妖怪パトロール始めました。

山本田口

第1話 初めての妖怪。

 私の名前は、水野雪子。大学を卒業したばかりの、二十二歳の女の子です。

大学に入学したのはいいが、一流大学とはお世辞にもいえないだけに、

いまだに就職が叶わず、就職浪人という、厳しい現実の中で生きています。

そんなわけで、卒業しても就活の真っ最中です。今日もある会社の面接に

行ってきます。

 案内が来たので、それを片手に、今日もリクルートスーツに身を固め

履歴書を持って、面接会場に行きました。

 行って見れば、普通の雑居ピルでした。どうやらここは、ただの面接会場で

職場ではないみたいです。エレベーターで四階に降りると、目の前の部屋に

面接会場と書かれた紙が貼ってありました。私は、今度こそと思って、

一度深呼吸してから、ドアをノックしました。

「どうぞ」

 中から声が聞こえたので「失礼します」といってから、ドアを開けました。

中には長机があり、そこに若い男性が一人座っていました。

「そこに座れ」

 言われたとおり私は、ポツンとあるパイプ椅子に腰を下ろします。

目の前にいるのは、全身黒ずくめの男性でした。

しかも、頭に黒いとんがり帽子を被って、黒いマントを羽織っています。

見るからに、怪しさ満点です。私は、早くも、ここから逃げたくなりました。

 その男性は、腕を組んで私をじっと見つめると、口を開きました。

「カパル。ちょっとこい」

 そういうと、隣の部屋から少し小太りの小さな男の子みたいな人が入ってきました。

「この人間でいいのか?」

「ケケケ、間違いないでゲス」

「そうか。おい、キャポ爺、いいんだな?」

「まぁ、よかろう」

「よし、それじゃ、採用だ」

 私は、そんなヘンな会話を聞いているだけでした。何を言ってるんだろう、

この人は?

「おい、聞こえているのか。採用って言ったんだ」

「採用って、私は、合格なんですか?」

「そうだ。お前は、今日から、妖怪パトロール隊の一員だ」

「ハァ? 妖怪パトロール……」

 何を言ってるんだろう…… この会社は、確か派遣会社で、私は経理に

なるはず。

「雪、聞いているのか?」

「ハ、ハイ、でも、その、妖怪パトロールって?」

「だから、人間は、飲み込みが悪いんだ。カパル、キャポ爺、説明してやれ」

 そういうと、黒いとんがり帽子が、人間の言葉を話し出しました。

「水野雪子、お前さんは、これから、わしらといっしょに妖怪パトロールと

いう、重要な任務をするんじゃ。ありがたい話じゃろ」

 何を言ってるの、この人は。てゆーか、帽子がしゃべってる。

しかも、目がある。ギョロッとした目が二つある。若い男性の頭で、帽子が

勝手に話してる。

 その前に、どうして履歴書も渡してないのに、私の名前を知ってるの?

