第14話デート?①

 レストランに助言をしてからひと月後。

 お店のその後の経過を見るためと、色々な事情を兼ねて、わたしは再びあのレストランにやって来た。

 個室を借りて一人で入り、待ち合わせの相手を待つ。


 待ち合わせ時間の十分前、

「失礼いたします。

 エーデルトラウト様、お連れ様がいらっしゃいました」

「そうありがとう」

 店員に案内された入って来たのはハロルド。

 しかし今日は、いつもの爽やかなマスクは鳴りを潜めていてやや仏頂面だ。


「義姉上、こんな所に呼び出すなんて困るよ」

「こんにちはハロルド。挨拶を忘れてるわよ」

「……こんにちは義姉上」

「そうそうハロルドに一つ良い事を教えて上げる。

 女性に挨拶をするときは、もう少し言葉を飾ると良いわね」

「こんにちは。義姉上は今日も一段とお綺麗ですね。

 それで、今日はいったい何の用ですか?」

 ハロルドは唇を尖らしつつ向かいの席に座った。

「そう言う時の口調がルーカスそっくり、やっぱりあなたたちは兄弟なのね」

「悪いけどまったく褒められている気がしないよ」

 確かに。ルーカスみたいって褒め言葉じゃないし……

 いいえ、あの馬鹿と同列扱いって、むしろ侮蔑の言葉に入るんじゃない?

「ごめんなさいハロルド」

「うん? 何の話ですか」

 唐突な謝罪は、きょとんとされて終わった。


「えーと、そうそう! ルーカスから話は聞いたわ。わたしの為に怒ってくれてありがとう」

「そうですか、でしたら何故また僕をお誘いに?」

「お礼がしたくて」

「悪いけど僕はそう言うつもりで兄上に言ったんじゃないよ」

「ハロルドはそんなにわたしと一緒が嫌?」

 さっさと席を立とうとしたハロルドをわたしは慌てて止めた。


「嫌って言うより、その、困るかな」

「そうよね。わたしと一緒に居たら他のに勘違いされちゃうもんね」

「か、勘違いなんて、僕にそう言った特別な相手は居ないよ」

「じゃあ何の問題も無いのね、良かったわ」

「まったく……、義姉上はずるいなぁ」

 自分でもズルい自覚があるのでこれを突っつくのはそれこそ藪蛇だろう。


「まあいいじゃない。

 今日はお礼だからここはわたしが奢るわ。さあなんでも好きな物を頼んで頂戴」

 再び露骨な話題転換だったが、今度はハロルドも席を立ったりせず、苦笑を浮かべるに留めていた。

「解りました。

 じゃあ素直に奢られておきます」

「ええ! お姉さんにどんと任せなさい!」

「……お姉さんですか」

「義理じゃないかとか言わないでよ?」

「ハハハ……そんな事言いませんよ」

 普段の爽やかさは鳴りを潜め、彼は物憂げな表情を見せて苦笑を漏らした。

 う~んなんだか急に暗くなったなぁ?


「ささ好きなの選んで」

 雰囲気を変えるために、わたしはことさら明るく振る舞った。

「じゃあ僕は義姉上と同じもので」

 その甲斐あったのか、ハロルドはまた爽やかな笑みを見せてくれた。

「あらそう?

 そう言って貰えると助かるわ」

「助かる?」

「いえこっちの話」

 実はまだ来月の新作デザートの監修が終わっていないのだ。そして仕入やら準備を考えるとそろそろ決めないと不味い。

 候補はすでに上がっているから後は食べて選ぶだけ、先月のわたしなら嬉々として食べただろう。

 否、実際に食べた。


 その結果はお腹についた贅肉。

 それもちょっとやそっとじゃないレベル。

 それを解決したのは、鬼と化したイルマの徹底した食事制限と運動だった。

 やっとそれから解放されたというのに……


 それがまた来るとか!?

 あーもう!

 お兄様はなんでこんな契約をしたのかしら!!



 食事の注文は普通に通した。

 しかし実は、事前に食事はやや少なめになるようにと、店主にお願いしてあったので一品の量は少々控えめで提供されている。

 そしていよいよデザート。

 色取り取りのデザートが乗せられたお皿がテーブルに八つと大盤振る舞いだ。


 どれも美味しそう!

 だが迂闊に手を出してはいけない。

 それをすれば間違いなく先月の二の舞だわ!

 その証拠に、後ろに控えているイルマが『解っていますよね?』とばかりに険しい顔で睨んでいる。


「えっこんなに……?」

「あら甘い物は嫌いだったかしら」

「子供の頃は好きでしたけど、いまは殆ど食べませんよ」

「じゃあこの機会にお腹一杯食べて頂戴、そして気に入ったのがあったら教えて」

「……その言い方、何か裏でもあるんですか?」

「ええ実はそうなの。

 ここのデザートが美味しいと聞いたのだけどね、一人だとこんなに沢山食べられないじゃない?

 でも二人で分け合えばいろいろ試せると思ったのよ」

 下手にすべてを隠すよりは、最初から裏があったと認めてしまう方が、真実を隠しやすいというのはお兄様の教えだ。


「確かに二人ならそうですけど、この量は流石に……」

 まあ八皿だもんね。

 ハロルドが引くのも理解出来るわ。

「ごめんなさい。恋人でもないのにわたしの食べかけなんて嫌よね」

 幼い頃からの経験で、こう言えばハロルドが嫌だ言わないのは知っている。

 ほんとーにごめんなさいハロルド! でももうあの辛いダイエット生活は嫌なの!!

 イルマが本気で怖いのよ!!

「まさか!

 解りました義姉上が残した分は僕が全部食べます。お好きなように食べてください」

「ありがとうハロルド!」

 せめてものお礼に、一皿終わるたびに『うわー凄い!』『頑張ってハロルド!』『沢山食べる男性って惹かれるわ~』とわざとらしい声援を送った。


 その必死な様を見て、来月は家に運ばせてお茶会で振る舞おうと誓った。

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