第7話兄

 先日付き合ってくれたお礼にと、ハロルドに刺繍入りのハンカチを贈った。すると代わりに大きな花束が返って来た。

 この態度をハンカチを貰ったら『多すぎだ』と、愚痴を返してきたルーカスあにに少しは見習ってほしいと思う。



 イルマがお返しの花を部屋に飾ってくれた。

 花瓶に飾られた花を見ながら、そう言えば先日お父様にハンカチを送ったなと思い出した。しかもハロルドと違っていまだお返しは無い。お父様もそちら側の人間だったかと少々残念に感じた。

「そう言えば今日も暇なのよね」

「ええ特にご予定はございません」

 決して催促しに行くわけじゃないのだけど、暇なんですもの、たまにはシュナレンベルガー公爵家じっかに行ってみるのも悪くないんじゃない?


 思い立ったら吉日とばかりに、わたしはシュナレンベルガー公爵邸へ向かった。

 ここは長年過ごした勝手知ったる家だ。玄関を開けてホールを抜けようとすると慌てて執事のレーダが走ってきた。

「あらレーダ、そんなに慌ててどうしたの?」

「失礼ですが当家にどのようなご用でしょうか?」

 生真面目な執事はまるで他人とでも言うかのような口調で問い掛けてきた。

 ほんの二ヶ月前までここで暮らしていたのに、玄関先で止められるのはちょっとショックだわ。

「お父様はいらっしゃる?」

「いいえ。本日、旦那様は出掛けていらっしゃいます」

 あら残念。

 お小遣いを貰いそびれたわね。

「ふ~ん。じゃあお兄様は?」

「エックハルト様でしたら執務室にいらっしゃいます」

「分かったわ」

 場所を聞いたので「ありがとう」と漏らして、勝手に行こうとしたら再びすごい勢いで止められた。

「失礼ですが、エーデルトラウト様はもうシュナレンベルガー家から嫁がれ、いまはヴェーデナー公爵家の若奥様でいらっしゃいます。

 そのように振る舞って頂けますようにお願い申し上げます」

「そう、面倒ね」

「ご結婚なさったのですから、そう言うことも覚えて頂きますようお願いします」

 彼の視線を見るに、どうやらわたしと、そして後ろに控えているイルマに向かって言ったようだ。イルマはシュナレンベルガー家に代々仕えている家令の娘。つまりレーダの娘だから、お前には教えただろうと暗に叱っているらしい。

 その証拠に彼女はぺこりと頭を下げて謝罪の風をみせた。

 わたしの所為でイルマが叱られるなんて失敗したわ。



 その後はすっかり客人の様に扱われて応接室に通された。

 しばらく待っているとお兄様がやって来た。

「久しぶりだなエーデラ。元気そうで何よりだ」

「お兄様もお代わり無いようですね」

「それで、今日はどうした」

 先日、縫い過ぎて処分に困ったハンカチをお父様に贈ったので、そのお小遣いをせびりに来たとはとても言えない。

「お父様に用事があったのですが生憎不在で、そのまま帰るのも気が引けましたのでお兄様を呼んで頂いた次第です」

「ははは、そうであったか」

 さらに「エーデラは可愛いなあ」と続き、なぜか真顔に変わった。

 あまりの代わりように首を傾げれば、

「なあ先日父上にハンカチを贈っただろう。俺の分は無いのか?」

「妹に願うよりも、お義姉さまに縫って頂けばよろしいと思いますよ」

 それを言うならお父様もお母様~になるのだが、そこはそれ。これはお小遣いのためと言う奴なので同じにして貰っては困る。

「もちろん縫って貰っているとも!

 だがな、エーデラの物はまた別であろう!?」

 まさかの力説!?

 妻から貰っているならそれで良いだろうに、なぜにそこまで妹の品を欲しがるのか?

 少々理解に苦しむが、これがお兄様の平常運転だから気にしたら負けだ。

「分かりました。では後ほど縫って送ります」

「ああ楽しみに待っているぞ!」

 満面の笑み、いやニヤケ顔。

 願わくば、送ったハンカチを見て再び顔がニヤけませんように……

 こんな締まりのない顔をお義姉さまに見られれば、こちらに飛び火するなんてどう考えても明らかよね。



「ところでお兄様、ハンカチのお礼と言う訳ではございませんが一つお聞きしたいことがございます」

「俺の誕生日なら来月だが、なんだろう?」

 兄の誕生日を知らない訳がないでしょうとはもちろん言わない。なんたってこの話を拾うと長くなるのは経験則から知っているもの。

 ここでの正解は、聞こえなかったとして流すよね。


「お聞きしたいのはお金を増やす方法ですわ」

 お兄様の顔から笑みが消えた。

「その物言い、ヴェーデナー公爵家が金に困っていると聞こえるが?」

 誕生日の話が流されて悔しかったのではなく、かなり真面目な話題だった。

「いいえ、違います。

 個人的なお小遣いを増やそうかな~とか思ってまして……」

「ほぉそれはそれで、ルーカスから十分な小遣いを貰っていないように聞こえるが?

 まさかあの小僧から、その様な事を考えねばならぬほど、酷い扱いを受けているのではあるまいな」

 目つきが剣呑となり、今度はルーカスひとが殺せそうなほどに細くなった。

 ぶっちゃけ愛人狂いあのばかが死のうがどうでもいいが、結婚早々に死なれると、これまた迷惑なのでもう少し生かしておいて欲しい。


「そうではなくて!

 お小遣いは十分に頂いてます。むしろ余るのでお金を有効に活用できないかと思って聞いたのですわ」

 そもそもこんな生活がいつまでも続くとはわたしは思っていない。

 ならば、いつ何時何があっても良いように、遊ばせているお金を有効に活用して増やせないかと思っただけだ。

「ではルーカスから酷い扱いを受けているわけではないのだな?」

 酷いも何も、どうとも扱われていないというのが正解だ。しかしその処遇を踏まえて偽装結婚したのだから、これは不満を言う所じゃない。

 よってわたしの答えは変わらず。

「ええ誓って」

 迷いなく答えたのだが、過保護な兄から何度か同じ様な質問を繰り返されて、ようやく納得して貰った。


「ならば良い。

 しかし困ったな。金を増やすと一言に言うが、確実な方法は多くないぞ」

「確実で無いものだと例えば何がありますの?」

「会社や事業に投資するとか、店を経営するというのもあるだろうな。

 前者は十分な理解と知識が、後者は暇と手間、そして信頼できる人材が必要だろう」

「どれもありませんね」

 強いて言うなら暇なら盛り沢山だけど、その後が続かない。

「金を得るのはそれほど容易くないという事だよ」

 何かと妹に甘いお兄様だが、諌める所はちゃんと諌めてくれるのは有難い。


「そうですか、分かりました」

「まあそう気落ちするな。

 良さそうな話が無いか、他の奴らにも聞いておこう」

 いや……、やっぱりお兄様はわたしにダダ甘ね

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