第12話お家夜会

 ヴェーデナー公爵家の若夫婦が開く夜会。

 その夜会の準備の最中の事、わたしは夜会を開くと気軽に言ったルーカスをとりあえず引っ叩きたい衝動に駆られていた。

 と言うのも、夜会の費用は旦那ルーカスが出すが、屋敷の中を仕切るのは夫人わたしの役目なので、雇った業者は何かにつけてわたしの元へやってきて確認を求めてくる。

 その忙しさったら半端ない。


 しかしその忙しさも今日までの事。

 今晩の夜会が終わればきっといつもの日常が待っているはず!

 最近はすっごく暇かすっごく忙しいのどちらかばかりで、神様は加減ってものを知らなくて困るわ。



 さて当日の今日は、朝から厨房がてんやわんやな状態で、今まで食べた事も無いわ~ってほどの手抜きな朝食と昼食を頂いた。

 昼食を頂いてすぐ、今度は複数台の馬車が入って来た。もちろん気の早い参加者がやって来たのではない。

 彼らはシュナレンベルガー公爵家じっかヴェーデナー公爵家とつぎさきの使用人たちで、本日の臨時のお手伝いだ。

 身元は保証済み仕事も確かとくれば、これ以上の助っ人がいる訳がない。


 一旦彼らを会場に集め、

「今日はよろしく頼むわね」と声を掛けたら執事に丸投げ。

 冷たいなどと言わないで欲しい。

 なんたって彼らが来たのは昼過ぎだ。

 そろそろわたしの身支度を始めないと不味い!!


 わたしがこれほど忙しい思いをしているというのに、言いだしっぺのルーカスは前々日の昨晩もその前の晩もそのさらに昨晩すらも、別邸に泊まりっぱなし。

 お金を出したっきり、一切何も手伝いやしない!

 そりゃあ引っ叩きたくもなるってもんよね!



 夜会開催時刻の二時間前。

 シュナレンベルガー公爵家の名代としてお兄様とお義姉様がいらっしゃった。

「ようこそいらっしゃいました。

 お兄様ったらまだ二時間も前ですよ」

「私もそう言ったのだけど、この人ったら聞かなくて」

 ふふふと楽しげに笑うお義姉様。

 目が……、いいえそんな訳ないわ、きっとわたしは疲れているのよ。

「だが夜会の準備が大変なのはアレクサンドラも知っているだろう?

 俺のエーデラが過労で倒れるかと思ったら、居ても立ってもいられなくなったんだ」

 妻よりも妹を~、またもお兄様は優先すべき順序を間違えた。

「お兄様ったら大げさですわ」

 まーじーでヤメテ!

 お義姉様の目がすごーく細くなってるから!!


「ところで、ルーカスはどうした?」

 もちろんまだ別邸だ。

 お昼前に確認したら二時間前に来ると言っていたからそろそろ来るはず。二時間前なら参加者はおらず、おかしな所を見られる事も無いと思っていたが、まさかこんなに気の早い人がいるとはわたしもあの馬鹿も思っていなかったわね。

 まぁこの人、わたしの実兄なんですけどね……

「えーと、そう言えばいませんわね。

 さっきまでそこに居たはずなんですが、どこに行ったのかしら?」

 これ見よがしに視線を彷徨わせてイルマに振った。

「先ほどあちらの方へ歩いて行かれたのは見ましたが、どこに行かれたのかは存じ上げません」

 そんな即興の問いかけにも、解っているイルマも口裏を合わせてくれる。


「ほぉこの忙しいときに仕事を押し付けてどこかに行くとは……

 あいつには夫の心得と言う物を、しかと教えてやらねばならんようだな」

 即興の嘘は妹大好きなお兄様の心に火を点けたらしい。

 もちろん擁護なんてしない。

 準備をサボって別邸に入り浸っていたのは本当の事だもん。


 わたし直々に引っ叩きたいと思っていたが、その権利はお兄様に譲ろうと思う。だから手加減抜きで思いっきりお願いしますわっお兄様!!







