第3話 妖怪と戦うことになりました。

 今日も私は、カパちゃんと妖怪探しに町を歩きます。これも妖怪パトロールの一環です。

昼間は、当てもなく街を歩き回っていましたが、そう簡単に妖怪に出くわすわけもなく平和な平日の昼間でした。

そして、暗くなってきた頃、私は、カパちゃんとあおはるくんにもらった名刺の住所を頼りに怪しげなバーに行ってみることにしました。

「ここね」

 私は、名刺の住所に書いてあるバーの名前と看板を確認しました。

確かに『鬼陣』と書いてあります。間違いありません。

「行くわよ、カパちゃん」

「ホンマに行くんでゲスか?」

「ここまで来て、帰るわけにいかないでしょ」

「そりゃ、そうでゲス。でも、中に、なにがいるかわからないんでゲスよ」

「意気地なしね。それでも、妖怪なの。いいわよ、私一人で行って来るから」

 私は、そう言って、ドアを静かに開けました。でも、私も実は怖くてたまり

ません。

「いらっしゃい」

 男性の声がしました。そっと中に入ると、薄暗い店内は、カウンター席が

五つとテーブル席が二つあるだけで普通のバーという感じです。

カウンターの奥には、小太りの蝶ネクタイ姿の中年の男の人がいました。

この人がマスターらしい。

「あの、大丈夫ですか?」

「どうぞ、カウンターへ」

 落ち着いた声で案内されて、私は、開いているカウンターに座りました。

カパちゃんも早足で近づくと、私の隣に座ります。見ると、カウンターの

奥には、知らないお酒がたくさん並んでいました。

 見た目は、普通のバーのようで、少しホッとしました。

「珍しいお客さんですね。お嬢さんのお知り合いですか?」

 マスターは、私の隣に座っている、カパちゃんを見て言いました。

「もしかして、見えるんですか?」

「ハイ、私も妖怪ですから」

 と、マスターは、はっきり言いました。私は、驚いて帰ろうと腰を浮かし

かけます。

「ご注文は? せっかくだから、何かお飲みになりますか」

 マスターの落ち着いた声に、私は、浮かしかけた椅子に座り直しました。

「それじゃ、カルーアミルクをお願いします」

「かしこまりました。そちらの妖怪さんは?」

「キュウリサワーはあるんでゲスか?」

「ハイ、ございますよ」

「それじゃ、それを頼むでゲス」

 そう言って、マスターは、私たちの飲み物を作り始めました。

「ちょっと、カパちゃん。なによ、キュウリサワーって?」

 私は、初めて聞く飲み物なので、聞いてみました。

「雪子はんは、知らないんでゲスか? うまいでゲスよ」

「やめてよ、そんなまずそうなもん」

「ケケケ、失礼でゲスな。あっしらみたいな、カッパには、ご馳走なんで

ゲスよ」

 そんな話をしていると、目の前にグラスを置かれました。

「お待たせしました。カルーアミルクと、キュウリサワーです」

 見ると、鮮やかなグリーンの飲み物に氷といっしょに、キュウリが丸ごと一本入っています。

「なにこれ!」

「だから、これが、キュウリサワーでゲス。飲んでみるでゲス」

「いいから、遠慮しておくわ」

 そう言うと、カパちゃんは、おいしそうにグリーンの飲み物をゴクリと

飲むと、キュウリをそのままポリポリ音を立てて齧ります。

「やっぱり、これは、最高でゲス」

 キュウリを齧りながら、グリーンの飲み物を飲んでいるカパちゃんの顔を

見ると、なんかとても幸せそうな感じで、ホッとさせます。

 でも、私は妖怪パトロールに来ているのです。気持ちを切り替えてマスターに聞きました。