「ぼ、帽子に目がある…… 帽子が、しゃ、しゃべってる……」

 私は、頭がくらくらしてきて、今にも卒倒しそうでした。

「ケケケ、雪子はん、今日からよろしくでゲス」

 今度は、小さな男の子が、話しかけてきました。

でも、それは、人間ではありません。全身緑色で、背中に甲羅を背負って、頭にお皿があって、両手両足の指には、水かきがついて水玉模様の斑点が

ありました。

「カ、カ、カッパ……」

 目の前にいたのは、アニメやマンガでしか見たことがない、カッパそのもの

でした。ずんぐりむっくりして、お腹がポッコリさせて、ボロボロの半ズボンを履いています。

私は、逃げようにも、余りの事で腰が抜けて立てませんでした。

「そいつは、カパル、妖怪パトロールの情報係で、このキャポ爺は、

俺のお目付け役」

「あ、あの、いったい、何の話ですか?」

「お前、就職したかったんじゃないのか?」

「ハ、ハイ」

「だから、入社させてやると言ってるんだ。よかったな、就職が決まって」

 そういわれても、私は、妖怪パトロールなどに応募した覚えはありません。

「あの、あの、その…… 私は、だから……」

 気が動転しているのか、思うように言葉が出てきませんでした。

「ありがたく思えよ。今日から、俺たちと、悪い妖怪どもを退治する、仕事を

させてやるんだからな」

「あの、だから……」

「なんだこいつは? さっきから何を言ってるんだ? 言いたいことがあるなら、

はっきりしゃべれ」

「だから、私は、妖怪退治なんてできません」

 やっとの思いで、口にしました。これが、今の私には、精一杯なのです。

なのに、目の前の黒ずくめの男は、大声で笑ったのです。

「ハハハ…… 何を言ってんだ、お前は。たかが、人間の女に、妖怪退治なんてできるわけがないだろ」

 そして、ひとしきり笑うと、私の目をじっと見ながら、こう言いました。

「お前は、俺の手伝いをすればいい。俺には、人間の助手がいるんだ」

「あの、でも、その、私は、妖怪パトロールなんて聞いていませんけど」

「当たり前だろ。そんなふざけた募集に、どこのバカが応募してくると思う?」

「それじゃ、どうして、私が……」

 すると、その男は、体を前のめりにすると、私をじっと見ながら言いました。

「お前の名前だよ。カパルの調べじゃ、お前の名前は、雪子だろ」

「そう、だけど……」

「だから、お前にウソの案内を出して、ここまで連れて来させたんだ」 

 もう、言葉がありませんでした。何が、どうなっているのか、どうして、

私なんかがこともあろうか、妖怪退治の手伝いなんて、やらなきゃいけないのか、どう考えても、理解できませんでした。

「ちなみに、俺の名前は、火炎のえんま。地獄の閻魔大王の甥に当たる身分

だから、お前よりも偉い」

「またまた、えんまくん、まだ、そんなに偉くないでゲショ」

「やかましい! そんな口の利き方したら、地獄に送り返すぞ」

「ケケケ、それだけは、勘弁してくれでゲス」

 いったい、この人たちは、どんな人なのか?

