第4話新たな生活
結婚するとすぐにあちらこちらから夜会やお茶会の招待状が届いた。
まず出席すべき相手とする必要のない相手を切り分ける。
さてわたしとルーカスの意見だが、絶対に出席すべき相手はほぼ一致し、出席の必要のない相手も概ね一致した。
最後に残ったのはどちらとも言えない相手。
「これらは今回は見送ってもいいのではないか?」」
「あらそうかしら? 結婚したてのいまだからこそ、わたしは出るべきだと思うわ」
わたしの意見にルーカスはうむぅと唸った。
それもそのはず、今回のお誘いの趣旨は『未来の公爵夫人の顔見世』の意味合いが強い。つまりわたしの意見こそ正論だ。
「しかしなぁ……」
再び渋るルーカス。
「ねぇもしもわたしの身支度や、特別手当の代金が惜しいという理由なら、みっともないから止めた方が良いわよ」
まだ領地を正式に引き継いでいないルーカスは、お義父様のお仕事を手伝ってお金を稼いでいる。その額は多く、普段暮らしで、いや公爵らしい振る舞いをしても、決して尽きるような額ではない。
ただしそれは、愛人を囲っていたり、偽装妻に特別手当なんて名目のお給金を払わなければ~と言う注釈がつくけどね。
「しかし無い袖は振れないというか……」
「じゃあ翌月払いにしてあげる」
いままで貯めていたお金はきっと別邸に散財したのだろうと予想する。あちらに運び込まれていた家具などは一級品だったし、使用人の数もそれなりに多かったもの。
「なに!? 俺に借金しろと言うのか!?」
「借金って大げさねぇ。
だいたい夜会ラッシュの次は、わたしはお茶会、貴方にも既婚の男性貴族からお誘いが来るはずよ。
ここで足りないなんて言っていられないんじゃなくて?」
「お茶会か……
なぁお茶会と言うのは、女性らが集まって、お茶を飲んでお菓子を食べるだけのことだろう?
その様な集まりに参加する必要があるのか」
ルーカスは自分の付き合いは棚に上げて、こちらの方にはかなり渋めの声を漏らした。幼馴染のままでは知り得なかった、彼の懐の小ささを知ったわ。
「そうねぇ。普段はそれほどでもないけど、今回はこちらも夜会と同じで顔見世よ」
「だったら、これだけ夜会に出るのだ、そちらは欠席してくれないだろうか?」
夜会で顔を見せたからと言って欠席して良いかと言えば、きっと否だろう。
夜会には夜会の、お茶会にはお茶会の、それぞれの力関係がある。公爵夫人ともなれば、どちらも手を抜くわけにはいかない。
「わたしは貴方が出るなと言うのならば従うけれど、きっと三回も欠席しないうちに、お義母様がやってきてお叱りを受けるでしょうね」
「くぅ……分かったよ」
お義母様の名前が出ると弱いのか、ルーカスは渋々了承の返事をした。
「ところでエーデラ、俺は君への特別手当が高すぎるんじゃないかと思っているんだがどうだろうか?」
結婚する前に、わたしたちは普段の夜会の回数から特別手当の金額を決めた。普段の回数に新婚の顔見世なんて予定は入っていないので、分母になった回数は当然少なく、特別手当は少々高額に設定されていた。
わたしは、最初はきっと多いだろうな~と気づいていたが、言わなかっただけ。
「あら。これは二人で決めたことだわ」
「だがこれほどの数が来るとは思っていなかっただろう?」
ここで気づいてたなんて言えばもめるに決まっているから、茶化すように笑みを浮かべながら、
「ふ~ん結婚して一週間で約束を違えるつもりなんだ~」と言ってやった。
ルーカスは一瞬悔しそうに顔を歪ませたが、すぐに不満そうに顔を歪めた。
「俺の考えが浅はかだった。申し訳ないが回数割引を導入してくれないだろうか」
この態度、どうやら本当にお金が足りないみたいだわ。
「ハァ……公爵家の次期当主がお給金を値切るなんて、無様ね」
思わず本音がポロリと漏れた。
「あーもう! なんとでも言え。だから頼む!」
「来月払いよ」
「回数割引だ!」
ルーカスは頑なに
う~んこれ以上はアレかしらね?
「分かったわ。回数割引に応じる」
「ありがとうエーデラ!!」
よほど嬉しかったのかルーカスは興奮してわたしの手を掴み両手で握りしめた。
その手をぺいっと払い除けて、
「これは貸しよ。いいわね」と言ってやった。
結婚して初の夜会はソルヴェーグ侯爵家で開かれた夜会だ。新婚に相応しい明るめドレスを着てルーカスと二人で参加した。
新婚と言っても偽装結婚だし、そもそもルーカスとは結婚前にも何度かパートナーとして夜会に参加しているから、いまさら新鮮味も何もない。
そして未来の公爵夫人に相応しいか~という話も、元々わたしは公爵家の人間だからいままで通りの振る舞いで何の問題も無く、こちらでも緊張のしようが無かった。
さて実際はこの様な無難な結果になっているが、初回に
ソルヴェーグ侯爵家のブレージはルーカスの友達で、その妻のグレーテルはわたしの友達だ。
つまり少しくらい失敗しても問題ない所をチョイスしたつもり。
「「結婚おめでとうルーカス、エーデルトラウト」」
「ありがとうブレージ」
「ありがとうございますブレージ様、それからグレーテル」
「もう! 私はおまけじゃないわ!
ところでエーデラ私に何か言うことは無いかしら?」
「別に無いけど」
「貴女ねぇ。いつ聞いても付き合っていないと言っていた癖に、やっぱり付き合ってたじゃないの!!」
グレーテルは可愛らしい唇を尖らせながらわたしをねめつけてきた。
「あら付き合ってないわよ。
あまりにも相手が決まらなくて仕方なくって奴よ」
「ふ~ん。ルーカス様、新妻にこんな事言わせるなんて、ちゃんとエーデラの事を愛しておられますか?」
「手厳しいな、もちろん愛しているさ」
他の人が見ても解らないだろうが、幼馴染のわたしには彼の顔が少々引き攣っているのが解った。
もう少し上手く隠さないと気づく人は気づくわよっと、借りていた腕を他から見えないようにこっそりつねった。
「イッ」
「い?」
「いやあ喉が渇いたな~。愛するエーデラ、何か取ってこようか」
「ええお願いするわ、
咄嗟に取り繕ったようだが違和感ありまくり。
ふんっまだまだね。
ルーカスとブレージが共だって離れていくと、
「ねえねえ、実際はどうなのよ?」
「どうって?」
「ルーカス様よ、幼馴染が旦那に変わった感想は?」
「別に変らないわ」
「うわクール~、あなたってば相変わらずねぇ。もうちょっと隙を見せて甘えて上げないとルーカス様もきっと困っていると思うわよ」
大きなお世話だと思ったが、「おいおいね」と心にもないことを返しておいた。
一番の友達だったわたしが結婚した事で、やっと妻の話が出来るとグレーテルはとても嬉しそうに微笑んだ。
しかし実際は結婚ではなく、偽装結婚で、そのような屈託のない笑顔を見ていると少し罪悪感が湧いた。
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