「あの、ここに、妖怪がいるって言う話を聞いてきたんですけど?」

「失礼ですが、お嬢さんは?」

「私たちは、妖怪パトロール隊です。悪い妖怪を退治したり、地獄に送り返す

んです」

 私は、胸を張って、堂々と言いました。でも、内心は、すごくドキドキして

ました。

すると、マスターは、グラスを拭く手を止めてこう言いました。

「そうですか。あなたたちが、噂の妖怪パトロール隊ですか」

 そして、再び、グラスを拭き始めると、話を続けました。

「悪いことは言いません。このまま、お帰り下さい。お嬢さんのような、人間に手に負えることではありませんよ」

「そりゃ、私は、普通の人間だけど、私には、えんまくんがいるから大丈夫

です」

「えんま? もしかして、閻魔大王の甥っ子の…… そうですか。貴公子・えんま様ですか」

 マスターは、大きく息をつくと、淋しそうな顔をして言いました。

「それなら、奥にいますよ」

 そう言って、テーブル席の奥に目をやりました。そこは、カーテンで

仕切られている個室のようでした。

私は、唾を飲み込むと、席を立ちました。そして、勇気を振り絞って、

立ち上がるとその個室に向けて歩き出しました。

「お嬢さん、やめた方がいい。あなたのような人間が見るものではありませんよ」

 私は、一度足を止めました。でも、私は、妖怪パトロールの一員です。

どうしても、中を見たくなりました。足をもう一度踏みしめてカーテンに手を

かけました。

「失礼します」

 私は、中にいるだろう、妖怪たちにも聞こえるように声を上げて、カーテンを静かに開けました。

すると、そこには、普通の男女が四人いるだけでした。

なぜか、ホッとしました。

恐ろしく怖くて、不気味な妖怪がいたら、どうしようと思っていたからです。

「アンタだれ?」

「いきなり、入ってくるなよ」

 無愛想なことを言われても、私は、四人を見据えてはっきり言って

やりました。

「私は、妖怪パトロールです。皆さんは、悪い妖怪ですか?」

 すると、四人は、私を唖然とした眼で見ました。一瞬の静寂のあと、四人は、大声で笑ったのです。

「アハハ…… 誰かと思ったら、妖怪パトロールだとよ」

「アンタ、人間だろ。冗談は、顔だけにしろ」

「バカな人間だね。あたしたちを誰だと思ってるの?」

「悪いことは言わないから、さっさと帰りたまえ」

 次々と浴びせられる言葉が胸に突き刺さります。

でも、私は、動きませんでした。むしろ、彼らを睨みつけてやりました。

「帰りません。皆さんは、悪い妖怪なんですか?」

 すると、四人の中の、唯一の女性が言いました。

「そうよ。あたしたちは、みんな、悪い妖怪よ」

 とても細く、痩せぎすの三十代らしい女の人が言いました。

顔色が白く、透き通るくらいで、冷たい目をしていました。

「だったら、どうするんだよ? お前みたいな人間に、なにが出来るって言うんだ」

 からかうような目で私を下から覗くように見ているのは、どうみてもヤクザのような怖い顔をしています。話し方からして、迫力があって、圧倒されます。

「皆さん、地獄に帰ってもらいます」

 私は、逃げ出したい気持ちをグッと堪えて、言いました。

「ハァ? 地獄に帰れって言うんですか。バカなことを…… 私たちは帰りませんよ」

 そういったのは、スーツ姿のサラリーマンのような真面目そうな男でした。

四十代くらいの普通の人間にしか見えません。この人も、妖怪なのか?