もしかして、私は、騙されているのか。

「そう言うわけで、雪。これから、いっしょに来てもらう」

「いっしょにって、どこに?」

「決まってるだろ。俺たちの城だ」

「城? 城って、お城のこと」

「そうだ。大王からもらった、人間界での俺たちの別荘だ。その名も、地獄城」

 私には、もはや理解不能でした。警察に電話しなきゃとか、ここから逃げ

なきゃとか、いろいろ考えたけど、体が動きませんでした。

 そして、この日から、私は、妖怪パトロール隊に就職することに

なったのです。


 今まで座っていた、黒ずくめの男が立ち上がると、私に近づいてきます。

「行くぞ、しっかり捕まってろよ。振り落とされても助けないからな」

 男は、そう言うと、マントで私を包みます。

「カッパ、遅いぞ」

「ケケケ、待って下さいよ、えんまくん……」

 私と緑の謎の生き物は、マントに包まれました。そして、そのまま部屋の窓を突き破り、外に出たのです。私は、男にしがみつくことしか出来ませんでした。

「おい、そんなにきつく抱きつくな」

 男が言いました。でも、私は、振り落とされると思って、無視して力一杯、

抱きつきました。

「見てみろ」

 男がそう言って、マントの隙間から私の顔を覗かせます。すると、眼下には、地上が見えました。

「ウソッ! 空を飛んでるの?」

「当たり前だろ」

 信じられません。私は、今日、会ったばかりの見ず知らずの男に抱かれて空を飛んでいるのです。私は、夢を見ているのかもしれない。

こんなの信じられるわけがない。

でも、下を見ると、豆粒のように小さな人たちが動いて、車がひっきりなしに

走っています。目の前にそびえる、巨大なビルも軽く飛び越えて、白い雲を

突っ切って、青空のかなたを飛んでいました。

「えんまくん、いきなり驚かせてはいかんぞ。そろそろ地獄城に行くんじゃ」

「ハイハイ、わかったよ」

 すると、今度はいきなり急降下しました。もはや、声も上げられません。

「ほら、着いたぞ」

 男は、そう言って、マントを翻します。私は、その場に崩れるようにして座り込みました。

「何してんだ? しっかりしろ、雪」

 そう言って、手を私に差し出しました。私は、その手を握り返すと、

体を起こしてもらいました。

「しっかりしろ。ちゃんと着いてこいよ」

 男は、そう言って、私の先を歩き出しました。私は、まだフラフラする

足取りで男の後を追います。見ると、ここは、見覚えがありました。

「ねぇ、ここは、どこなの?」

「見りゃ、わかんだろ。小学校の裏庭だよ」

 そうか、ここは、私が通っていた小学校だ。その名も、童森小学校。

私が六年間通っていた小学校だ。

「何してんだ。さっさと来い」

 男は、偉そうに私に命令します。何だか、だんだん腹が立ってきました。

「ちょっと、どこに行くのよ?」

「言っただろ。地獄城だよ。俺たちの別荘だ」

「なに言ってんのよ。小学校に、別荘なんてあるわけないじゃない」

「当たり前だろ。こんなとこにあったら、ガキどもに見つかるだろ」

 男は、振り向きもしないで、慣れた足取りで歩きます。

その奥には、体育倉庫があるはず。しかし、立ち入り禁止で、今は使われて

いません。逃げようにも、私の後ろには、緑のおかしな生き物がいるので、

逃げられません。

 そして、壊れた体育倉庫の前に着くと、男は、あっさりドアを開けたのです。

「何してんのよ? 壊したらダメでしょ」

「バカかお前は? 壊してんじゃねぇよ。開いてるんだよ」

 そう言って、ドアを開けると中に入って行きます。

「さっさと、付いて来い」

 そういわれても、中は真っ暗で、蜘蛛の巣が張って、ヘンな匂いがします。

「ここが、入り口だ。ちゃんと覚えておけよ」

 男は、ボロボロの跳び箱を退けると、むき出しになった床を足で軽く

叩きます。すると、床下の一部が、スッと開いて、その下には、階段が

見えました。

「ほら、入って来いよ」

 男は、そう言って、階段を下りていきます。

「雪子はんも行くでゲスよ」

 緑の変な生き物にお尻を押されて、階段を降りました。

階段を降りていくと、いきなり目の前が明るくなりました。

「なに、ここ?」

 男は、黙って階段を下まで降ります。私も付いていくしかありませんでした。

そして、下まで降りきると、目の前に橋がありました。

その橋の向こうには、確かに不気味な黒いお城がありました。

「アレが、地獄城だ。俺たちの別荘だからな」

 そう言って、男は橋を渡り始めました。

「雪子はん、足元に気をつけてくださいよ。落ちたら、死ぬでゲスよ」

 見ると、細い橋の下には、ボコボコと真っ赤な何かが煮えていました。

「なに、これ?」

「地獄の炎でゲス。人間が落ちたら、一巻の終わりでゲスよ」

 そんなことを言われたら、足がすくんで歩けません。

「カッパ! ヘンなこと言って、脅かすんじゃねぇよ」

「ケケケ、すみませんでゲス」

 二人の会話を聞いている余裕はありません。

