおいて上げるってね!
ああ可笑しい!
早く子供が生まれないかしら!!
「ありがとうルーカス。あたしの願いを聞いてくれて……
愛しているわ」
「俺もだよマルグリット」
その流れと夜会の鬱憤から、あたしたちは窓の外が薄らと明るくなるまで燃え上がった。
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