「どうして帰らないんですか?」

 今度は、一番年長者らしい、白髪の老人が言いました。

「わしらは、大王に恨みがあるんでな。だから、人間界を第二の地獄に変えて、大王の鼻を明かしてやるんだ」

「恨み? どんな恨みですか」

「そんなこと、お前には、関係ない」

「いいから、さっさと帰りな」

「帰りません。帰らないと、えんまくんを呼びますよ」

 そう言うと、四人の顔色が変わりました。

「えんま? お前、今、えんまって言ったな」

「もしかして、閻魔大王の甥っ子の、あのガキのことか?」

「そ、そうよ。そのえんまくんよ」

 私は、声が震えるのを必死で我慢しながら言いました。

「こりゃ、いいや。お前は、えんまの女か?」

「違うわよ。私は、えんまくんの手伝いをしているだけよ」

「そんなのどっちだっていい。おい、こいつを人質にして、えんまを殺るってのはどうだ?」

 なんか、物騒な話になってきました。

「そんな野蛮なことは、しなくてもいいんじゃないですか。どうせ、我々に

勝てるわけはないんですから」

 サラリーマンらしい人がメガネをクイっと上げながら言いました。

「どっちにしても、えんまなんかに負けるわけがないわ」

「そうじゃな。おい、人間。帰って、えんまに伝えなさい。わしらの挑戦を

受けろとな」

 白髪の老人が自信満々で言いました。

「どうしても帰らないんですか?」

「うるさいね! いいから、あんたじゃ、話にならないから帰えんな」

 氷のように冷たい女が、手を振って私を追い返します。

「どうしてなんですか? 訳があるなら、聞かせてください」

「やかましい! とっとと帰らないと、八つ裂きにして食っちまうぞ」

 やくざ風の男が立ち上がって、私を睨みつけます。

これが、限界でした。ホントに食べられそうな迫力で、足の震えが止まり

ません。

「あんたたち、もう、その辺で許してやったらどうですか?」

 そこにマスターがやってきて、私を助けてくれました。

「ふん、アンタみたいな、意気地なしの妖怪の風上にも置けない腰抜けに言われたくないわね」

「悪いことは、言わない。私のように、おとなしく、人間の姿でいれば、

この世界で暮らしていけるんだ」

「うるせぇって、言ってんだよ。お前は、黙ってろ」

 またしても、やくざ風の男が、マスターを怒鳴りつけました。

「さぁ、向こうに行こうか」

 マスターは、その場にへたり込んだ私を支えて、店内に連れて行って

くれました。

「これでも、飲んで、落ち着いて下さい」

 マスターは、そう言って、水をくれました。

「ありがとうございます」

 私は、震える声で言うと、両手でコップを持って、水を飲みました。

「お嬢さんも無茶してはいけませんよ。あんなこと言って、ホントに食べられたらどうするんですか?」

 マスターに諭されると、返す言葉もありません。でも、自分でも、どうして

あんなことが言ったのかわかりません。

「私はね、人間界に来て、五十年くらいたちますかねぇ」

 私が下を向いていると、マスターが静かに話し始めました。

「私は、地獄を脱走したんです」

「脱走?」

 思わず、顔を上げて聞き返しました。

「地獄が嫌になったんです。毎日、地獄に送られてくる、悪い人間たちを懲らしめることが……」

 そして、マスターは、遠い目をしました。

「いくら、生前に悪いことをしたからといって、永遠に終わらない地獄の責め

苦を見ることに耐えられなくなったんです」

 私は、マスターの話に、耳を傾けて静かに次の話を待ちます。

「あるとき、私は、それに耐えられなくなって、地獄から脱走しました。でも、人間の世界に逃げたからと言って人間たちになにかをするつもりはありません。ただ、地獄の責め苦を見たくなかった。それだけです」

