第3話 お兄ちゃまとお兄ちゃん

「ヴェラ、お兄ちゃまと一緒に寝たい。寝るまえにご本よんでもらうの」


ヴェラがそう我儘を言ったのは晩御飯のあとだったらしい。

まだ部屋で療養して晩御飯もパンがゆを一人でもそもそ食べてた僕には知らぬ話だった。

母様と父親改め、父様がヴェラをまだお兄様は元気じゃないからと言って説得したけれど涙目のままむくれてしまって、ずっとずっとお兄ちゃまがおきるの待ってたもんと絞り出した一言に両親は何も言えなくなってしまったらしい。


そろそろ寝る時間かなと思ってたころに母様が来てそのことを話してくれた。

ヴェラも母様の後ろにピッタリくっついて僕を見つめていた。


「でも、無理しないでいいのよリギル。病み上がりなのだから」


「大丈夫ですよ。ヴェラおいで、お兄様がご本を読んであげる」


僕がそう言うと、ヴェラは昼間の時のようにぱあっと表情を輝かせた。

この顔がたまらなく可愛い。

言っておくけどロリコンじゃない。

前世も今世も僕はシスコンだ。


ああ、そうだ。妹は、どうしたかな…。


「お兄ちゃま!!!」


ヴェラが僕の胸あたりに突撃してくる。

結構な衝撃にゴフッとなりかけたが、母様が心配そうなのでおくびにも出さずにヴェラを抱きしめた。


その後は母様も自室に戻り、僕は昼間のようにヴェラに本を読んであげる。

さすがにしばらくしたら眠くなったのかうとうとしていたので前世の子守唄でも唄って寝かせてあげた。

ヴェラは寝付きは良いようですぐに寝息を立てた。

寝てる姿も相変わらず天使だ。


ヴェラを隣に寝かせてさてと、僕も寝るかと思ったときに、はて、と何か忘れているような気がしてすぐに思い出した。


…ここ、鬱乙女ゲームの中だった。


ヴェラがヒロインだなー確実だなーと思うまでは良かったけれどそこからはあまりの天使っぷりに思考が停止してしまっていた。

完全に忘れていて人生楽しもうとしてた。


このままじゃヒロインのヴェラはお先真っ暗ヤンデレ野郎共の餌食だ。

そんなの絶対ダメだし無理だ。


いやでも諸悪の根源は僕であるし僕が変わればヴェラの将来も変わるのでは…。


でもとにかくこんな天使を不幸になんてしたくない。


この子のお兄ちゃまとして、否、兄としてできる限り様々なフラグごとシナリオをぶっ壊さないと。


ヴェラを起こさないよう、そうっとベッドから抜け出すとベッドライトを持ってきて机の上を淡く照らす。

適当な紙を取り出すとペンにインクをつけてとりあえず覚えてることを書き出すことにした。


これから起こること。


とりあえずまずは両親の事故死だ。


物語が始まる直前だからヴェラが15歳から16歳の頃のはずだけど、詳しいところが分からない。

まだまだ先だけどまずヴェラに大きく関わる事はこれだ。

両親が生きてればヴェラもヤンデレじゃない普通の人に嫁げるかも…

万が一物語補正で両親がリギルの勧めた相手を勧めるようなら全力で阻止しないといけない。


リオ・ラケルタ、第一攻略対象。


伯爵家の息子で眉目秀麗だが女好きで目移りがひどい。

息子の将来を心配した両親がリギルの提案を飲み縁談が結ばれた、けれど、リオはたしか、女性不信なのだ。

女性不信故に誰も信じられず色んな女の子と浅く付き合うことで一人の女性と深く関わらないようにしていた。

女性不信になった原因は18歳のとき婚約を結ぶまで行った女性に手酷いフラれ方をしたことだ。

女性に心底惚れていたリオは衝動的に女性を殺してしまう。

ちなみにその事件はラケルタ家の手によって闇に葬られる。

けれどリオには深い心の傷が残った。

故に最初は婚約者として来たヒロインに冷たく当たる。

でも前向きで優しいヒロインと、ヒロインの不思議な力によって徐々に仲良くなって、ヒロインに惚れてく。

けれど一度歪んだ考えが直る事はなく、リオはヒロインが自分から離れないよう監禁してしまう…。


