第2話 妖怪もいろいろ。

 こうして、私の妖怪パトロール隊の一日が始まりました。

それからの私は、カパちゃんと街をブラブラしながら、悪い妖怪がいないか、

パトロールします。それが、私に与えられた仕事だからです。

「ねぇ、カパちゃん。こんなことしてて、ホントに悪い妖怪って見つかるの?」

「さぁ…… でも、えんまくんが言うんだから、しょうがないでゲス」

 なんか、答えにならない返事に、私は、ちょっとガッカリしました。

「でもさ、ただ、歩いているだけじゃ、見つからないんじゃないの?」

「犬も歩けば、棒に当たるって言うでゲショ。歩いていれば、なんか見つかる

かもしれないでゲス」

「そんなもんかなぁ~」

 私とカパちゃんは、ただ、当てもなく街を散歩するだけでした。

「あのさ、カパちゃんて、人間には見えてるんでしょ?」

 どう考えても、カッパが堂々と人混みの中を歩いていれば目立つし、

場合によっては、警察に通報されることもあります。

「その点は、大丈夫でゲス。人間たちには、あっしの姿は、見えないでゲス」

「えっ? そうなの……」

「そうでゲス。だって、見えたら、大変でゲショ」

「そりゃ、そうだけど。それじゃ、どうして、私には見えてるの?」

「雪子はんは、あっしらの仲間だからでゲスよ」

「ふぅ~ん、そういうもんなのね」

 なんか、とても不思議に感じました。私は、こうして隣に歩いている背の低いカパちゃんと普通に会話しているのに、周りの人たちには見えてない。

私も、少しずつ、妖怪に近くなっているのかなと思いました。

 でも、妖怪と話しながら歩くのって、他の人たちには見えないだけに、

ちょっと優越感もありました。だけど、周りの人たちには、私が独り言を

言ってる、危ない人に見えるのかもしれません。

 一時間くらい当てもなく歩き続けた私は、さすがに疲れてきました。

「カパちゃん、アソコの公園でちょっと休んでいかない?」

「ほな、そうするでゲス」

 私たちは、見知らぬ初めての公園に足を踏み入れました。

回りには、小さな子供たちとその親たちが遊んでいるだけでした。

私は、ベンチに腰を下ろして、ホッとしていると、カパちゃんが私の背後に

回ってそっと耳に囁いたのです。

「アソコを見るでゲス」

「どこよ?」

 私は、ブランコの近くに一人でたたずんでいる少年を見ました。年からして、小学生の四年生くらいでしょうか?