「マスター……」

「それから、私は、人間の姿で、人間として生活するようになりました。

今じゃ、こうして、しがないバーテンダーです。だけど、気がついたら、いつの間にか、妖怪たちが集まるようになりました」

 私は、もう何も言葉が出てきませんでした。

「悪いことは言わないから、今日は帰りなさい。それと、このことは、えんま様には言わない方がいい」

「いえ、言います。えんまくんには、報告します。私も妖怪パトロールの一人

だから」

「そうですか。それじゃ、もう、なにも言いません。そこの、カッパの妖怪さん、もう大丈夫だから出てきなさい」

 さっきから、見ないと思ったら、カパちゃんは、テーブルの下に隠れて、

震えていました。

「どこに行ってたのよ。大事なときに、いないんだから」

「だって、あんな恐ろしい妖怪を四人も前にして、生きた心地がしなかったで

ゲス」

「まったく、だらしがないんだから、カパちゃんは」

 私は、テーブルの下からカパちゃんを引きづり出しました。

「ほら、しっかりしなさい。もう、帰るわよ。マスター、ご馳走様でした。会計して下さい」

「結構です。今夜は、私のサービスです。もし、よろしかったら、また、来て下さい」

「ハイ、喜んで。それじゃ、今夜は、ご馳走になります」

 私は、ペコリと頭を下げると、お店の外まで見送ってくれた、マスターに手を振りました。すっかり暗くなった街を、なぜかカパちゃんをおぶって、

帰ることになりました。

 カパちゃんをおんぶしながらの帰り道、妖怪をおぶっている自分がおかしく

なりました。


「カッパ! お前は、妖怪パトロールをクビだ、クビ! とっとと、地獄に帰れ」

「えんまくん、それは、勘弁して欲しいでゲス」

「どこの世界で、人間におぶって帰ってくる妖怪がいるんだ」

「まぁまぁ、その辺で、許してあげてよ。カパちゃんも反省してるんだから」

「どんな妖怪だかしらねぇが、雪が、そいつらにケンカ売ってるのに、腰を

抜かす妖怪がいるんだ」

 私におぶられて帰って来たカパちゃんを見て、えんまくんが激怒しました。

確かに、人間の私におぶされて帰る妖怪なんて前代未聞です。

「えんまくん、許して欲しいでゲス」

「もう、いいじゃろ。カパルも反省してるんじゃから」

「いいか、二度と、あんなみっともない真似すんなよ。妖怪パトロール隊の恥になるんだからな」

「わかってるでゲス」

 そう言って、カパちゃんは、ずっと頭を下げっ放しで、涙と鼻水で顔が

ドロドロです。

「もう、いいから。ほら、元気出してよ、カパちゃん」

 私は、ハンカチで顔を拭いてあげました。

「雪子はん、ありがとうでゲス」

「雪、甘やかすな」

 えんまくんは、まだ、怒っていました。

「それで、その妖怪たちは、どういう奴らだったんじゃ?」

 キャポ爺さんが聞いてきました。

「どうって、見た目は、普通の人間だったけど」

「おい、カッパ。お前も見たんだろ。どんな奴だったんだ」

 えんまくんに厳しく問いただされて、カパちゃんは小さな声で言いました。

「あれは、ツララ女でゲス。若い男は、鬼やん魔。中年の男は、魔入道。一番年寄りは、闇爺でゲス」

「キャポ爺、知ってるか?」

「ふぉっふぉっふぉっ、知ってるもなにも、奴らは、大王様にたて付いた、極悪人じゃ」

「へぇ~、そんな奴らか。だったら、手加減はいらねぇな」

「いやいや、甘く見てると、返り討ちにあうぞ」

「俺様に勝てる奴なんているか。四人まとめて、地獄に送り返してやる」

「あの…… 盛り上がってるとこ、悪いんだけど、あの四人て、そんな妖怪

なの?」

 私だけが蚊帳の外のような気がして、横から口を挟みました。

「私が見たのは、普通の人間だったけど……」

「人間の目から見れば、そう見えただけだ」

 えんまくんは、そう言って、考え込みました。

「もしかして、すっごく、怖い顔してるとか、不気味な姿をしてる妖怪なの?」

 それとなく聞いてみました。

「見たいか?」

「うん。でも、やっぱり、やめとこうかな……怖いから」