 夜会が始まるとわたしは、ルーカスの手を借りてホールの階上から会場に入ると、会場から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

 わたしたちを見上げる参加者の顔ぶれは若い。

 今日の参加者は、主催者のわたしたちに合わせて、当代の貴族ではなくわたしたちと同じ次世代ばかりだから当然だろう。

 何の気なしに会場を見渡したが、その中の一人。壁寄りの方で連れも無く一人きりで立っている薄い若草色のドレスを着た女性が目に留まった。

 話したことも紹介されたことも一度も無いが、わたしにはそれが誰だか知っている。

 マルグリット。

 ルーカスの愛人だ。

 ふと気になって視線を上げると、ルーカスは口元に笑みを湛えてその一点をジッと凝視していた。それはもう愛おしそうに……

 こいつ馬鹿なの?

 わたしは借りていた手を周りから見えないように思いっきりつねってやった。

「ッ!」

「ねえルーカス。みなさんに手を振ってあげたら」


 ルーカスは身をかがめ、わたしのほうへ顔を寄せてきた。

「(おまえなぁ痛いだろうが!)」

「(あなたねぇじっと見つめて、本気で隠す気あるの!?)」

 口調は剣呑、しかし顔には笑みを浮かべたまま二人でいがみ合った。だがホールから見ている人は顔を寄せていちゃついているようにしか見えないだろう。

 何となく見てみれば視線の端ではマルグリットの顔が嫉妬に歪んでいた。

 あんたもか!?

 二人して隠すの下手過ぎでしょ!!



 夜会が始まるとわたしとルーカスは参加者に囲まれた。

 今回の夜会の目的は繋がりは薄い人との顔繋ぎ。しかしこれはわたしたち側の話で、彼らからするとこの機会を逃すまいと必死なのだ。

 早くマルグリットの所へ行きたいのか、ルーカスは挨拶もそこそこにばっさばっさと会話をぶちきって行く。

 そんなことをされれば印象に残る訳も無く、ぶっちゃけわたしは両手を越えた辺りで相手の顔を覚えるのを諦めた。


 男はじゃがいも、女は人参。

 もうこれでいいやと諦めたころ、薄い若草色のドレスを着た女性がやって来た。

初めまして・・・・・マルグリットです」

 へぇ~この女、いい度胸してるじゃない。

 まさか直接やって来るなんてね。

 ルーカスも大概馬鹿だけど、この女も馬鹿なのね。ある意味お似合いだわ。


「初めましてマルグリット。

 ところであなたはどちらのマルグリットさんかしら?」

「マルグリット……あ~! シガンシナ家のな!

 知ってるよ、うん!」

 ちなみにこんな予定は無かったのだろう。ルーカスが目に見えて狼狽えていて滑稽極まりない。

 公爵家の夜会ここで爵位の無い家名を名乗るとか、あんたたち隠すつもり無いでしょ!?

 まったく! 狼狽えるくらいなら黙ってなさいよね!

「まあ怖い。夫を睨みつけるなんて、恐妻家でいらっしゃるのね」

 ザワッと周りが揺れた。


 へぇそういう事言っちゃうんだ。

 ルーカスの涙ぐましい努力に免じてこれで許して上げようと思っていたのに、もうそう言う訳にはいかなくなった。

 どこの誰とも知れぬ者に馬鹿にされて放置できるほど公爵家の名は軽くない。

 精々自分の愚かな行為を後悔なさい!


「無礼な人ね。間違って会場に入ったのならお帰りはあちらよ。

 もしも一人で行くのが不安ならば使用人に案内させるけれど、必要かしら?」

「お、おいエーデラ!?」

あなたは・・・・、黙っていてくれるかしら」

「ふんっ!」

 マルグリットは踵を返して会場から出て行った。

 少しくらい言い返すかと思ったが、周りの目が迷惑そうに向けられていて、敵しかいないことに気付いたのかもしれない。


 そしてわたしは、すっかりマルグリットの後ろ姿を見送ってから思い出した。

 確か今日の夜会はあの女の為に開いたんじゃ無かったかしら?

 何よこれ! とんだ無駄骨じゃないの!?


 なおこの後のルーカスの荒れっぷりはそれはもう酷かった。

 だけど自業自得だもの、知った事じゃないわね。

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