震える足を踏ん張りながら、何とか橋を渡りきりました。

「これが、ドアな。開け方は、簡単だから、覚えとけよ」

 そう言うと、男は、ドアに付いている鬼の飾り物に話しかけました。

「帰ったぞ」

 すると、重そうなドアが、自動的に左右に開きました。

「なっ、簡単だろ。雪にもできるようにしておくから」

 私には、もう、何が何だかわかりませんでした。

ここは、ホントに小学校なのか? 小学校の地下に、こんなお城があるわけがない。

 私は、周りをキョロキョロしながら男の後についていきました。

左右には、部屋があるらしく、ドアがいくつもありました。

 ある部屋のドアは、鬼の顔。別の部屋のドアには、美人の女性の顔。

他にも、柳らしい木の枝がドアについていました。

風もないのに、勝手に揺れています。

左右にいくつもある部屋を見ていると、足が止まりそうになります。

「この辺の部屋は、勝手に使っていいから」

 男はそう言って、さらに歩きました。いったい、このお城は、どれだけ広いのだろう? 外からの見た目では、そんなに大きく感じません。

しかも、さっきから、歩いている床が、微妙に揺れているのです。

見た目は、きれいな赤い絨毯でふわふわしているけど、なんとなく普通では

ありませんでした。

「気にすんな。この床は、悪さした人間どもの皮を剥いで作ってあるから、まだ、生きてるんだ」

「えっ! 人間の皮……」

 私は、思わず飛び退きました。と言っても、足の踏み場はありません。

「大丈夫だから。気にすんな」

「気にするわよ。人間の皮の上を歩くなんて……」

 すると、彼は、振り向くと、私を見下ろして言いました。

「お前もこうなりたくなかったら悪さはするな。こいつらは、人や生き物を平気で殺したやつらだ」

「で、でも……」

「命あるものを殺して、一つしかない命を奪うのは、この世で、一番やっちゃ

いけない罪だ。それが、例え、犬でも猫でも、人間でもな」

 そう言われると、私には、何も言い返せませんでした。私は、そっと歩いて、彼の後を付いていきました。

「ここが、お前の部屋だ」

 そう言って、何もついていない真っ白いドアを開けました。

中を見て驚きました。家具やテレビはもちろん、ベッドにタンスなど、

生活必需品がすべて揃っているのです。

しかも、そのすべてがどこかで見たことあるものばかりです。

「あの、これ……」

「全部、お前んちのものだ。運ぶの大変だったんだぞ」

「ケケケ、あっしがやったんでゲス」

 隣で、カッパが笑って言いました。

「これ、全部、私の……」

「捨てるの、もったいないだろ」

 彼は、あっさり言いました。いつの間に、こんなことを…… 信じられない。

「で、でも、勝手に運んだり…… そうだ、私のウチは……」

「心配ない。解約しといたから」

「えーっ!」

 何から何まで、私に一言もなく、勝手に何をやってくれるのよ。

だけど、もう、腹を立てても後の祭り。諦めるしかないことは、すぐに

わかりました。

ガックリと肩を落とす私を見て、彼は肩をポンと叩くと言いました。

「まぁ、諦めて、俺たちの仲間になることだな」

 彼の言うとおりです。今の自分には、どうすることも出来ないのです。

取って食われるわけではないので、諦めて彼の後に付いて行きました。

 そして、少し歩くと、突然広い部屋に着きました。

「その辺に勝手に座ってろ」

 男は、そう言うと、真っ赤なソファに座りました。すると、そのソファが

「ギャア」と鳴きました。

「気にしないでくれ。ここにあるものは、全部生きてるから」

 もはや、ここには、私の常識は、何ひとつ通じないことがわかりました。

「なに突っ立てるんだ。さっさと、どこでもいいから座れよ」

 そう言われても、どこに座ったらいいかわかりません。

見れば、赤や緑、オレンジのソファや、肘掛がついた黒い椅子がいくつも

あります。私は、その中で、一番おとなしそうな、水色の椅子に腰を恐る恐る

下ろしました。

「ムギュウ!」

「あっ、ごめんなさい」

 変な声が聞こえて、すぐに立ちます。

「いいから、気にすんなって。それは、昔、人を襲ったバケモンの毛皮で作ってあるんだ」

 私は、その椅子を見下ろすだけで、とても座る気分にはなりませんでした。

「そのウチ慣れるから。座ってろ」

 私は、ゆっくり腰を下ろしました。

なるべく体重をかけないように、静かに座ります。

 完全にお尻を椅子に降ろすと、今度は、何も聞こえませんでした。

でも、ちょっとでも、体重をかけると、変な声が聞こえます。

これを気にするなと言われても、気にするに決まってます。

「カパル、お茶を持って来い」

 彼は、そう言って、カッパに命令しました。

「さて、どっから説明するか」

 彼は、足を組みながら、顎に片手を置いて、考える素振りを見せました。

それから、私は、信じられない話を聞くことになったのです。


「最初に聞いていいですか?」

「なんだ?」