「どっちなんだ。見たいのか、見たくないのか?」

「ハ、ハイ、見たいです」

 えんまくんの声の大きさに、思わずそう言っていました。

「キャポ爺、見せてやれ」

「しょうがないのぉ。ちゃんと見るんじゃよ。腰を抜かしても知らんからな」

 そんなに怖いの? やっぱり、見ないほうがよかったかも……

キャポ爺さんが、テレビをつけました。このテレビは、私がいつも普通に見て

いるテレビです。なのに、いつもなら、映らないチャンネルが、はっきり映ったのです。

「な、な、なに、これ……」

 テレビ画面には、見たこともない妖怪が映っていました。

「これが、ツララ女だ」

 言われて見ると、全身がツララのように細く、透けて氷のようで、名前の

通り、ツララでした。でも、顔を見ると、目が吊り上り、口が裂け、両手の指が鋭く尖ったツララです。あんなもので突き刺されたら、人間なんて、

一巻の終わりです。

「これが、あの人なの?」

 私は、食い入るようにテレビの画面を見ました。

すると、また、画面が代わり、次に映ったのは、体が緑色をした、ものすごく

大きな体の鬼でした。頭には、三本の角があって、目が大きく、口から牙が

見えてます。そして、背中に大きな羽が生えてました。

「こいつが、鬼やん魔。早い話が、空飛ぶ鬼だ。普通の鬼は、空は飛べないんだ」

 キャポ爺さんが、私にもわかるように解説してくれました。

「もしかして、これが、あのヤクザっぽい人?」

 カパちゃんに聞くと、あの時の顔を思い出したのか、黙って頷くだけでした。

こんな怖い人に、私は怒鳴られたんだ。自分のしでかしたことに、改めて背筋が凍りました。

あの時、ホントに食べられても、おかしくなかったのかもしれません。

「んで、これが、魔入道。不思議な妖能力を持ってる奴じゃ」 

 その姿は、ブクブク太った巨大な熊みたいな、全身真っ黒な毛で覆われて

いました。顔は、目も鼻も口もほとんど判別できないくらい小さい。

なのに、大きな頭には、竜巻が渦を巻いていました。

これが、あの、真面目そうなサラリーマンの正体だとは、思えません。

「最後が、闇爺じゃ」

 見れば、いかにも悪そうな人相の皺だらけのおじいさんでした。

体中が、ブヨブヨしてそうで、皮膚が垂れ下がり、全身が赤茶色していました。

「こやつは、ずる賢くて、地獄の鬼どもを騙して、大王に反旗を翻したんじゃ。もちろん、返り討ちにあったがな」

「ハァ~、やっぱり、見なきゃよかったかも…… 今夜、夢を見そうだわ」

 私は、ガックリと肩を落としました。

「ついでに、もっと見せてやったらどうだ。地獄には、もっとすごい奴がウヨウヨいるぜ」

「イヤ、遠慮しとくわ」

 私は、えんまくんの申し出を、丁重に断りました。

結局、この日の夕食は、食欲もなくて、食べ物も喉を通りませんでした。


 そして、翌朝、朝食を終えると、えんまくんが言いました。

「それじゃ、行くか」

 そう言って、マントを羽織りました。

「待って、私も行く」

「ダメだ。雪には、危険すぎる」

「でも、私だって、妖怪パトロール隊よ」

「それでも、ダメ。なんかあったら、どうすんだ」

「大丈夫よ。この着物とゲタがあるもの」

「そんなもんじゃ、役に立たない」

「自分の身は、自分で守るわ。だから、私も連れてって」

 私は、頑として引き下がりません。

「どうする、キャポ爺」

「う~ん、これも、勉強じゃろ。しかし、危なくなったら、逃げるんじゃよ」

「ハイ、わかりました」

 私は、身を引き締めて、元気よく返事をしました。

「ほな、皆さん、行ってらっしゃいでゲス。気をつけるでゲスよ」

「バーロー! カッパもくるんだよ」

「ケケェ~、やっぱり、あっしも行くんでゲスか?」

「当たり前だろ。雪が行くって言ってるのに、お前がこなくてどうすんだ」

「しょうがないでゲス。あっしも行くでゲス」

 カパちゃんがとても残念そうな顔で言いました。

「カパちゃん、しっかりしてよ」

「雪子はんは、度胸があるでゲス」

 褒めてるのか、貶してるのか、よくわからないことを言いました。

