摘出
「『灰色』、低めに、枝を生やして。」
坂家の声とともに、灰色の塔が形状を変える。
滑らかに灰色一色で構成された構造物から、小さい突起が張り出す。
突起は「群青」に向かって一直線に伸び、群青色の柔らかい皮膚を貫く。
イイイイイイィィィィィィィィィィィ
巨大なモスキート音に似て、しかし誰の耳にも聞こえる音域の巨大音が周囲に響き渡る。
「何の音?」
「『群青』が内側から私の『灰色』を押し出そうとしていて、『灰色』はそれに対抗して枝を伸ばし続けています。その際に『群青』と『灰色』の境界では大きな摩擦が発生するはずなので、この音は、その摩擦による音だと考えられます。」
鳴り響き続ける、金属をこすり合わせた時に出るような不快音を避け、耳をふさいで距離を取る十数人の野次馬。
「近くで聞いたらさぞうるさいだろうな。」
「可哀想ですが、『灰色』に近づいてしまいましたので、仕方のないことです。」
「可哀想」などとは全く思っていなさそうな口調で坂家は言う。
一瞬の沈黙。14時02分、既に14時を回っている。昼食を食べたい気分だ。
唐突に、『灰色』と『群青』の戦場から鳴り響く音が変わる。
イイイイィィィィィィィィゥエエェェェェェェ
と。言葉で表現するのは難しいが、2オクターブほど音程が下がっている。
「貫きました。どうやら『群青』の増殖速度より私の『灰色』の増殖速度の方が大きいようです。」
「そう。」
「ところで、中野くんに頼みたいことがあります。」
僕は驚いて坂家の方を見る。坂家は中空を眺めたままで冷静に言う。
「『黒』の能力で『群青』を削り取り、宿主を取り出してきてください。」
「坂家。さっき、僕が『黒』を使ったのがばれたら人類の敵と見做されかねないとか、そんなようなこと言ってなかったっけ。」
「いつも通り、『黒』で自分を覆うと良いです。人類の敵は人類の敵でも、ヴェノムのような立ち位置になれる可能性があります。」
「ヴェノムかー、僕、ブラックパンサーの方が好き。」
「自惚れないでください。中野くん。あなたが『黒』で体を覆った姿に最も似ているキャラクターは…ペプシマンです。」
「ペプシマン!?」
「黒」要素、どこ行ったんだよ。
脳内で、銀色に輝く逆三角形の体をしたマッチョな僕がペプシコーラを飲んで親指を立てる。
「顔のあらゆるパーツがない、というのは大きな特徴です。とにかく」
「はい。」
「あなたは宿主を取り出してきてください。出来ますね。」
僕は頷く。そろそろ「黒」を使い慣れてきた気がするし、やればできるだろう。
「黒」
「あ、感情が足りない。」
僕の腹に向かって、坂家の裏拳が飛んできた。
僕は慌てて裏拳を避ける。
「うわ、こわ。『黒』。」
体から黒があふれ出る。
「それほどに小さい恐怖の感情によって発現するほどに緩いトリガーなのであれば、自分で適当に感情を作り上げても『黒』は発現するでしょう。」
僕は、自分が思っているよりも坂家が暴力的だったことに対する驚きをトリガーとして「黒」が発現したとは口に出せず、沈黙する。
電車内で頬を張ってきたのはまだ1回目の暴力行為だったこともあり、僕を驚かして「黒」を出そうという意図でやったと考えればまだ納得できないことも無かったが、2回目となれば、その解釈も難しくなる。
「そもそもまともな人は躊躇なく暴力を振るわないか。」
口の中で呟きながら「群青」のもとに走る。
「『黒』、爪、出せる?」
僕の手足の指から、鋭い爪が生える。
「ちょっと…ブラックパンサーに近づいたかな。」
手のひらと手の甲を見比べながら、僕は独り言つ。
全身にまとった「黒」は僕のイメージに合わせて動き、僕の動きを身軽なものに変えている。心なしか、やや速く走ることが出来ているように感じる。
