ママは能力者③ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話

ゆうすけ

九十年代あるあるな二択

「えーい、もうっ、手をどけて。邪魔しないでよー! もう、うっとおしい!」


 メグはもみくちゃになりながら人ごみをかきわける。北日本最大のドーム球場はアリーナ席まで入れると収容能力五万人。一塁側スタンドからセンターステージを目指すメグは、進んでも進んでも人の壁に阻まれてなかなか前に進めない。


 ◇

 同じころユウはコンサート会場の中央を突破しようとしていた。

「イヤだ! やめて! あんたたちにかまってるヒマないんだよー」

 センターステージまでの距離は最短だが、その分人垣は倍以上分厚い。一塁側から回りこむよりも突破は絶望的だった。さらに悪いことに中央席に控える観客たちの熱気は何倍にもなっている。

「なに、アイツ。ピンクのレオタードとか着ちゃって。私のBakichiさんを誘惑するつもり?」

 観客の派手なメイクをした一人の女がヒステリックに叫んだ。

(いや、誘惑する気なんかミリほどもなくて、私はただ自分のミッションを早く済ませたいだけなのよ。お願いどいて!)

 もういちいち怒鳴り返すのも体力の無駄と悟ったユウは無言でヒステリー女の腕を押しのける。

 しかし、悪いことにその甲高い声は周囲の注目を集めてしまい、群衆のボルテージが一気にヒートアップし始めた。

「許せない、Haveさんはアイツみたいな偽乳なんか見向きするわけないのに!」

「ねえ、あのピンクレオタード、むかつくから殺しちゃわない? Bcakichiさん、きっと喜ぶよ。喜びすぎて特製パスタの具にしちゃうんじゃない?」

「それいいよね! Haveさん特製天ぷらそばの付け出しにぴったりだわ!」


 一人の叫び声から始まった群衆の声は、小さなからざわめきどんどん大きくなっていく。


(……なに、こいつらグロいこと考えてるのよ! もう! 鬱陶しいからまとめて吹き飛ばしちゃおうか)


 迫りくる群衆たち。その眼は一様に血走っている。歯をむき出しにして腕を突き出すその姿はまるでゾンビだ。しかし襲いかかるには間合いが近すぎる。すでにユウの周囲はラッシュピークの東京メトロ東西線門前仲町駅の到着寸前状態。まさにすし詰めだ。今はそれが逆に幸いして直接の危害を加えられるよりおしくらまんじゅうをしているだけの状態になっている。


 ◇

「なんだかセンターの方が異様な雰囲気だなあ。ユウちゃん大丈夫かなあ」


 三塁側スタンドからセンターステージを目指していたマークは走りながら考えた。さっきまでは前方に壁となっていた群衆がみな左のセンター方向に向かって押し寄せて行っている。マークから見ると無数の群衆の左の脇腹ばかりが見えている。


「これは……、群衆がユウちゃんを狙い撃ちしようとしているのかも。まずいなあ。ユウちゃん、こんなところでブチ切れてビーム出しちゃったら大変なことになる。なんせ琵琶湖の水を半分蒸発させるパワーがある」


 ひとまず群衆の注意が中央に向いているスキにセンターステージに向かって走り続ける。その身体の小ささも幸いして、程なくマークはセンターステージに取りつくことに成功した。ふとステージの反対側を見ると、同じように群衆をかいくぐって抜けてきたメグのうさ耳バニー姿が目に入った。


「メグちゃん! ユウちゃんがゾンビみたいな人たちに絡まれてる!」

「なんなのこの集団は。なんかみんなおかしくなってるみたい」

「一瞬だけでもこの騒ぎを止める方法ないの?」


 メグはうさ耳を揺らして一瞬思案顔になった。組んだ腕に豊満という言葉では描写しきれない胸が揺れている。


「なくは、ない。一発勝負だけど」


 ◇


「まずいのです! レー、伝法寺空港に向かうのです!」

「伝法寺空港って自衛隊の? なんでそんなところに、ママ」

「ママの第六感が騒ぐのです。おそらくユウの受けた動員指令はニセモノなのです。誰が、なんのために、何をユウにやらせようとしているのか。そこから辿らないといけないのです!」