そうなればヴェラの幸せはないも同然だ。


地下室に監禁調教洗脳エンドとかお兄ちゃん許しませんマジで。


リオの性格が歪まないよう近くで僕がサポートするのもありかもしれないから視野に入れておこう。


リオのルート以外はヒロインが政略結婚を選ばずに家出することで発生するため、たぶん、たぶん大丈夫だと考えておこう。

攻略対象はあと5人、名前だけ書き留めておく。

正直やばいのもいるんだけど、普通にしてれば接点なんで絶対にないし……ないよな?


もう一つ気をつけないといけないことがある。


ヴェラの“不思議な力”だ。


この世界では火の魔法、水の魔法、木の魔法というように魔法は属性に分かれているのが普通で、だいたいどれかひとつに特化しているのが普通だ。


その中でも特別に魔力がすば抜けている人間を精霊に愛されし者という。

その名前の通り精霊が気に入った人間に祝福を与える事で魔力が増強されるからだ。


精霊に愛されし者は魔力が高く出世もできるし周りから憧れられる。

それくらい他とは違う存在だ。


とはいえ、強い力には代償が伴う。


それは、魔力の暴走。


強すぎる力ににんげんが耐えきれなくて暴走を引き起こし死んでしまうというもの。

でも精霊を信仰してる人には暴走で死ぬのは精霊のせいでなく、人間の方が悪いという考えで特に一般人には問題視されてなかったりする。


だけど当の本人たちには大問題で、魔力の暴走が起きそうになると相対する力を持つ人間に鎮めて貰ったり、その場しのぎの薬を飲んだりして自分を保つのだ。

そんな死と隣り合わせの精霊に愛されし者の救世主的な存在がヴェラだった。


ヴェラは魔力を吸収する体質を持っていた。


ヴェラといれば魔力が吸収される。

一緒にいれば魔法は使えないけど魔力の暴走による死を防げる。


そんなこんなでヴェラはその体質が発覚した途端にあちこちから取りあわれて酷い目に遭うに違いない。

ゲームでもそうだった。


ヴェラの体質はただの珍しい病気だ。


魔力枯渇症という魔族なら死に至る病で、魔力がなくても大丈夫な人間だから生きている。

魔力枯渇症は魔力が足りないから周りから魔力を吸い上げるがすぐ抜けてくという病気。


そのせいでヴェラは魔力を吸っては大地に返還している。

しかもその量は元々ヴェラの体内に一瞬でも入る魔力量が多いのか、結構多い。


それがまた精霊に愛されし者には好都合なんだけれど、だからこの病気を治さない限りどんな死亡フラグを折ってもヴェラが危ない目に遭う可能性が高い。


あらかた思い出したことを書いた紙を机の引き出しにしまうとヴェラのいるベッドにそっと戻った。


相変わらずすやすやと天使のような寝息を立てて寝ている。


「今世の妹こそは守らないとな……」


死亡フラグだらけだけど。


でもとにかく両親が死ぬ時期まではリオの性格の矯正とヴェラの病気の治療法を探すことに注力すべきだ。


小さなヴェラの手を軽く握るとヴェラもきゅっと握り返してきた。

んん…ともぞもぞするので起こしちゃったか、と身構えるけどヴェラは眠ったままだった。


でも、


「りく、お兄ちゃん……」


「え?」


ヴェラの寝言に耳を疑った。


りく、陸とは、僕の前世の名前………


いやりくとリギルって似てる気がするし聞き間違い???

でもさっきまでお兄ちゃまっていってたのにハッキリお兄ちゃんって言った???


もう一度聞きたくて息を呑んだけどもう寝息しか聞こえて来なかった。


もし、もしもだけど、妹があの時死んだのなら。


ヴェラも妹の生まれ変わり、兄妹揃って生まれ変わった。


そんなことがもしかして、あり得るのだろうか。

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