第5話暇を持て余す

 結婚式から激動の一ヶ月が終わった。

 誘われるまま、夜は週に二~三のペースで夜会に参加。昼も同じく、週に二~三のペースでお茶会に行った。

 昼の後の夜なんて日もあって、そりゃあ疲れるわ~と納得することも。

 しかしこれは公私の公、つまり公爵家の妻としてのいわばお仕事・・・だから、その分はきっちりお給金に反映されて返ってくるので、悪い気分ではなかった。


 さて忙しかったこの一ヶ月、問題の愛人はと言うと。

 ルーカスが週の半分近く、わたしと夜を過ごしていたことが気に入らないらしく、大変ご立腹だそうだ。

 ちなみにこの情報は、唯一二人で取ると決めた土曜日の晩餐の席で聞いた。

 愛人持ちの男と食事を共にするなど真っ平御免だけど、まったく会わないと節々で話の齟齬が生まれるからと、情報交換の意味合いで設けたのだ。


 その大切な第一回目。

 ルーカスは半泣きで、愛人激怒それを報告して来て、『しばらくパスさせてくれないか?』と嘆願して来た。

 生活を始めて早々の泣き言に本気で隠すつもりがあるのかと憤り、気が付いたら食前酒の入っていたグラスを横に振っていた。

 パシャっという涼やかな音が聞こえて、我に返り、状況から先ほど取った自分の行動を知った。

「す、すまん……」

 これほどわたしが怒ると思っていなかったのか、ルーカスはおろおろと目を泳がせて謝罪を口にした。

 一瞬でカッとなったが、もうとっくに覚めている。

 そして冷静になって考えてみれば、最近は夜会で嫌と言うほど顔を合わせているのだから、土曜日にわざわざ無駄な時間を浪費して、こんな男ばかと一緒に食事をする必要が無いことに気付いた。

 少しやり過ぎたけど、まっ謝罪は要らないわよね。

 わたしはなるべく恩着せがましく聞こえるように意識して、

「いいわ。今ので許してあげる、今月は好きになさい」と言ってやった。

「ありがとうエーデラ!」

 するとルーカスは感動したのか、涙目でお礼を返してきた。

 ねえ……、食前酒を浴びせられてお礼を言う男って、なんなの?




 さてすっかり落ち着いた二ヶ月目。

 本当に結婚していたのならば、もう少し違った感想もあっただろうが、これは偽装結婚だから、わたしにとっては住む場所が変わっただけで特に思うことは何もなかった。


 いや違う、すっかり暇を持て余していた。


 まず実際がどうかは置いていて、わたしは新婚と言うことになっている。

 最初の一ヶ月は、友達がやってきてお祝いを言ってくれた。だがそれが終わったいまは、『新婚だから邪魔しちゃ悪いわよね~』と言う風潮に変わって、皆が遠慮して訪ねてこなくなった。

 じゃあこちらからと誘ったのだが答えは同じ。

 あのグレーテルでさえ、『しばらくは止めておくわ』と言って断って来たのだ。


 一人でお茶を飲み、本を読んだ。

 それでも暇なので、刺繍をして時間を潰してみた。妻から~と言える品がある方が良かろうと、気を利かせて刺繍のハンカチなどをルーカスに贈った。

 すると、

「言い訳の品としてとても有難いが、あんまり貰うとマルグリットの機嫌が悪くなるから……」

 とか言って断って来た。

 どうやら他の貴族ひとに聞かれたときに見せられる、ほんの二~三枚で良かったらしい。

 なんだそれは! 暇に任せてかなり作ってしまったというのに!!