「あの子がどうしたのよ?」

「人間のニオイがしないでゲス」

「人間のニオイ? どういうこと」

「あいつ、妖怪でゲス」

「うそ! だって、普通の男の子じゃない」

「声が大きいでゲス。見つかるでゲス」

「ご、ごめん」

 私は、小さな声で言いました。

「それで、どうするの?」

 私たちは、お互いに耳打ちし合います。

「えんまくんを呼ぶでゲス」

「呼ぶって、どうやって? 呼びに行ってる間に、逃げられちゃうわよ」

 確かに、携帯電話で呼び出すってわけにもいかない。だって、えんまくんは、携帯を持ってないから。

「カパちゃん、どうするの…… 私たちだけで、退治する?」

「そんなの無理でゲス」

 カパちゃんは、首を左右に振ります。

「それじゃ、どうやって……」

 その時、その少年が、私たちに気が付いたらしく、こっちを見ました。

「カパちゃん、見つかった」

「ケケケ…… どないするでゲス」

 私もカパちゃんも慌てました。こんなときに、えんまくんがいないなんて……

すると、その少年は、こっちに近づいてきました。

「カ、カ、カパちゃん、こっちに来るわよ」

「ケケェ~ どないしょ……」

 ゆっくりと少年が近づいてきます。逃げようと思っても、見つかった以上、

逃げても追いかけてくるかもしれません。

私は、一度、深呼吸すると、腰を落ち着けて、近づいてくる少年を真正面から

見据えました。こうなったら、覚悟を決めるしかありません。

妖怪と言っても、小さな男の子だし、説得すれば、悪さはしないと思いました。

「ねぇ、キミ、ぼくが見えるの?」

 その少年は、私に言いました。座っている私と目線的に同じくらいです。

「見えるけど……」

「ふぅ~ん、見えるんだ。で、そこのカッパは、何者?」

 少年には、カパちゃんの姿が見えるようです。これで、この子は、妖怪なのがわかりました。

「あっしは、カパルでゲス。妖怪パトロール隊でゲス」

「妖怪パトロール? へぇ~、それじゃ、やっぱり、噂はホントだったんだ」

「どういうこと?」

「妖怪たちの噂で、人間界にいる妖怪を捕まえに来る、妖怪パトロール隊の

こと」

 そんな噂が、すでに妖怪たちの中に聞こえていることを知りました。

「ねぇ、あなたの名前は?」

「あおはる小僧。と、地獄では呼ばれていたけど」

 あおはるって、もしかして、感じで書くと、青春て書くのかしら?

