第6話義弟
演劇に行く日、ハロルドは新居の方に迎えに来てくれた。
ルーカスに『今日はハロルドと一緒に演劇に行く』と伝えてあったので、最初だけルーカスも玄関先で彼を出迎えた。
「よおハロルド。今日はエーデラが我が儘を言って悪かったな」
「ちょっと自分の事を棚に上げて我が儘とか言わないでよ」
まったくもってその通りで、これから愛人に逢いに行く人にそんなことを言われたくないわ。
「ははは……、僕に兄上の代わりが務まるかどうかわかりませんけどね」
「あらわたしはルーカスの代わりなんて要らないわ。
ハロルドはそのままでいいの」
ルーカスを真似して愛人を囲われちゃ堪らないわ。
彼は純情無垢なままでいいのよ!
「お、おいエーデラ!?」
「ほら用事があるんでしょう、さっさと行きなさいよ」
「うっ……。分かったよ。
じゃあなハロルド、頼んだぞ」
「ええお任せください」
ルーカスはポンと彼の肩を叩いて玄関から出て行った。
とても自然に出かけた見えるが、この後の流れを思うと情けなくて呆れ顔が浮かぶ。
まず馬車に乗って門を抜けるでしょ~
五分ほどぶらっと街を一周して再び裏門から入り、本邸の裏手にある愛人の待つ別邸へ向かうのよね。
こんなみっともない間男の様な行動をしているのが、将来の公爵閣下だなんて誰も思わないでしょうね。
おっとわたしも急がないと。
「じゃあ行きましょうか」
「はい!」
早く愛人に逢いたいばっかりのルーカスだ。
ここで長話をしていて、戻って来たルーカスと鉢合わせするのはごめんよね。
ハロルドはルーカスの弟だから、わたしにとっては義弟になる。
このような関係を疑ってくれるなと思うのだが、例え義弟でも血が繋がっていない男性と二人きりで劇場のボックス席に入ったのが知れれば、よからぬ噂が立つのが貴族社会だ。
そんな訳で、本日はわたし付きの近侍イルマも同席させている。
近侍の一人が増えたくらいで何があるのかと思うのだが、彼女がいるかいないかで周りの反応が変わるのも貴族社会だろう。
「あの義姉上、本当に僕で良かったのですか?」
「ええ勿論よ。
と、それは良いのだけど……
ハロルド、その口調何とかならない?」
「へ、変ですか?」
「変だわ。何で敬語なのよ」
わたしと彼ら二人は幼馴染で、そもそも敬語を使う様な関係ではない。
以前はもっと砕けた、友達の様な口調だったのに、ルーカスとの結婚話をしてから何やら一線を引いたかのようによそよそしくなった。
「義姉上に失礼かと思いまして……」
「むしろ他人行儀に聞こえて、嫌われてるのかと思っちゃうわ」
「そんなことありません!」
顔を真っ赤にして即否定された。
あーそう言えばわたしが初恋の相手って言ってたわね。もしかして義弟だからって気軽に誘ったのは失敗だったかしら。
でも待って、これを聞かなかったことにすると後々問題が出そうよね?
悩んだ末に、目一杯大人ぶった顔で微笑みつつ「あらありがとう」と返しておいた。するとハロルドは耳まで真っ赤になり下を向いてしまった。
ええっそう言う反応!?
愛人を囲う兄に比べて、なんて
今日は近侍のイルマを入れて三人なので借りた部屋はそんなに大きくはなく、大ぶりのソファが一つ、後ろに近侍用の椅子があるのみだ。
まずわたしが、ハロルドにエスコートされて大ぶりのソファに座った。
そしてハロルドは間にたっぷり一人入るほどの間隔をあけてソファに座った。大ぶりとは言え三人用。わたしがやや中央なのに、彼は思いっきし端っこだ。
ボックス席は外から見えない造りになっているが、もしもこの様子が見られでもすれば、わたしが義弟を虐げているようにしか見えないだろう。
「ねえハロルド、何でそんなに端に座るの?」
「え!?」
するとハロルドはギクリと聞こえそうなくらい引き攣った顔を見せた。
はは~ん、恥ずかしいのね。
そうと解ると俄然からかいたくなって来るわね。
ささっとイルマに視線を送ると、彼女は無言で首肯した。
するとイルマはてきぱきと動き始め、ソファの中央に脇テーブルを設置してドリンクやお菓子などの準備を始めた。
彼はソファの端だから当たり前だが、そこはわたしからは程よい位置で、ハロルドには少々遠い。
「ハロルド、実はお菓子を持って来たの。
手作りなので口に合うと良いのだけど、遠慮なく食べて頂戴ね」
断りにくいように、手作りだとアピールした。
ちなみにこれを焼いたのはイルマだが、わたしが作ったとは言っていないので、決して嘘ではない。
「ありがとうございます!」
とても素直な返事が返ってきた。
いま『ありがとう』と言ったわね?
薦められた物を食べないなんて失礼に値するのだけど……
ふふふっ、その位置から届くのかしら?
一向に手が伸びてこないまま、演劇が始まった。
いつになったら諦めてこちらに寄ってくるのかしらとほくそ笑んでいたら、ソファの端から手がひょいと伸びてきた。届かないと思っていたはずの手は、あっさりとテーブルの上まで伸びて、お菓子を掴んで去って行った。
はぁ!? あれ届くの!?
むむむっ背が高いとは思っていたけれど、こんなに育っていたなんて。どうやらわたしはハロルドの成長っぷりを甘く見ていたらしい。
演劇の幕間。
「ふぅ少し疲れたわね」
実際はそれほど疲れてはいないのだが、これ見よがしに体を動かして居心地の悪さをアピールした。
こういった席で女性がそう言うと、決まって令息らは肩を貸してくれるのだ。
しかしそんな場所に居ては肩なんて貸せないわよ?
「分かりました。受付でクッションが借りられるか聞いてきます」
ハロルドは爽やかな笑顔を見せながら颯爽と去って行った。
ほんの数分、彼はクッションを手にして帰って来た。
ぐぬぬ……
いっそ無暗に体に触れない分、こっちの方がスマートじゃないの!
二度までも躱されると俄然やる気が湧いてくるのがわたしだ。
次は何をしてやろうかしらと考えを巡らせている内に演劇が終わってしまった。正直、演劇の内容はあまり残っていない。
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