 まあいいや、お父様に送りつけておいて、後でお小遣いを強請ろう。



 二ヶ月目、最初の土曜日。晩餐の席にルーカスがやって来た。

 愛人のご機嫌取りで先月は無かったのでこれが二度目だ。

「ねえ屋敷で今度お茶会を開きたいのだけどいいかしら?」

「うーん。先月、金を使い過ぎたからな。しばらく控えめに頼みたい」

「ふぅん。

 わたしとっても暇なんだけど?」

「そう言われてもなぁ……

 じゃあ買い物はどうだい? ここに商人を呼ぼう」

 何とも景気の良い台詞だが、結婚前の取り決めによれば、自分の物は自分で買うことになっているから決して『俺が払うから好きなだけ買えよ』と言う意味じゃない。

「見せる相手もいないのに何を買うのよ」

「確かにそうか……

 ああそうだ、エーデラが好んで読んでいる物語が演劇になったんだが、観に行ってみたらどうだろう?」

「劇場にわたし一人で行けと?」

 貴族の女性がエスコートなしの一人ってのがまずありえないのだが、それに加えて貴族が演劇に行くと言えば、ホール上に造られたボックス席を丸ごと借りる。

 ボックス席とは小さな部屋の事だから、そこで一人で観るとか痛過ぎでしょ。

「うっ……、友達を誘うとか……?」

「皆には『新婚でしょ、旦那を誘いなさいよ』って言われて断られたわ」

「……」

 ついに無言になった。

「役に立たない男ね」

 そう言うと不満げにこちらを睨みつけて来たので睨み返してやった。睨みあう事も無く視線はすぐに反れて行った。

 ハァ……。

 役立たずの上に情けない男ね。




 先ほどは、ああ言ってみたが、演劇に行くのは悪くない案に思えた。問題は一緒に行く相手だが、旦那は偽物で、女友達には新婚を理由に断られた。

 お父様を誘うと旦那を誘えと言われるに決まっているから除外するとして、残すは、妹に甘いお兄様か、義弟のハロルドのどちらかだ。

 お兄様はどれだけ忙しくともわたしの我が儘を聞いてくれる。だけど本気で忙しくても付き合ってくれるから、後々しわ寄せがお父様に行く可能性があるのよね。

 そこでポロっとこの話が漏れたら最悪だわ。

 となると……、誘うべきなのはハロルドかしら?


 わたしは先触れを出してからヴェーデナー公爵家に向かった。玄関先でお飾りの挨拶をすると応接室に通される。

 まずやってきたのはお義父様とお義母様のお二人。

「よく来たねエーデラ」

「お久しぶりですわ。お義父様、お義母様」

「それであいつはどうだね?」

「とてもよい旦那様ですわ」

 これっぽっちも思っていなくても、さらりと嘘が言えるのが女の特徴よね。褒めすぎないように注意しながら、それなりに持ち上げていると、ハロルドがやって来た。


「お久しぶりです義姉上」

「久しぶりねハロルド。

 でもそれじゃ駄目。正しい挨拶は『エーデラ姉さん、今日は一段と綺麗ですね』よ。さあほら言ってみて」

 からかうようにそう言うとハロルドは顔を真っ赤にして困り顔を見せた。

「ふふふっエーデラちゃん、あんまりハロルドをからかわないで上げてね」

 お義父様とお義母様はそう言いながら笑顔で退室していったのだが……

 無理でしょ?

 こんな露骨に顔に出してくれるんだもん、普通からかうわよね。


「えっと今日は僕に何の用ですか?」

「お姉さんとデートしましょう」

「ええっ!?」

 それを聞いたハロルドは目を見開き、耳まで真っ赤に染めた。

「デートよ。今度の日曜日でどうかしら」

 わたしは演劇の席を取るから一緒に行きましょうと誘った。

 さらに顔を真っ赤に染めたところを見るに、ハロルドはボックス席の意味を知っているのだろう。

 階上に設置された小さな部屋。

 こんな外から隔離された部屋に、男女で入るということはつまり親密な間柄と言う意味が付いてくる。

 しかしハロルドは幼馴染で、おまけに義弟だから何の問題も無しよね。


「え、えっと。あ、兄上は?」

「生憎その日はお友達と予定があるそうよ」

 嘘は言っていない。

 わたしと話をする土曜日の晩餐以外、お友達あいじんとの予定がびっしりだもん。

「本当に僕なんかで良いんですか?」

「もちろん。ちゃんとエスコートして頂戴ね」

「は、はい! 頑張ります!」

 とても元気の良い返事が返ってきたわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る