私は不思議に思いながらも平静を取り繕って聞きました。

「あおはるくん。おとなしく、地獄に帰ってくれない?」

「いいよ」

「えっ?」

 私もカパちゃんも、その言葉にビックリして、顔を見合わせました。

「今、なんて言ったの?」

 私は、もう一度、聞きました。

「帰ってもいいよって言ったの。そろそろ人間界にも飽きてきたからさ」

「飽きたって……」

 私は、言葉が出ませんでした。こうもあっさり、妖怪が見つかったことも

ビックリだけど初めて見る妖怪が、人間そっくりで、小さな子供の男の子なんて思いもしなかったのです。よく見れば、可愛らしい顔をしています。

薄汚れたTシャツに、紺色の半ズボンに、白い運動靴を履いていました。

髪は短く、目鼻立ちは、普通の男の子と同じです。

 こんな男の子が、ホントは妖怪だなんて、信じられません・。

「どうした? えんまは、来ないのか」

「そ、そうね。カパちゃん、えんまくんを呼んできてよ」

「ほな、ちょっと行って来るでゲス」

 カパちゃんは、公園を出て行こうとしました。

「おい、待て。その必要はないぞ」

 あおはるくんがそう言って、カパちゃんを止めました。

「お~い」

 空から黒い物体が飛んできて、私たちを呼びました。そして、私たちの前に

えんまくんが降り立ちました。

「久しぶりだな、えんま」

「なんだ、俺の妖怪アンテナが反応したから、誰かと思って来てみたら、

お前かよ」

 そう言って、えんまくんは、あおはるくんに笑顔で近寄ると握手したのです。

「あの…… もしかして、知り合いなの?」

「地獄界じゃ珍しい、幼なじみだよ」

 えんまくんは、あっさり言いました。

「幼なじみって…… 妖怪同士で?」

「悪いか」

「イヤイヤ、全然悪くないわ」

 えんまくんに睨みつけられて、私は、急いで否定しました。でも、冷や汗が

止まりません。

「それで、お前、何しに人間界にきたんだ」

「退屈だったからさ」

 あおはるくんは、小さな声で言いました。

「地獄界にいても、毎日、同じことの繰り返しだろ。退屈で死にそうだったんだよ」

 少しずつ話し始めると、えんまくんも黙って聞いています。

「だから、人間界に来てみたんだ」

「それで、どうだった?」

「最初は、おもしろかった。でも、だんだんおもしろくなくなってきてな。

そろそろ地獄に帰りたくなったころだから、自首するぜ。地獄に送り返せよ」

 すると、えんまくんは、腕組みをして何か考えていました。

「なんか、人間に悪さとかしてないよな」

「そんなことするか。人間なんて、つまんねぇ生き物だし、そんなのに悪さしてもおもしろくもなんともない」

「だったら、見逃してやるから、そのまま人間の姿でいろ」

「えっ? ちょっと、えんまくん、いいの、そんなことして……」

 私がビックリしました。そばにいる、カパちゃんも同じように目を丸くして

います。

「人間として生きていくなら、見逃してやるって言ってんだよ」

 えんまくんは、はっきり言いました。

「イヤ、その気はない。地獄にでも、どこでも送り返せ」

 あおはるくんも、きっぱり言いました。

「そうか。だったら、地獄に送り返してやる」

 えんまくんは、そう言って、キャポ爺さんに送り返すことを伝えます。

「ちょっと待って」

 私は、キャポ爺さんとえんまくんに言いました。

「あおはるくん、人間界が退屈って言ったわよね」

 すると、あおはるくんは、ひねたように私を上目遣いに見て頷きました。

「あおはるくんは、人間界に来て、どれくらいなの?」

「三ヶ月くらいかな?」

「それじゃ、まだ、退屈かどうかなんてわからないじゃない」

「そんなの、すぐわかるさ。毎日、人間たちを見てれば、わかるよ」

「わかってないわ。あおはるくんは、全然わかってない」

 私は、立ち上がって、今度は私があおはるくんを見下ろしながら言いました。

「あおはるくん、私と勝負しよう」

「ハァ? お前、なに言ってんだ? いいから雪は、黙ってろ」

 えんまくんが横から口を挟むのも構わずに、私は続けました。

「あおはるくん、私と勝負して、私が勝ったら、ずっとこのまま人間界で暮らすのよ」

「お前、バカだろ。人間が、妖怪と勝負して、勝てるわけないだろ」

「うぅうん、勝てるわ」

「おもしろい。バカな人間だな。おい、えんま、止めるなら今のうちだぞ」

「おい、雪、やめとけ。相手は、あおはる小僧だぞ。ケガするだけだ、

やめとけ」

「えんまくんは、黙ってて。あおはるくん、私と勝負するの、しないの?」

「やってやる。痛い目に遭ってから、泣いても遅いからな。いいな、えんま」

 えんまくんは、私とあおはるくんの間に入って、止めようとします。

「えんまくん、ここは、雪子さんに任せてみたらどうじゃ」

「いいのかよ、キャポ爺」

「雪子さんに、なにか考えがあるのかも知れんじゃろ」

「ありがと、キャポ爺さん」

 私は、そう言うと、あおはるくんに向き直りました。

すると、あおはるくんの体がオレンジ色に光りました。そして、一瞬にして、

正体を現しました。その姿は、まさしく、小さな怪獣でした。

体中がオレンジ色の鱗に覆われ、尻尾も生えて、両手両足の指は、

鋭い爪が光ってます。子供らしい顔も、髪が逆立ち、目もつり上がり、

口も裂けています。

 あおはるくんの本当の姿って、こんなに不気味なの?