「なんで、私なんですか?」

 彼がなかなか口を開かないので、私の方から質問をしました。

「さっきも言っただろ。お前の名前が雪子だからだ」

「名前が関係あるんですか?」

「それはだな……」

 なんとなく彼は、言い難そうでした。なので、代わりに、被っている帽子が

言いました。

「えんまくんの幼なじみに、雪子姫と言うのがおるんじゃが、人間界に来る直前に、振られたんじゃ」

「こらっ、じじい、黙ってろ」

 そう言って、被っている帽子を床に叩き付けました。

「振られたんじゃねぇ。俺の言うことを聞かないやつだから、こっちから振ってやったんだ」

 彼は、そう言うと、腕を組んで横を向いてしまいました。

「フフフ、あなた、彼女に振られたんだ」

「うるせぇ」

「あなたも人間らしいところがあるのね」

「フン」

 私の言うことを無視すると、床に叩きつけられた帽子が代わって答えました。

しかも、その帽子は、勝手にふわふわと宙を舞っているのです。

まるで、小鳥のように、帽子の裾の部分をパタパタと羽ばたいているのです。

帽子が空を飛んでるなんて、マンガでも見たことありません。

「その雪子姫というのは、雪女家のお姫様なんじゃ。えんまくんとは、恋人同士なんじゃが人間界に来るの来ないので揉めてな。それでケンカしたんじゃ」

 地獄界のプリンスという割には、なんとなく親しみを感じる話でした。

「だからじゃな、人間界にきたときに、似ている名前の人間を探して、仲間にしようということになったんじゃ」

「それじゃ、私の名前が雪子だからってこと?」

「そう言う事じゃ」

 それを聞いて、ガックリしました。私の能力とか、やる気とかが買われての

採用ではなく単純に、私の名前が雪子だからというだけとは、一気にテンションが駄々下がりです。

「だがな、お前さんが雪子だからというだけで、決めたわけじゃないんじゃ。

雪子だったら、誰でもいいってわけにはいかんからな」

「えっ? どういうことなの」

「お前さんのことは、しっかり調べ上げて、わしが判断して決めたんじゃ」

「調べるって、何を?」

 私は、目を丸くして、その帽子を見詰めました。すると、お茶を持ってきた

カッパが言いました。

「ケケケ、全部、あっしが調べたんでゲス」

「調べたって、何をですか?」

「雪子さんの性格、生年月日、両親のこと、今までの学校でのこと、回りの

友だち、親戚縁者、考え方から一般常識、学校の成績、何から何までじゃ」

 私は、言葉がありませんでした。この帽子やカッパが言ってることが、信じられないからです。

「それを全部審査して、お前さんに決めたんじゃ」

「そんな……」

「お前さんなら、わしらの仲間になれると踏んだんじゃよ。決して、名前だけで決めたんじゃない」

 それを聞いて、少しホッとした気持ちと、知らないうちに自分のことを

調べられていた不気味さで恐ろしくなりました。

「それで、私は、何をすればいいんですか?」

「お前は、俺の手伝いをすればいい」

 彼は、そう言いました。

「手伝いって、私は、ただの人間なのよ。妖怪退治なんてできるわけない

でしょ」

「当たり前だろ。ただの人間が、妖怪退治なんてできるか。のぼせるな」

 彼は、きつい口調で私を威嚇しました。

「お前は、言われた通り、俺の手伝いをすればいいんだ。妖怪を退治するのは、俺の仕事だ」

「でも、手伝いって、何をすればいいんですか?」

「それは……」

 彼が口篭っていると、また、帽子が言いました。

「その時、その時で、いろいろ変わるから、お前さんは、えんまくんの言われた通りにしてればいいんじゃ」

 それを聞いて、安心しました。でも、何をするんだろう……

「さぁ、雪子はん、お茶でも飲むでゲス」

「ありがとう、カッパさん」

 そう言って、目の前のお茶を見ると、トマトジュースのように真っ赤でした。

しかも、グラスの置かれたテーブルに足が2本生えていたのです。

「えっ、なにこれ……」

「いちいち、驚くんじゃねぇよ。黙って、飲め。うまいぞ」

 そう言うと、彼は、同じテーブルに置かれた赤い飲み物を一口飲みました。

「これは、物を大事にしないで、壊してばかりいた人間どもの成れの果てじゃ。大王様の罰でテーブルにさられたんじゃ」

「それじゃ、これって、元は人間……」

「お前さんも、物は、大事にするんじゃよ」

 私は、足が生えてるテーブルをじっと見つめていました。

そして、そっと、赤い飲み物を手に取ると、一口舐めてみました。

「甘い! おいしい」

 思わず、そう言うと、一口飲んでみました。

「それはな、地獄の赤い水というんじゃ」

「えっ! それって、まさか、人間の血とか……」

「バカ、何を言ってんだ。それは、地獄に流れる水だよ。飲みやすくしてあるけどな」

「よかった」

 私は、ホッとして、また、一口飲んでみました。

確かに、おいしい飲み物でした。でも、地獄に流れる水が、何なのか想像も

つきません。地獄に流れる水は、赤いのでしょうか?  