爪を「灰色」の塔に引っ掛け、ボルダリングの選手のように這い上る。
「灰色」を掴んだ手のひらにチクリとした痛みが走る。慌てて手を放すと、もともと手のあった場所から勢いよく枝が伸びる。
「あっぶな。」
僕は枝を掴み、体を枝の上に引き上げる。すると引き上げた体の真下から大きな音がする。
さっきまで僕の体があった場所を貫くように、太い枝が突き出している。
「なるほど、坂家は僕の敵だと思っていいのか。」
このまま『灰色』に張り付いていると何かの手違いで体が貫かれそうだ。
今まで以上に急いで、灰色の塔を這い上がる。
塔の根元ではそれぞれの塔同士が融合し、塔をある程度の高さまで登らないと、隙間を通り抜けて、塔に囲まれた『群青』にたどり着くことは出来ない。
30メートルほどは上っただろうか。坂家の妨害を受けながら、やっと、塔と塔の間に僕が通り抜けられるだけの隙間が出来ている場所に着く。
体を滑らすように塔の内側に入り、「群青」に向かって飛び降りる。
手を放し、足で「灰色」を蹴って中空に飛び出そうとした瞬間に、灰色の枝が僕を突き飛ばす。
「坂家えぇえ」
バランスを崩して落下しながら、坂家を恨む。この「感情」がちょうどいい。
「『黒』!」
僕の体から「黒」が吹き出す。
「増殖を止めて!僕の真後ろに球状になって!」
僕の体は「群青」にぶつかり、落下が止まる。
僕の真後ろにある「黒」の球を、目の前に移動する。
「とりあえず、放射状に細い針を伸ばして、人体の位置を探れる?」
真っ黒い球体から無数の針が伸びる。そして一本の針を残して「黒」は球体に戻る。
「『黒』は僕の命令をどう解釈してるんだろうな。」
僕の想像と全く同じ方法で宿主の位置を特定した「黒」を見ながら僕はひとりごとを呟く。
「球体の『黒』は、針を太くして。」
球体は徐々に小さくなり、一方で針はその太さを増して、円柱と言えるほどの太さになる。
「僕の体に戻って。」
針がもとあった場所には大きな穴が開く。
僕は急いで穴に飛び込む。すぐに穴は塞がり、僕は「群青」の中に取り込まれてしまう。
身動きが取れない。
「『黒』、蠕動しながら群青を削り取って、宿主の方に向かって。」
イイイイイイィィィィィィィィィィィ
耳をつんざくような金属音が頭に響き渡る。聴覚を出来る限り意識しないように数十秒を耐える。
身動きが取れず、耳元では骨をきしませるような金属音が響き渡る。永遠に感じられるようなほどの苦痛だが、それもしばらくすると終わる。
僕には認識できないが、人体にぶつかって僕の動きは止まったらしい。
「『黒』、宿主を覆って。」
黒が動くのを感じる。確かに今、「黒」は僕以外のもう一人を象っている。
坂家は、「黒」が無事、宿主のもとにたどり着いたのを見届ける。宿主と分離された「群青」はその体を外側から崩壊させていく。
役目を終えた「灰色」を回収しながら、いずれ「群青」から切り離されて落下してくる中野と「群青」の宿主を迎えに、坂家は歩いていく。
坂家の後ろから、もう一人の人間、赤髪の壮年の男も歩いて中野と「群青」の宿主のもとに向かう。
周囲を把握する視界を持つ「灰色」を回収してしまった坂家がその男に気付くことはない。
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「レモンイエロー」#FFFF55
無限に増殖し、針状に結合する群体生物。別世界では遥か昔、「勇者」と呼ばれた一人の青年が使っていたことだけが記録として残っている。「レモンイエロー」は宿主の、悪を憎む感情に反応して外に出て、無数の長い針状になり、宿主を中心に円を描くように浮く。
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