やっぱり、人間の姿をしていても、妖怪は妖怪なんだ。でも、ここで引き下がる訳にはいきません。

「さぁ、どっからでもかかって来い人間。体を引き裂いて、食ってやる」

 あおはるくんは、尻尾を振り回し、爪を私に向けて近寄ってきます。

私は、ホントに食べられると思って、恐怖に顔が引きつりました。

見ると、えんまくんもカパちゃんも黙って見ているだけで、助けようともしません。

「どうした、人間。恐ろしくなったか?」

「あおはるくん、あなたの正体って、そんな姿だったの?」

「それがどうした。これが、俺のホントの姿だ。恐ろしくなったか」

「全然、怖くないわ。むしろ、オレンジ色で可愛いじゃない」

「人間、俺をバカにしてるのか?」

「してないわよ。あおはるくんに、人間界の楽しさを教えてあげるの」

「フン、バカバカしい」

「あなたと戦って、私が勝てるわけないじゃない」

「当たり前だ。こう見えても、俺は、強いんだぞ」

「でも、あなたは、やっぱり、人間には勝てないわ」

「バカにするな!」

 あおはるくんは、尻尾を振り回し、私を威嚇します。

その尻尾の先が、私の頬を掠めました。えんまくんが、ステッキを持って、

あおはるくんを睨みつけます。

「えんまくん、待って。私に考えがあるの」

「雪……」

「ねぇ、あおはるくん、私とゲームで勝負しよう。それに勝てたら、私を食べていいわ」

「おもしろい。やってやろうじゃないか」

 あおはるくんは、爪を真っ赤な舌でなめながら言いました。

「それじゃ、私についてきて。それと、その格好はやめて、普通の男の子に

戻って」

 そう言うと、あおはるくんは、元の少年の姿になりました。

でも、言葉遣いは、妖怪のままでした。

「どこに連れて行こうって言うんだ?」

「ゲームセンターよ。あなたに人間界の楽しさを教えてあげるわ」

 そんな、大見得をきったのはいいけど、実は、私もゲームには自信はないし

こんなはずではと思っていました。だけど、人間の一人として、人間界を退屈などとわかってもいないのに、悪く言われたのが、我慢できませんでした。

「あおはるくん、ゲームは、やったことある?」

「そんなくだらないもん、やる気もない」

「これ、おもしろいのよ。あなたの好きな、対戦ゲームだから」

「人間と戦って、負けるわけがないだろ」

「さぁ、どうかしら……」

 私は、駅前のゲームセンターに入ると、二人で戦う対戦ゲームを

見つけました。

「まずは、やり方を見ててね」

 私は、肩からぶら下げている、閻魔大王から預かっている財布を出します。

「悪いけど、えんまくん、お金を崩してきてくれない?」

「お前、俺様をパシリに使う気か」

「いいから、行って来て」

 私は、強い口調で言いました。すると、えんまくんは、鼻を鳴らしながらも

両替してきてくれました。

「いい、あおはるくん」

 私は、メダルを入れて、ゲームを始めました。

あおはるくんは、ゲーム画面と私の指捌きを目に焼き付けていました。

えんまくんとカパちゃんは、私の後ろからその様子を見ています。

 対戦ゲームは、私の勝ちでした。

「わかった」

「わかった。よし、やってやろうじゃないか。こんな事で、人間に負けるわけがない」

「どうかしらね」

 私は、ドヤ顔で横にいるあおはるくんを見ました。あおはるくんは、

そんな私を睨みつけます。

そして、ゲーム開始です。結果から言えば、私の圧勝でした。

「もう一回だ」

「いいけど、何度やっても、あおはるくんは、私に勝てないわよ」

「そんなはずはない。俺が、人間に負けるわけがないんだ」

 実際、何度やっても、あおはるくんは、私に勝てませんでした。

「クソ! なんでだ。なんで、勝てないんだ……」

「どうやら、私の勝ちのようね」

「ちくしょう…… もう一回だ」

「もう、その辺でやめとけ」

 えんまくんがあおはるくんの肩をポンと叩きました。

「あおはる小僧。雪の勝ちだ。お前の負けだよ」

「そんなはずはないんだ。妖怪が人間に負けるなんて、そんなのあるわけないんだ」

 あおはるくんは、涙を流して、悔しがっていました。

「あおはるくん、わかったでしょ。人間界って、あなたが言うほど、退屈じゃ

ないわ」

 私の言葉に、あおはるくんは、泣き顔を上げました。

人間の私に負けたことが、余程悔しかったのか、その表情は、妖怪ではなく、

ただの少年でした。

「ほら、涙を拭きなさいよ」

 私は、ポーチの中からハンカチを出して渡しました。

あおはるくんは、すっかりしょげて、黙ってハンカチを受け取ると涙を拭いていました。

「ねぇ、あおはるくん。ゲームって、おもしろいでしょ。これって、どこの誰だかわからない、姿の見えない他人と戦うのよ。命を取り合うような戦いじゃないけど、勝負は、勝負でしょ」