 レーは大きな交差点の黄信号に車を突っ込んだ。そのまま急ハンドルを切ってUターンをかます。タイヤのきしむ音が夕闇の国道に響きわたった。


「どうせならもう少し早く言ってくれたらもっと近道できたのに。お尻が痛くてかなわない」


 レーはパンイチでハンドルを切りながら不満を口にした。


「わたしの一帳羅のパンツが擦り切れたらママのせいだからね」

「パンツぐらいいくらでも編んでやるのです」

「毛糸のパンツなんてゴメンよ。伸縮しないし汗吸わないし」


 二人を乗せた車はぐいと加速しながら自衛隊の空港に向かう。目標が定まって二人の行動に湧き出た勢いを止めることは、もはや困難だ。


 史上最強の脳筋肉弾女子、レー。

 そして史上最強の無敵能力者の女児ロリママ、ミサ。


 夕闇の混雑する国道で、ひときわ輝くテールランプが北に向かって走り去っていく。


 ◇


「マジカル・ミラクル・リリカル・バニー! ユウちゃん以外の時間よ止まれ! それー!」


 メグが呪文を唱えてステッキを振ると、喧噪に包まれた会場全体がぴたりと止まった。


「さすがメグちゃん。そんな便利な技あるんだったら最初から使えばいいのに」


 マークのつぶやきに、術をかけ終えたメグが振り返った。


「いや、これ最後の手段なのよ。これ使っちゃうとしばらくMP切れになっちゃうから。しかも一回につき一分間しか止められないから、猛烈にコストパフォーマンスの悪い術なのよね。マーク、早くユウちゃん助け出してきて」

「もう助けてきたよ」


 マークはけろっとしてグロッキー気味のユウに肩を貸している。


「ああ、まったくひどい目にあったよ。窒息するかと思った」


 ユウは心底げんなりした顔でステージ上で息をつく。


「なんなの、このHave&Bakichiのファンって。みんなドラッグでもやってんの? 一人が騒いだら全員が一斉にのしかかってきて、つぶされるかと思ったわ」


 ユウはとりあえず難は逃れることができた。後は預かってきた荷物をステージに据え付ければ終わり。ちょっと予想外の事態になりはしたが、ミッション自体は簡単なものだ。


「さっさと据え付けて帰りましょう。これだけのためにコンバットスーツ着用フルアーマー装備はおおげさな気もしたけど、あんな騒ぎに巻き込まれるのなら着てきて正解だったかもね」


 ユウは腰に下げた巾着からティッシュの箱ぐらいの機械を取り出す。それをセンターステージの中央に膝をついて置く。


「さて、これでミッション終了。電源も何もいらない置くだけでセッティング完了なのね。大したテクノロジーよね」


 立ち上がって手を払うユウにメグとマークが駆け寄ってくる。

「ユウちゃん、あと三十秒で術が切れる。ところでその機械なんなの?」

「いや、中身は極秘だって言って教えてもらってないんだ」


 平然とユウは答えた。メグはイヤな予感がして機械を持ち上げると、そこではデジタルカウンターが二十九、二十八と無機質にカウントダウンしていた。


「ちょっと! ユウちゃん! ベタすぎて九十年代かよって突っ込みそうになったけど、これ爆弾じゃないの!?」


 マークが機械を手に取って、するりと裏蓋を開けた。そこには赤と緑の二本のコードにつながれた液晶画面。そして鈍く光るボンベが入っている。


「うわっ、これ時限噴出式高圧縮ガス弾じゃん。なんのガスが入っているのか分かんないけど。もし致死性ガスだったら、このドームの中の密閉空間全体がヤバいよ!」


 マークが叫ぶ。三人にとも緊張に顔を固くした。


「これってもしかして……」

 ユウがおそるおそる声を出した。マークが持っている機械のデジタルの数字は二十、十九と無機質にダウンしていく。


「ベタすぎておしっこ漏らしそうになったけど……」

 メグの手は震えている。


「アニメで何回見たか分からないアレ、だよね……」

 マークも唾を飲み込んだ。


 ユウはマークの手元の機械をにらんだ。そして声を絞り出す。

「赤と緑、どっちかを選んで切れ、ってことなのね。失敗したら……」

「このドームの中にいる五万人はまず全滅、ね。ユウちゃん、責任重大ね」

 メグが冗談めかしてユウに話しかけるが、緊張に声がかすれている。


「ユウちゃん、どっちを切る? もう第六感で決めちゃって! ユウちゃんの言うとおり僕が切るから」


 マークが手に持った機械を見ながら、低い声でうめいた。


「メグ、マーク! 失敗しても恨まないでね! 切るのは、……赤の方!」


 マークはそれを聞くと、目をつぶって赤のコードを引きちぎった。



 ……つづく(べたすぎな爆弾コード切る二択。後の展開なんて何も考えていない)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ママは能力者③ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