「それじゃ、行くぞ」

 えんまくんは、マントを広げると、私とカパちゃんをマントで包みます。

こうして、私たちは、例の妖怪たちがいるバーに行きました。


 着いてみると、まだ、看板は出ていません。

「まだ、お昼だから、だれも着てないのよ」

 私は、そう言って、夜まで待つことを提案しました。

「イヤ、明るいウチのがこっちに分があるんじゃ」

 キャポ爺さんが言うと、えんまくんが言いました。

「よし、カパル、様子を見て来い」

「ケケェ、あっしがでゲスか?」

「他に誰がいるんだ」

「待って、私が行ってくる」

 私は、そう言って、胸の着物を両手で引き締めました。

「チッ、しょうがねぇな。気をつけろよ」

 えんまくんは、電柱の陰に隠れました。

私は、心臓がドキドキして、今にも口から出てきそうなくらい、緊張しました。

 そして、ドアに手をかけました。鍵が開いていて、ドアが少し開きます。

勇気を振り絞って、ドアを開けました。

 ところが、それよりも強い勢いで、ドアの方が先に開きました。

私は、中から出てきた人物に押されて、後ろに倒れます。

「ちょっと、なによ、いきなり」

「あ、あんた、昨日の……」

 出てきたのは、バーのマスターでした。

「あら、マスター」

「逃げろ。すぐに逃げるんだ」

「えっ? 」

「いいから、逃げるんだ。ここにいたら、危険なんだ」

 マスターは、顔面蒼白の状態で、震えていました。

そこに、えんまくんが、姿を現しました。

「お前も妖怪だな。覚悟しろ」

 えんまくんは、持っているステッキをマスターに突き出しました。

「待って、えんまくん。この人は、関係ないの。このお店のマスターなのよ」

「でも、妖怪には、変わりない」

 すると、マスターは、えんまくんの足元にすがり付いて言いました。

「もしかして、あなたが、えんま様ですか?」

「それがどうした」

「た、助けて下さい。このままじゃ、私は、殺されます。どうか、助けてください」

「なに言ってんだ、お前?」

 マスターは、今にも泣きそうな顔をして、手を合わせています。

「えんまくん、マスターは、関係ないの。妖怪だけど、いい人なのよ」

 私もマスターといっしょに、説得しました。

「ふん、まぁ、いい。だったら、怪我しないうちに逃げろ」

 そう言って、ステッキを降ろしました。

すると、店の奥から、例の四人組が姿を現しました。

「出たな、妖怪」

 えんまくんが、顔を引き締めます。私は、マスターと電柱の陰に隠れました。

「それは、こっちの台詞よ。あんただって、妖怪じゃないか。違うかい、

えんま」

 細い痩せぎすの女が言いました。この人が、ツララ女なのです。

「待ってたぜ。貴様の首を持って、大王に晒してやる」

 やくざ風の体が大きい男が言いました。この人が、鬼やん魔です。

「一人で、のこのこ来るとは、度胸だけは、褒めてやるよ、えんま。覚悟してもらいますよ」

 サラリーマン風の男が眼鏡をはずしながら言いました。この人が、魔入道です。

「えんま、わしらを相手に勝てると思っとるのか?」

 最後に、人相の悪いおじいさんが言いました。この人が、闇爺です。

この人たちを前にしても、えんまくんは、一歩も下がりませんでした。

電柱の陰に隠れている、私とカパちゃん、マスターは、怖くて震えている

だけです。

「今なら、生きて地獄に帰してやるけど、抵抗するなら、遠慮なく、ぶっ殺す」

「おもしろい。やれるもんなら、やってもらおうじゃないか」

 えんまくんと、鬼やん魔が言い争いになります。

それが、合図でした。四人の姿が、あっという間に、本当の姿を現しました。

昨日、妖怪テレビで見た、あの恐ろしく、不気味な姿でした。

本当の姿を、目の前にして、その迫力に、思わずその場にへたり込んでしまい

ました。

 やっぱり、付いて来ない方がよかったかも……

そんな思いでいると、いよいよえんまくんと妖怪たちの戦いが始まりました。

ホントに、えんまくん一人で勝てるのだろうか?