 私は、あおはるくんを諭すように優しく語り掛けました。

「あおはるくんなら、すぐに強くなるわ。だって、あなたは妖怪だもん。すぐに私なんて、負けちゃうわ」

「そうかな……」

「そうよ。あおはるくんなら、人間なんかに負けるわけないじゃない」

 あおはるくんは、力なく頷きます。

「どうする? これでも、地獄に帰りたい」

 最後に私は言いました。

「イヤ、帰らない。俺は、人間界で、やりたいことが見つかったんだ。だから、帰らない」

 あおはるくんは、そう言うと、元気よく立ち上がりました。

「えんま、悪いけど、見逃してくれ」

「まったく…… しょうがねぇな。お前とは、ガキの頃からの友だちだもんな」

 えんまくんは、そう言って、あおはるくんの肩を抱きました。

「その代わり、もう、妖怪の姿になるなよ」

「わかってる。約束する」

「それと、出来れば、もう、俺とは会わないほうがいいかもな」

「うん。俺もだ。もう、お前とは会わない」

「お別れだな」

 そう言って、えんまくんとあおはるくんが、がっちり握手して抱き合います。

何だか、見ている私の方が泣きそうでした。

「なに言ってるのよ。あなたたち、友だちなんでしょ。なんで、別れるのよ。

いつでも会いたくなったら、会えばいいでしょ」

 私は、そんな男同士の友情をあっさり壊すなんて、そんな簡単なことじゃないと思ったのです。

「いいじゃない。妖怪同士、仲良くしたって。あおはるくんもえんまくんも、

もっと素直になったら」

「雪、お前、出しゃばるんじゃねぇよ」

 えんまくんが、拳を振り上げました。私は、思わず両手で頭を抱えます。

「よせ、えんま。この人間の言う通りかもしれない。俺は、えんまとは、ずっと友だちでいたいと思う」

「あおはる小僧……」

「うしゃしゃしゃ…… いいじゃないか。あおはる小僧も、えんまくんも、その辺でいいじゃろ」

 キャポ爺さんが高らかに笑いながら言いました。

「しょうがねぇ。人間界で、お前に会ったのも縁だ。居所だけは、後で教えろよ」

「わかった。ところで、人間、お前の名前は?」

「雪子よ」

「覚えておく。俺が強くなって、お前が負けたら、食ってやるからな。覚悟しておけよ」

「ハイハイ、覚えておくわ。そのときは、黙って、食べられてあげるから」

「約束だぞ」

「人間と妖怪の約束だからね」

 私は、あおはるくんと指切りしました。

その後、あおはるくんは、ホントに強くなって、プロのゲーマーとして

世界チャンピオンになったのです。

でも、私を食べにくることは、ありませんでした。

 私たちは、ゲームセンターを出ました。

「それじゃ、またな」

「うん、あおはるくんも元気でね」

「雪子、お前もな。それと、えんま、ありがとよ」

「あおはる小僧、人間に負けるなよ」

「おぅ!」

 そう言って、私たちは、あおはるくんと別れました。

「えんまくんもいいとこあるわね」

「バカ、お前こそ、ホントに死ぬとこだったんだぞ。もう、危ないことはすんな」

「ハイ、反省してます」

「ホントに反省してんのかよ? これからは、妖怪を見つけても、一人で手を

出すな。必ず俺を呼べよ」

「ハイ、わかってます」

 そんな話をしながら、私たちは、暗い夜道を歩いて帰りました。

「おーい! えんま、ちょっと待ってくれ」

 しばらく歩いていると、後ろから私たちを呼ぶ声がしました。

あおはるくんが走ってきて、私たちに追いつくと、話しかけてきました。

「どうしたの?」

 私が聞くと、あおはるくんは、息を切らしながら言いました。

「えんま、お前に言っとくことがある。ホントは、言うかどうするか、迷ったんだけど、おまえにウソはつきたくないから」

 あおはるくんは、息を整えると、真面目な顔をしてえんまくんに言いました。

「さっき、言ったよな、妖怪パトロールをやってるって」

「それがどうした?」

「だったら、気をつけろ。お前たちを狙ってる妖怪たちがいる」

 そう言って、一枚の名刺を見せました。

「スナック・鬼陣、なにこれ?」

 私は、それを手にしました。どう見ても、スナックかバーの名刺のよう

でした。

「俺は、一度行ったことがある。ここに、妖怪どもが巣食っている」

「ふぅ~ん、どう思う、キャポ爺」

「あおはる小僧の言うとおりなら、一度、見てみる価値はありそうじゃな」

「ウソじゃねぇって。妖怪パトロール隊のことは、もう、人間界にいる妖怪たちの間じゃ、噂になってる。その中には、お前たちをどうにかしようって企んでる奴らもいるんだ。気をつけろよ」

