第6話 お分かりいただけただろうか………

だいぶ体調も体力も戻って、剣術の件や使用人の件を父様に相談した。

父様は考えてみるとは言ったものの、公爵はやはり激務らしくそれから4か月ほど経っていた。


まあそうだよなあ〜と思っていたころに執務室に来るように呼び出しを受けた。

剣術の師匠?専属使用人?どっちだろう。

ちょっとルンルンだ。


…関係ないお叱りとかだったらどうしよう。


「リギルです」


ドアをノックしてから声をかけると中から入れと返事が返ってきた。

お許しを貰ったのでドアを開けると資料を片手に執務机に向かっている父様と、


父様と…………


ブワッと嫌な汗が出たような感じがした。

父様の執務机の脇に立っている青年に見覚えがあったから。

僕は言葉も出ず、立ち尽くす。


「リギル、実はな、護衛も出来て剣術を教えられる優秀な執事を雇ったのだ。少し手間取ってしまったが、この青年ならお前の希望を叶えられるだろう。ユピテル、リギルに挨拶を」


「リギル公子様、お初にお目にかかります。ユピテル・アルケブと申します」


彼は少し長めの赤いメッシュの入った漆黒の髪を揺らめかせ、美しく完璧な礼をしてみた。

男が再び顔を上げて、僕を見据えるとニッコリとまるで人形のように綺麗な顔で笑って見せる。


こちらを見ている両眼は左右が違う色をしていた。

右目は血のような紅色、左目は黄金のような輝く金色。


お分かりいただけただろうか………



こいつ、攻略対象である。



「っ、そうか、ユピテル。僕は知っているだろうが、リギルだ。宜しく頼む」


なんとか怪しまれないように言葉を絞り出した。


最悪すぎる。


ユピテル…、アルケブなどと姓を名乗っていたが偽名だろう。こいつに姓はない。

ユピテルは明けし星の輪舞曲において隠しキャラクターだった。

ヒロインが森に逃げて、奥深くまで行ってしまった場合に即死するという即バトエンルートがあるのだが、全キャラ攻略した上でこのルートを選ぶとユピテルが現れる。


ヒロインに興味を持ち気まぐれに拾う。

基本的に優しく恋人のように接してくるせいでヒロインもプレイヤーも勘違いしてユピテルに恋するが奴はエンディングで思い切り裏切ってくる。


恋愛ごっこをして遊んでみただけで、ヒロインには毛ほどの恋愛感情も無かったのだ。

というかそも恋愛という概念が存在しているかも怪しいような、攻略対象…?な存在だった。


人間社会に紛れ、人間ごっこや恋愛ごっこを愉しみ、その上で飽きたらゴミよろしくグシャッとしてポイっと捨てる。


黒竜、または邪竜と呼ばれる生き物………


ちなみに即バトエンルートはユピテルに捻り潰されてた説ある。

まあなんの説明もなしに森深く入りすぎたせいでヒロインは亡くなりましたみたいなテロップが流れただけだからまじでわからんけど。


てか、そんなものドコで拾ってきたんですか父様…!!!


ぶっちゃけ攻略対象だけど関わることねーなーってハナホジしてたくらいなのに!!!


「ユピテルはな、昔王族に仕えていた使用人の子でな、王弟殿下の紹介なのだ。彼に本当にソックリで優秀らしくてな、私が息子の使用人について悩んでる話を聞いてわざわざ話を通して下さったのだ」


多分それ洗脳で紛れ込んだか昔仕えてたのも本人ですよ…とはまあ口が裂けても言えなかった。

というか、王族の紹介とか死んでも断れないヤツです。詰んだ。


「いえ、公爵様。私はまだ未熟です。父上にはまだ敵いませんとも」


ユピテルは遠慮がちに胸に手を当て眉尻を下げると父様に軽く頭を下げながらそう言った。

謙虚なところも主人を立てるだろう、好ましいなどと脳天気に言ってる父様は一回僕の顔を見て欲しい。


泣きそうだから。


邪竜は年齢が途方もないと聞いた。

シナリオライターもトゥイッターでユピテルは1000歳は超えてますね(笑)とか言ってたし、父上なんか存在しないし下手したらお前だろ。


頼もしい味方が欲しくて専属の使用人をお願いしたら一番ヤバいやつブチ込まれるとかある????