 ツララ女が空高く飛び上がると、何十本もの鋭いツララが、えんまくんに

発射されました。えんまくんは、それをステッキで交わして、叩き折りします。

「その程度か」

 えんまくんは、マントを翻して空を飛ぶとステッキをツララ女に向けます。

すると、そのステッキが、長く伸びて、ツララ女の体に命中しました。

「ぐあっ……」

 ツララ女の腕が折れて、体にひびが入ります。でも、すぐに体勢を立て

直しました。

「今度は、こっちから行くぞ」

 鬼やん魔が、口から火を吐きました。私たちは、電柱の影に身を寄せます。

えんまくんは、冷静にマントで体を包んで、炎を防御します。

「火なら、こっちのが上だぜ」

 えんまくんは、ステッキを鬼やん魔に向けます。

すると、ステッキの先から、真っ赤な炎が渦を巻いて、鬼やん魔の体を

包みます。

「うわーっ!」

 鬼やん魔は、炎に包まれて、地面を転がります。

しかし、ツララ女が口から水を吹いて、その火を消します。

「やってくれるね。でも、私たちに勝てると思ったら、大間違いよ」

 ツララ女が言いました。すると、魔入道が一歩前に出ると、口から黒い煙を

吐きました。

「くそっ、なにも見えない」

 目の前が真っ暗になって、えんまくんも前が見えません。

そこに、鬼やん魔の大きな腕が風を切って、えんまくんを襲いました。

地面に転がるえんまくんを助けに行こうと、足を踏み出しました。

「いかん、あんたまでやられる」

 マスターは、着物の袖を掴んで、出て行くのを止めます。

「でも、えんまくんが……」

「お嬢さんまで、やられてしまいますよ」

 すると、真っ暗な煙の中から、二筋の光が見えました。

「この程度で、やられるえんま様じゃねぇぞ」

 黒煙の中から、目を光らせたえんまくんが現れます。

「すごい、目から光が出てる!」

 私は、また一つ、えんまくんの妖能力を垣間見ました。

そして、マントをはずすとそれを大きく広げました。それは、巨大なうちわの

ようです。それを思いっきり扇ぐと、真っ黒な煙があっという間に、消えてなくなりました。

「マントって、そんなことも出来るの?」

 私は、戦いの一部始終を目に焼き付けることにしました。

「なかなかやるの。さすが、貴公子えんまじゃ。しかし、まだまだ、子供じゃな」

 闇爺がそう言うと、頭の上で渦を巻いている竜巻を、えんまくんに

向けました。

竜巻は、だんだん大きくなって、えんまくんを飲み込みました。

「うわ~っ!」

 えんまくんの叫び声が聞こえました。

「えんまくん!」

 私は、電柱の陰から飛び出しました。

「もう、やめなさい!」

 私は、そう言って、四人の妖怪の前に立ちはだかりました。

不思議と、このときは、足が震えていませんでした。

「おや? お前は、昨日の人間じゃないか。えんまの仲間ね。だったら、いっしょに殺してやるわ」

 ツララ女が私を見下ろすと、指先を私に向けます。

まずい、このままじゃ、ツララにやられる。私は、そう思いました。

でも、私だって、妖怪パトロールの一員です。例え人間でも、簡単にやられる

わけにはいきません。えんまくんの前なら、なお更です。

自分の身は、自分で守ると宣言した以上、このままあっさりやられてなるもの

ですか。

「死ね、人間」

 ツララ女がそう言って、指先のツララが私に向けて放たれました。

「えーいっ!」

 私は、履いている下駄を思い切り、蹴り上げました。

すると、ゲタが宙を舞って、ツララを砕きました。ツララが折れる、硬い音が

響きました。

「まさか!」

「やるな、人間。それなら、これで、どうだ」

 今度は、鬼やん魔が火を吹きます。あっという間に、私の体は、炎に包まれました。

「熱い…… 助けて、誰か、えんまくん、助けて……」

 このままでは、火に焼かれて黒焦げになります。

「雪子はん、大丈夫でゲス。しっかりするでゲス」

 カパちゃんの声が聞こえました。私は、地面に転がります。

「バ、バカな、どうして……」

 ゆっくり目を開けて、体を起こすと、真っ黒に燃えたはずの体が、なんとも

ないのです。

「うそ! 全然、熱くない」

「雪子はん、しっかりするでゲス。着物が守ってくれてるでゲス」

 私は、ゆっくり立ち上がると、ゲタが足元に戻ってきました。

そして、自分の体を見ると、真っ白な着物がそのままでした。

「人間のクセに、なかなかやりますね」

 魔入道が、口から黒い煙を出しました。

「アカンでゲス。その煙は、毒ガスでゲス。煙を吸っちゃダメでゲス」

 カパちゃんの声が聞こえて、私は、着物の袖で口と鼻を塞ぎます。

「ゴホゴホ……」

 それでも、少しは吸ってしまったのか、苦しくなって、膝を付いてしまい

ました。すると、白い液体が、突然、降ってきました。

次第に目の前が明るくなって、煙が消えていました。

そこで見たのは、消火器を持ったマスターの姿でした。

「マスター!」

 私は、マスターに駆け寄ります。

「皆さんたちだけで、戦わせるわけにはいきませんからね。この店は、私の店だ。私が守る」

 そう言って、息を激しくつきながら、マスターが言いました。

「アカン、はよ、逃げるでゲス」

 カパちゃんの声が聞こえるより先に、ツララ女のツララが飛んできました。

今度こそ、ダメかも…… 私は、とっさに目を閉じました。

「だから、言っただろ。付いてくるなって」

 私の前には、えんまくんがいました。マントを大きく広げて、私たちを守ってくれていました。