「ありがとよ、精々気をつけることにする」

「あおはるくん、教えてくれてありがとうね」

「別に、お前のためにしたんじゃねぇよ。見逃してくれたから、借りを返した

だけだ」

 そう言って、あおはるくんは、初めて笑ってくれました。

「あおはる小僧も、気をつけるんじゃぞ」

「わかってるって。そう簡単にやられやしないから」

 そう言って、あおはるくんは、明るく手を振って、夜の雑踏の中に消えて

行きました。その後、私たちは、一枚の名刺を手にして、地獄城に帰りました。


 地獄城に戻った私たちは、まずは、もらった名刺を前にして、会議を

始めました。

「これ、どう思う?」

「さぁな、とりあえず、行ってみなきゃわかんないな」

「行ってみるって、誰が行くの?」

「決まってるだろ。お前とカパルだろ」

「えーっ、私が行くの!!」

 私は、驚いて椅子から立ち上がりました。

「だから、カッパを付けてやるって言ってんだよ。一人で行けなんて言ってないだろ」

 えんまくんは、長い妖怪アンテナの眉毛を指でいじくりながら言いました。

「でもさ、私は、人間だし、なにかあっても、なにも出来ないし……」

「だから、カッパといっしょに行けって言ってんだろが」

「あの…… あっしも行くんでゲスか?」

 カパちゃんが遠慮しながら聞きます。それをえんまくんは、一蹴しました。

「お前だって、妖怪だろうが。しっかりしろよ」

 カパちゃんもガックリと肩を落とします。

「それで、行ったら、どうしたらいいの?」

「バーなんだろ。客として行けばいいんだよ。お前だって、酒くらい飲める

だろ」

「少しくらいは……」

 私は、正直言って、お酒に弱いので、カクテルくらいしか飲めません。

「だったら、客の振りしていけばいいんだよ」

「あっしは、どうすればいいんでゲス?」

「向こうが妖怪なら、カパルの姿も見えてるはずだ。そこで、なにか聞きだして来い」

 私とカパちゃんは、お互い顔を見合わせて、首を傾げました。

でも、とりあえず、行ってみないと始まらないのなら、行ってみようと

思いました。

「そうじゃ、えんまくん、雪子さんに例の物を」

「ハイハイ、忘れてました」

 キャポ爺さんに言われたえんまくんは、立ち上がると、部屋を出て

行きました。

少しすると、帰ってきたえんまくんは、私にある物を投げてよこしました。

「ほら、これやるから、これからそれを着て行け」

「ありがとう」

 なにやら、白くてきれいな服でした。

「早速、着てみろ」

 言われた私は、それを抱えて、自分の部屋に戻ると、早速、それに着替え

ました。しかし、着替えた姿を鏡で見て、目が点になりました。

と同時に、怒りがこみ上げてきました。

私は、大股で廊下を歩くと、乱暴に大きな音を立ててドアを開けます。

「ちょっと、なによ、これ!」

「いいじゃん。よく似合ってるぜ」

「ケケケ、可愛らしいでゲス」

「サイズもピッタリで、きれいじゃよ」

 三人は、私の姿を見て、笑いながらイヤらしい目で見詰めていました。

私が着たのは、真っ白い着物でした。帯も白で、純白の着物です。

でも、裾が、膝上二十センチくらい上がっているので、まるで、超が付く

ミニスカートを履いているみたいでした。

「イヤよ、こんなの着れないわ」

「なんで? よく似合うぜ」

「冗談じゃないわよ。こんなに短いんじゃ、パンツが見えちゃうじゃない」

「えっ! お前、その下になんか履いてんの?」

「当たり前でしょ。下着くらい、履いてるわよ」

 私は、顔を真っ赤にして言い返しました。こんなコスプレ衣装みたいなもの、私の趣味じゃありません。

すると、えんまくんは、真面目な顔で、こう言いました。

「おい、カパル。雪のパンツを脱がせ」

「ケケケ、待ってました!」

 私は、一瞬、なにを言ってるのかわかりませんでした。

「日本人は、着物の下は、なにも履かないんだろ。だったら、脱げ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。本気で言ってるの? 冗談よね」