一生ぶんの不幸を使い切ったような気分なんだが?


「ユピテル、息子を宜しく頼む」


「もちろんです、公爵様。侍従として誠心誠意仕え、護衛として命に変えても公子様をお守りし、剣術の師として公子様を導くと誓いましょう」


破滅の道に?


こうして、ユピテルが僕の執事になったのは言うまでもなく予想外の大失敗だった。


ユピテルが仲間(いつ裏切るか分からない)になった!テッテレー!


………はぁ……







昼のあの件から抜け殻になった僕は剣術は明日からにしましょうということで、いつも通りに一日を過し、いつも通りに寝所に着いた。


ユピテルは護衛兼使用人ということだけあって食事など家族団らんのとき以外ずっと側にいた。

流石に寝るときは至近距離にいるのはやめてほしいと言ったが食い下がられて今は部屋の前にでもいるだろう。寝てくれ。


ちょっと交渉して家の中では専属だからってぴったりじゃなくていいって話を父様にするつもりだ。


僕も寝ようと思ったところでコンコンとノックの音がした。


「リギル様、妹様がお見えです」


ヴェラ!????まずい!!!!!


「ヴェラ!!!!」


バンとドアを開けるとガンと何かに当たる音がした。

たぶんユピテルの頭とかだろう。

ヴェラは少し離れたところでビックリした顔をしているし。


「お兄ちゃま」


うん、天使。


「一緒に寝たいのかな?」


ユピテルから隠すようにヴェラを部屋に引き入れた。

当のユピテルはいててとおでこをさすっている。


気まぐれな邪竜とはいえ、すぐに状況を壊したり、人を殺したりするようなキャラじゃない事は知っていた。

これくらいのことじゃ大丈夫だろう。

ちょっとスッキリした。


ちらっとユピテルを見るとユピテルはにこっと笑った。

どこまでも胡散くさい笑みである……。


「妹に絶対に手を出すなよ」


「まさか、使用人ごときが無体など致しません。リギル様は心配性ですね」


「屋敷では大丈夫だから部屋に戻れ」


僕はそれだけ言うとドアを閉めた。

あまりヴェラと一緒にいさせたくなかったから。


ユピテルに恋愛感情がないとはいえ、攻略対象とヒロインだ。

なんの科学変化が起きるか分かったもんじゃない。

心配性も何も心配しかない。


「お兄ちゃま、あの人だあれ」


「父様がつけてくれた専属執事だよ」


まずい、ヴェラが興味を持ってしまった。

と思いつつもヴェラにはちゃんと説明してあげないとな…。


「王子様みたい、きらきらでかっこいいねえ」


王子様!?きらきら!?????

ユピテルに似合わない文字の羅列に思わずゾッとしてしまった。

と、同時に嫉妬もした。

やっぱり、攻略対象だからヒロインは多少興味を持ってしまうものなんだろうか。


「ヴェラは、お、お兄様と、どっちがいい?」


何言ってんだ僕。

焦りからか、思わず変なことを口走ってしまった。

このシスコン野郎。


「ヴェラはお兄ちゃまが一番好きよ。お兄ちゃまも王子様みたいよ」


きゅっと本を抱えたまま、ヴェラは天使のような微笑みで僕を見上げていた。

あ、やばい、羽が見えた気がする。重症。

なんかもうこれは仕方ないな。


「ヴェラ、ありがとう」


僕が優しくヴェラを抱き上げると、ヴェラはきゃあと嬉しそうに声をあげた。


「僕の一番好きなお姫様もヴェラだよ。可愛いお姫様には今日もご本を読んであげる」


なんかこの容姿リギルになってから甘い言葉をすらすら吐けるようになった気がする。

前世では恥ずかしすぎて砂糖吐いてたかも。

見た目と自信って大事だな、うん。


お姫様抱っこでヴェラをベッドに運ぶ。

ヴェラがお姫様?えへへって照れてるヴェラは宇宙一可愛い。


そうだ。邪竜でもなんでもうまく利用してやればいい。

ヴェラの為なら手段なんか選んでられないんだ。

ヴェラを守るためになんでもしよう。

自信はないけど、ヴェラを守るって言う硬い意志だけはある。


起こってしまった出来事は取り返しがつかない。

取り返せないなら、違うもので補うだけだ。



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