「えんまくん……」

「バカヤロ、泣いてる暇があったら逃げろ」

 私とマスターは、カパちゃんに助けられて逃げます。

でも、私は、その足を止めました。そして、着物の袖で涙を拭くと、振り返り

ます。

「えんまくん、しっかり~、負けちゃダメよぉ~」

 私は、大声で叫びました。

「バカ、俺が負けるわけないだろ」

 えんまくんは、マントを翻し、空に飛び上がりながら、私を見て笑いました。

「そろそろ、本気を出させてもらうからな。覚悟しろよ」

 えんまくんは、そう言って、空中で止まると、妖怪たちに急降下しました。

「妖能力、火炎車!」

 えんまくんは、そう叫ぶと、ステッキを妖怪たちに投げます。

すると、そのステッキが、丸くなって、火が付きました。まさに、炎の輪です。

 それが、ツララ女を焼き尽くしました。

「ぎゃあぁ~」

 叫び声とともに、ツララ女は、溶けてなくなってしまいました。

「お次は、お前だ」

「何の、火なら、負けるか」

 炎の輪っかは、今度は、鬼やん魔に向かって投げられました。

しかし、鬼やん魔も口から火を吐きます。

「火炎のえんまに勝てると思ってるのか」

 えんまくんの炎の輪は、鬼やん魔の吐く火を裂くように進んで、ついには

鬼やん魔の体を真っ二つに切り裂いたのです。

「まさか、俺の火がぁ……」

 最後の断末魔で、体が燃え尽きてしまいました。

「どうした、まだ、やるか?」

 えんまくんは、戻ってきたステッキを手にすると、地面に降り立ちました。

「くそっ」

「どうした、また、煙を吐くか、それとも、竜巻を起こすか」

「……」

「何度やっても、俺様には、通じないぜ」

 えんまくんは、残りの二人の前に進み出ました。

「もうよい。えんまくん」

 キャポ爺さんは、そう言って、えんまくんを嗜めます。

「歯ごたえがない奴だったな。キャポ爺、骸骨馬車だ」

 そう言うと、キャポー爺さんの目がピカッと光って、雲に向かって放たれ

ました。すると、その光に沿って、なにかが降りてきました。

 次第に大きくなっていくそれは、馬車でした。でも、馬車は馬車でも、

馬が引いているのではなく白い骸骨が引いていました。

それが、私たちの目の前に止まりました。

「な、な、なにこれ?」

「これは、骸骨馬車と言って、地獄まで妖怪を送ってくれる乗り物でゲス」

 カパちゃんが説明してくれました。

目の前に止まっている骸骨が引いている馬車を見ても、まだ、信じられません

でした。

「これ以上、手間かけさせるな。とっとと、乗れ」

 えんまくんがそう言うと、残った魔入道と闇爺が、おとなしく馬車に乗り込みました。そして、私たちに向き直ると、えんまくんは、こう言いました。

「そこの妖怪。お前は、どうする?」

 隠れていたマスターが、顔を出して、静かに言いました。

「地獄に帰ります」

 そう言って、骸骨馬車に乗ろうとします。

「その必要はない。お前さんは、人間じゃろ。そのままでよい」

 キャポ爺さんがそう言って、マスターを止めました。

「生憎、定員オーバーらしい。よかったな、お前」

 そう言って、えんまくんは、骸骨馬車のドアを閉めました。

それが合図なのか、骸骨馬車は、再び雲に向かって走り出しました。

地獄って、空にあるのか、不思議でした。

「さてと、無事に終わったな。それじゃ、帰るか」

 えんまくんは、そう言って、マントを何度かパタパタ降って、ホコリを

落とすと、肩に羽織りました。

「あの…… みなさん、その、ありがとうございました」

 マスターは、そう言って、深々と頭を下げました。

「別に、お前を助けたわけじゃねぇから、勘違いするな」

「ハ、ハイ、でも、いいんですか、私も妖怪ですよ」

「ハァ? お前は、人間だろが。どっからどう見ても、お前は人間だろ」

「えんま様……、ありがとうございます」

 私は、二人のやり取りを見て、少し感動しました。

「えんまくんも、いいとこあるのね。見直しちゃった」

「パーロー、俺は、いいとこだらけに決まってるだろ」

 そう言って、えんまくんは後ろを向いてしまいました。

「マスター、よかったわね。お店のこと、これからもがんばって下さい」

「ハイ、お嬢さんも、ありがとうございました。よろしかったら、また、飲みに来て下さい」

「そうさせてもらうわ。えんまくんもいっしょにね」

「おい! 俺は、行かないから」

「ケケケ、あっしは、行くでゲスよ。キュウリサワーを飲みに行くでゲス」

「そんなまずいもん、飲んでんじゃねぇよ」

 えんまくんは、そう言って、カパちゃんのお皿をパチンと指で弾きます。

「あいた…… もう、えんまくんは、乱暴でゲス」

「いいから、帰るぞ」

 えんまくんは、マントを広げると、私たちを包んで、空に飛び立ちました。

「マスター、元気でねぇ。またねぇ~」

 私は、マントの隙間から顔を覗かせて、手を振りました。

下では、マスターが、大きく手を振っているのが見えました。

 こうして、私の妖怪パトロールの一日が過ぎました。

私にとっては、とても貴重な経験が出来ました。マントに包まれながら、

楽しい気分になりました。

 ところで、マスターの正体って、何なのか、聞くの忘れました。

どんな姿で、本当の名前とか、聞いておけばよかったかもしれません。

でも、マスターは、人間だから、どうでもいいかと、思い直しました。

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