「冗談じゃねぇよ。カッパ、とっとと、ひん剥け!」

「待ってました! 雪子はん、覚悟するでゲス。えんまくんの命令だから、諦めて

脱ぐでゲス」

 カパちゃんが、本当にエロガッパのような顔で、私に迫ってきました。

私は、着物の前を両手で押さえながら後ずさります。

「ケケケ、覚悟するでゲス」

 カパちゃんが、目を爛々として、舌をペロペロ出しながら、ヌメヌメした

水かきがある手を差し出して私に少しずつ迫ってきます。

私は、ついに、壁に背中が当たって、それ以上後ろには下がれません。

「カパちゃん、やめて…… お願いだから、ねぇ、カパちゃん」

「ケケェ~、覚悟するでゲス」

「ああぁ~、えんまくん助けて~、やめて、お願いだから」

「ほら、何してんだ、カパル。さっさとやらねぇか」

 えんまくんは、椅子に座ったまま、足を組んで、カパちゃんをけしかけて

笑っています。

「バカバカ、えんまくんのバカァ…… エッチ、ヘンタイ、スケベ!」

 カパちゃんは、ついに私の裾に手をかけました。

「やだやだ、やめて、お願いだから、やめてぇ~」

 私は、両手で必死に前を押さえます。妖怪に襲われるなら、妖怪パトロール

なんて入らなければよかったと、心から後悔して、涙が頬を流れました。

「もう、ダメェ~」

 私は、人としても、女としても、終わりだと、人生を諦めました。

「もう、その辺で、勘弁してやったらどうじゃ」

 キャポ爺さんが、笑いながら言いました。

「ちぇっ、いいとこだったのに……」

 えんまくんは、舌打ちをすると、カパちゃんに言いました。

「カパル、いつまでそんなことしてんだ。雪が泣いてんだろ」

 そう言って、カパちゃんのお皿にゲンコツを食らわせました。

「アイタッ、えんまくんが、やれって言ったんでゲショ」

「俺が、そんな真似するか。俺様は、地獄界のプリンスだぞ。人間の女なんかに興味ない」

 私は、ホッとして、その場にしゃがみこみました。

「悪かったな。ちょっと、からかっただけだ」

「もう、えんまくんのバカ。もう、知らない」

 私は、プイと横を向いて頬っぺたを膨らませました。

「悪かったって。それと、これもやるよ」

 そう言って、私の足元に、小さな駒ゲタを起きました。

「あら、可愛い」

 小さな丸っこいゲタは、赤い鼻緒がついていました。足を通すと、私の足の

サイズにピッタリでした。

「よく、似合うぞ。その着物もな」

 私は、着物の袖で涙を拭いて、下駄を履いて立ちました。

「これは、お世辞でもなんでもない。俺が似合うと言ったら、似合うんだ」

 えんまくんは、真面目な顔をして言いました。

「雪子さん、よく聞くんじゃ。その着物は、雪女の髪で編んだものじゃ。

だから、ちょっとやそっとのことじゃ破れたりはせん。お前さんを守ってくれるはずじゃ」

「これが……」

 私は、自分の着ている白い着物を見たり、手で触って見ました。

どうみても、普通のきれいな白い着物にしか見えません。

「その着物は、雪女の霊力が付いている。先代の雪子姫のお下がりじゃが、

お前さんにも似合うぞよ」

 キャポ爺さんが、眼を細めて言いました。

「それと、そのゲタは、えんまくんのマントとまではいかんが、そこそこいいもんじゃ。お前さんの考えたとおりに動くから、ちょっとした武器になるんじゃ」

「これが?」

 私は、自分の履いている可愛いゲタを見ました。

「ゲゲゲの鬼太郎のリモコンゲタみたいなもんなの?」

「バカヤロ。あんなのといっしょにするな」

 えんまくんが、あっさり否定しました。

「それと、これを髪に付けとけ」

 そう言って、私にくれたのは、ドクロマークの髪留めでした。

「え~、ヤダわ、こんな怖そうなもん」

 どこの世界の女の子が、髪にドクロマークのクリップを付けると思うのか?

えんまくんというか、妖怪のおしゃれのセンスを疑います。

「まったく、雪は、いちいち説明しないとダメなのか。だから、人間は面倒臭いんだよ」

 そう言って、えんまくんは、椅子にどっかり座ると、腕を組んで横を向いて

しまいました。

「ヒャッヒャッヒャッ、それじゃ、わしから説明するぞ」

 キャポ爺さんが代わりに話してくれました。

「それは、お前さんがどこにいるか、教えてくれる妖怪アンテナの代わりじゃ。もしものときは、

すぐにえんまくんが駆けつけてくる。だから、それは、常に髪につけておくんじゃ」

「なるほど、そういうことか。要するに、GPSみたいなもんね」

 そう言って、私は、髪に付けました。

「ケケケ、お似合いでゲスよ」

「もう、カパちゃんなんて、信用しないから」

「ケケェ~、それはないでゲス。さっきは、ホントに、ごめんでゲス」

 カパちゃんは、そう言って、私の足元に膝まづいて何度も頭を下げました。

「反省してるなら、許してあげるわ」

 私は、腕を組んで、カパちゃんを見下ろします。

「ケケケ、おパンツは、白なんでゲスね」

 カパちゃんは、頭を下げているつもりで、目は上を見ていました。

「やっぱり、カパちゃんのエッチ」

 私は、後ろに飛び退いて、前を押さえました。

「でも、ありがとう。これで、どこにいても、助けが呼べるわね」

「甘ったれてんじゃねぇよ。お前も妖怪パトロールなら、一人で何とかできる

ようになれ」

「ハイ、わかりました。隊長」

 私は、そう言って、明るく元気に返事をして、お巡りさんのように敬礼して

見せました。

「まったく…… そんなんで、この先、大丈夫かねぇ」

 えんまくんは、呆れて独り言のように言いました。

でも、私は、いろんなアイテムをもらって、少し勇気が出てきたのです。

もちろん、やる気も。明日から、私もがんばらなきゃと、決意しました。

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