「えーと、どこまで話したっけ?」

 彼が、話を元に戻しました。

「仕事内容は、わかりました。それで、その、お給料は、どれくらいいただけるんですか?」

「そんなもんあるわけないだろ」

「ハァ? ないって、給料がないんですか?」

「当たり前だろ。妖怪パトロールに金はいらないだろ」

 私は、今まで聞いた信じられない話の中でも、一番驚いたのが、給料がないという話でした。

「ちょ、ちょっと待って下さい。お給料がないんじゃ、どうやって生活するん

ですか?」

「だって、お前は、俺の手伝いをするだけだろ。住むとこにも不自由しないし、食うものなら何でも揃う。テレビだって、ネットだってあるんだぜ。他に何が

いるんだ」

「で、でも、それは……」

「それと、これは、お前に預けておく。俺たちの生活費だ。なにか必要なら、

そこから使え」

 彼は、そう言って、黒い財布を私に投げてよこしました。

私は、それを両手で受け取ると、なぜか、ずっしり重たく感じました。

「中を見てみろ」

 言われて私は、財布の中を見ると、見たこともない大金がありました。

「こ、こ、これ……」

「お前に預ける。必要な物があれば、それを使え」

「で、でも、こんな大金……」

「俺は、妖怪退治で忙しいんだ。金の管理は、お前に任せる。使いたければ、

自由に使え」

 私は、今までこんな大金は見たことありませんでした。札束がぎっしり、

見ただけで百万円はありました。すると、帽子が私の耳元で言いました。

「その金は、お前さんが自由に使える金じゃ。もちろん、わしらの生活費でもあるがな。だから、お前さんは、好きに使っていいんじゃよ。ただし、無駄に使いすぎると、どうなるか、わかってるじゃろ」

 私は、ゴクリと唾を飲み込みました。今まで見てきた、罪を犯してきた人たちのことを思い出します。

「親から言われたじゃろ。金は、大事に使えってな」

 私は、黙って頷きました。

「でも、これって、まさか、ニセ札……」

「バカか、お前! それは、全部本物に決まってるだろ。詐欺やら、強盗をやらかしたやつらが、地獄に来たときに、

大王が押収した金だから本物なんだよ」

「なんなら、ドルでも、ユーロでも、ウォンでも、世界中の金を使えるでな」

 生きてる帽子がそう言って笑いました。

「わかりました。このお金は、私がちゃんと預かります」

「わかりゃいいんだ。それと、話の続きだけどな」

 彼がやっと思い出したのか、話を始めました。

「雪は、妖怪退治のとき以外は、好きにこの城から出て行っていい。ただし、

連絡があったときは、どんなときでも俺たちと行動を共にすること。この城から出て行くときは、必ず俺の許可を取ること。ここにいる限り、何の不自由もないはずだ。もし、あったら、カパルに言って、改善してやる。他に質問は?」

「あの、私のお部屋のことだけど、その、鍵とか……」

「そんなもんあるか。雪は、なんか勘違いしているようだが、俺は、人間の女になんて興味はない」

 それを聞いて、ホッとしました。鍵がかからないんじゃ、

安心して寝られません。寝ている最中に、襲われでもしたら、人間の私じゃ、

どうすることも出来ません。

「それと、トイレと風呂は、部屋についてるでゲス。でも、大浴場もあるで

ゲス。しかも、温泉賭け流しでゲス」

「そうなの!」

「雪子はんは、温泉が好きでゲスか?」

「大好きよ」

「だったら、丁度いいでゲス。地獄から直接流れてくるから、ちょっと熱いけど、水でうめれば人間でも入れるでゲス」

 今、なんて言った? 直接、地獄から流れてくるお湯? それって、地獄の熱湯

風呂ってこと? そんなのいくら水でうめても、入れるわけがないじゃない。

その前に、釜茹でになっちゃうわよ。

「他に、質問は?」

「えっと~、今は、ありません」

「ないなら、以上だ」

「それじゃ、これから、よろしくお願いします。えんまくん」

 私は、立ち上がって、頭を下げて言いました。

「ちょっと待て、お前、今、なんて言った?」

「だから、これから、お願いしますって……」

「その後だ」

「その後? あっ、もしかして、えんまくんて言われたのがイヤなの?」

「当たり前だ。俺は、地獄界のプリンス、貴公子えんま様だぞ。それを人間

ごときが、くんとは何だ」

「だって、私より、年下っぽいし、よく見ると、可愛いじゃない。さん付け

じゃねぇ~」

「ケケケ、えんまくん。雪子はんには、適いませんなぁ~」

「やかましい! カッパは、黙ってろ」

 そう言うと、カッパさんのお皿をポコッと殴りました。

「痛いでゲス。皿は、やめてください。割れたらどうするでゲス」

「いいじゃない。えんまくんでも」

「言っとくけど、俺は、お前より年上なんだぞ。これでも、五百歳なんだからな」

「えっ? 五百歳…… その顔で、五百歳。やっぱり、妖怪って、年を取らないのね」

「俺たち妖怪は、不死身だからな。お前たち人間の一生は短い。だから、人間は、もっと自分の人生を大切に生きなきゃいけないんだ。わかってるな」

「ハイ、わかってます」

 私は、きっぱり言いました。

「ほらほら、えんまくん、大事なことを言うの忘れてるじゃろ」

 生きてる帽子がえんまくんに言いました。

「あぁ、そうか。雪、一度しか言わないから、よく聞け」

 そう言うと、えんまくんは、真面目な顔をして続けました。

「地獄には、生前に悪さをした人間共が送られてくる。その罪に応じて、大王が罰を与える。それを監視したり、管理するのが、地獄の鬼や妖怪どもだ。

だがな、その鬼や妖怪どもの中にも悪いやつらがいるんだ」

 私は、急に真面目な話になって、固唾を呑んで聞き入りました。

「大王に成り代わって、地獄界を仕切ろうとする裏切り者とか、大王に逆らう

やつらだ。だけど、地獄の中なら、大王がいるから、なんとでもなる。だが、

厄介なのは、地獄界から脱走したやつらだ」

 私は、えんまくんが何を言いたいのか、次第にわかってきました。

「大王は、人間界には行かれない。そこで、妖怪パトロールを作って、人間界で悪さをする妖怪や鬼どもを生きて捕らえて地獄界に送り返すということを思いついた。それが、俺たちってわけだ」

 やっと、妖怪パトロールの意味がわかりました。だけど、それってとても

難しい仕事ではないか?

「仕事内容はわかったけど、えんまくん一人で出来るの?」

「当たり前だろ。俺より、強いやつなんているか」

「なんか、すごい自信だけど、ホントに大丈夫なの?」

「う~ん、まぁ、なんとかなるじゃろ」

「うるせえぞ、キャポ爺」

「確かに、妖能力マントとステッキを持っていれば、無敵なのは、確かじゃ」

 私は、フックにかけてある、黒いマントと立てかけてあるステッキは、ただのマントとステッキじゃないことがわかりました。

「念の為、言っておくが、お前さんには使えないからな」

「わかってるわよ。そんな危ないもん、触りませんから。キャポ爺さん」

「ハハハ、キャポ爺さんとは、いいな」

「笑いことじゃない。わしは、そんなに年寄りじゃない」

「ウソつけよ。もう、二千年生きてるだろ」

 もう、会話がついていけない。えんまくんは、五百歳で、キャポ爺さんは、

二千年も生きている。

人間の寿命なんて、あっという間の短さだということが、実感できました。

「ところで、カパちゃんは、いくつなの?」

「ケッ? あっしのことでゲスか?」

「そうよ。カパちゃんて呼んでいいでしょ」

「あっしは、カパルって名前があるんでゲス。う~ん、でも、雪子はんなら、

いいでゲス」

「よかった。カパちゃんもよろしくね。ところで、いくつなの?」

「さぁ~? カッパに年は、ないからわからんでゲス」

「やっぱり、そう言うもんなのね。妖怪にも、いろいろいるのね」

 感心するやら、呆れるやら、これからもがんばって、みんなを理解しようと

思いました。

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